黒い石の中には
「よし、やったっ! 俺は成し遂げた。逃げに逃げてここまで来て、俺を馬鹿にしていた奴らより役に立ったはずだっ。どうだ、ざまぁみろよ」
煙だらけで、傷だらけの体で、天を見上げて、相手は彼女たちにはわからない、何かの想いを叫んでいた。
「よくやった。レッドバッド。俺を蘇らせてくれたこと、感謝する。最後の仕事を頼みたいのだが、良いか」
その声は、地ならしのように低い声だった。どう考えても、石の中から聞こえる声だった。石の割れ目が大きくなり、中から黒い何かが漏れ出てくる。相手はその石を見て、最上級の感激なのか、涙を流していた。
「何なりと、お申し付けください」
「では、レッドバッド。俺の糧になってくれ」
「喜んで。……どうぞ」
相手は両手を広げて、何かを受け入れるような体勢になった。その瞬間、石の中から一本の灰色の腕が伸びてきた。その腕は勢いよく、相手の体を掴むと、石の中に引きこんだ。ぐしゃりと音がして、完全に石の中に消えた。
「本当によくやった。レッドバッド。お前は俺の中で生き続けるだろう」
石の中から出た手はトカゲのような手をしていた。鱗のようなものが付いていて、少なくとも人ではないということがわかるだろう。しかし、石の中から見えているのはその腕だけ。人より太い腕がデンファレとトールの方へと向いた。そして、トールを指さしていた。
「まさか、この世界まで追いかけてくるとは思わなかった。世界を跨げば、わからないかと思ったが、やはり、邪神は勇者を引き寄せるのだろうな」
トールが何か言おうとしたが、それを気にする様子はない。二人の意見を聞く気はないようで、その手はデンファレを指した。
「女神。お前がここまで来るとは思わなかったな。そもそも、弱い女神だと思たからこそ、この世界を復活の足掛かりにしたのだからな。しかし、俺はこの世界のように甘い相手ではない。勇者召喚で、そいつを呼び出したようだが、そいつでは俺には勝てない。それに消耗しているしな」
彼女が勇者の召喚で呼び出したのはヴィクターだが、それは何か勘違いをしているようだ。トールがいるなら、ヴィクターがいてもおかしくないと思わないのかと、トールは思ったが、それをいうようなことはない。さすがのデンファレも、ヴィクターがいないと思っている方が、自分たちに都合が良いことくらいは理解できるので、彼女も口をつぐんでいた。
「さて、糧も馴染んできたようだ。そろそろ、俺の姿を見せてやろう」
石に入ったひびが石を一蹴したが、石は閉じたままだ。しかし、そこから漏れ出る煙や光が大きくなっていく。地響きのような音が聞こえたかと思うと、すぐに部屋が揺れ始める。頑丈そうな柱が一本折れた。連鎖するように、次々と柱が折れていく。
「デンファレ。とにかく、脱出しましょう」
トールとデンファレはすぐに部屋を出て地上を目指す。廊下の壁もぼろぼろと壁の表面が崩れていく。二人は精一杯の速さで廊下を走る。王座がある部屋を抜けて、階段を駆け上がった。
ようやく、地上に出た。地上に出たはずなのに、明るさはほとんどない。外は既に夜だった。どれだけ時間をかけたのかがわかる。しかし、その時間経過に意識を割いている場合ではない。地面が円形に崩れ落ちる。黒い城はその穴に巻き込まれて崩れて、地面へと落ちていく。二人はそれに巻き込まれないように、さらに城があった場所から離れる。外にいても室内にいたときと同じ地震のような音が森の中に響いている。すぐに攻撃するはずの魔獣たちは森から逃げていく。
二人はある程度、逃げたところで大穴のある方を振り返る。そこには先ほどよりも大きな穴が開いていた。そこにあった城がすっぽりと入る大きさだろう。地面は崩れていないはずなのに、未だに地震の音が止まずに響いていた。
「来ます。本当の邪神ですよ」
トールが歯を食いしばって、大穴を睨みつけていた。デンファレは彼のそんな顔を見たことがない。彼女はそれだけ強い相手が出てくるのだと、覚悟する。これから出てくる邪神が本当に、世界を救うための最後の敵なのだ。
「弱い女神と、弱った人間に何が出来る? 完全に蘇った俺に勝てる道理はない」
大穴から低い声が響いている。それは黒い石から聞こえていた声だ。あの石の中にいた何かが、ようやく姿を現す。
巨大な灰色の体。大きな翼。羽ばたくだけで、森の木々が揺れ、葉が宙を舞う。その見た目を一言でいうなら、ドラゴンだ。その大きさが黒い城とほぼ同じ大きさで、地上を見守る月を背にすると全て隠れていた。手足の爪は鋭く、足であろうと手であろうと、振ったそれに当たれば死ぬかもしれない。顔には赤く鋭い目が付いていて、夜の闇の中でも危険な色を放っている。
「俺は、デスブルド。神の死すら操る邪神だ。俺の名を死後の世界にでも伝えるがいい」
デスブルド。神の魂すら抜いて、神の存在すら脅かす最恐で災厄の邪神が、二人の目の前に現れた。




