死を前に
相手が怯んでいる間に、デンファレは相手から距離を取って反撃を警戒する。彼女の警戒するような反撃は来なかった。相手を見ても、攻撃する動作はない。未だに驚いているのかと思ったが、その方が震えていた。
「そうか。そうかそうか。まさか、神の武器を持っているとは思わなかったよ。あいつだろ、ヴィクターとかいう奴だ。しつこい、しつこいな。この世界まで来るなんて」
相手はぶつぶつ言いながら、ごつごつとした禍々しい剣を構えている。相手の傷がふさがっていく。神は信仰の力が尽きない限り、どんな傷も治ってしまう。
相手は剣を構えて、彼女を見つめていた。じっとりとした視線で、彼女の体を嘗め回すように見回している。そして、呟いだ。
「終わりだな」
それは一瞬だった。痛みもなく、苦痛もなく、相手の腕が貫通していた。剣は振り上げられたまま、剣を防ごうとして腕を動かしていた。
(フェイントに引っかかった。まさか、こんな、最期……)
「トール、ごめん」
剣を抜かれ、地面に膝を付く。全身から力が抜けて、うつぶせに倒れる。残っている信仰の力が急激に減って行くのがわかる。もはや残り少なくなっていた信仰の力ではその傷を治すことはできない。傷は塞がっていくが、意識も薄れていく。自身の消滅を間近に迫っているのがわかる。
相手は既に消滅寸前のデンファレを前に、背中を向けて、黒い石の方へと向かっている。彼女は最後の力を振り絞って、透明な剣を持ち、それを杖にして立ち上がる。限界だった。精一杯の力で立つのがやっと。そこから、攻撃しようなんてことはできなかった。
「まだ、立つ元気はあったみたいだね。だけど、僕が何もしなくても――」
その言葉が言い終わる前に、彼女は自身の体を支えられなくなり、再び地面に伏した。
「ね、終わりは来るよ」
相手は再び、石の方へと移動していく。もはや、デンファレには興味がない様子だ。しかし、彼は何を思ったのか振り返った。
「あんたが神だとして、信仰の力がなくなったとして、死なないとしたら理由はなんだ」
ここまでそこそこの時間が経っている。人間だって死ぬ前でにそこまで時間はかからない。それは神も同じだ。しかし、彼女は死なない。消滅しない。息を荒げている。相手が付けた傷を見た。そこに傷跡はなくなっていた。信仰の力を使い切ったのではなかったのか。使い切って傷を治したのか。
彼女は確かに先ほどまで、自身の死がそこまで来ていたのを感じていたが、今は恐怖が遠のいた気がしていた。その代わりに、どこかで感じた暖かな心を感じていた。しかし、体は動かない。
「面倒くさいな。でも、動けないみたいだし、今度こそ、――」
相手の言葉を遮るように、大きな音と共に扉が開いた。そこにいたのはボロボロの青いローブを着た男性。彼は部屋の中を見るなり、ローブに触れて腕の鎧を出して剣と盾を装備した。彼は地面を蹴って、相手に近づいていく。相手がデンファレに突き刺そうとしていた剣を弾いて、彼女を守った。
「すみません。遅くなりました。大丈夫そうですね」
「そう、見える……?」
息も絶え絶えな状態の彼女を見て、軽口をたたくトール。それは邪神を前にしても死んでいなかった安堵と、彼女の成長を感じたからだった。トールはデンファレの戦いを引き継いで、トールが戦闘に加わった。
「あんた。見たことあるな。ヴィクターの手下だったか」
トールは相手の言葉を聞かずに、相手に近づいて剣を振る。それは威嚇だ。当てるつもりはない攻撃。しかし、その軌跡は相手の目すれすれの位置だ。
「話聞いてくれてもいいんじゃないの」
そう言いながらも、相手も臨戦態勢。禍々しい剣を地面に引きずりながら、剣を振り上げる。トールはその剣を回避して隙を突こうとしたが、振り上げた剣は既に振り下ろされようとしていた。見た目重そうな剣を受けるのを嫌がった彼はバックステップで剣をギリギリで避けた。腕の鎧を引っ込めて、右足の鎧を召喚する。そこから分離するのはバトルアックス。相手の剣を受けきれる武器だ。
トールが鎧を召喚している間に、相手は体勢を立て直していた。そして、準備の整っていない彼に攻撃に入る。剣を大振りで払う。当たればかなりのダメージを追うかもしれないが、見えやすい攻撃は中々当たらない。トールはその剣に当たらない高度で跳ね、斧を振りかぶる。落下を利用して、斧を振り下ろしたが、相手は簡単に避けてしまう。
当たり前だが、トールはかなり消耗している。あの赤いローブの男は戦闘の実力だけで言えば、ほぼ同じなのだ。トールが勝てたのはデンファレが心配だったからだ。その想い一つ分、トールの方が上だったというだけだ。だが、ほぼ同じ実力の人と戦ったのだから、全力で戦ったのだ。彼が全ての鎧を一度に纏わないのはそれが理由だ。全ての鎧を装着して、戦える時間はきっと五分もない。だから、それぞれに使っていくしかない。




