ベルVS魔獣
デンファレの目の前まで来た、命への冒涜は彼女に手を伸ばす。ゆっくりと近づくそれは攻撃力などなさそうだが、触れられること自体を回避したい。しかし、それが目の前にいるせいで体が硬直してしまっている。
「あ、……あ……い、いや」
いつも堂々としている彼女もまるでか弱い女の子のような声を出している。オブストはそれを見ているだけで、彼女を守る気が無いように突っ立っているだけだ。しかし、彼女も既にその化け物の雰囲気に飲まれている。助けよう。そう思うことすらできない状態。
誰も動けないまま、それの手がデンファレに触れようとしている。それが死へのカウントダウンのようにゆっくりと、ゆっくりと近づいていく。恐怖や絶望を限界まで引き出そうとしているような動作。デンファレは既に目をつむって、その瞬間が来るのを待っているようだ。
しかし、彼女は本当にあと少しで相手の手が肩に触れる寸前で目を開けた。その瞳に光はない。克服したはずの、自身で抑制していたはずの、恐怖と不安が限界をこえていしまった。そして、それの手が肩に触れる前にその手を斬った。その手は少しも手ごたえはないが、確実に手は切り離した。その証拠にその手は彼女の横に落ちていた。
彼女はそれ以上動かない相手に、剣をなども振るう。手を斬り落とし、腹に剣を指す。相手は抵抗しなかった。さらに太ももに剣を突き立て、足を切り落とす。恐怖と絶望を与えられた仕返しとばかりに、それに何度も剣で斬り続ける。右腕と左腕もみじん切りにして、足を何度もスライスする。達磨のようになり、地面に落ちたそれに容赦なく剣を突き立て続けた。ぐちゃりと音がするまで剣を突き立てる。もはや、原型はそこにはない。ミンチと言うのはそれのことを言うのだろう。相手が完全に肉塊になったところで、デンファレはその場に立ち尽くしていた。
オブストが我に変えって、彼女の近くによると、彼女は目をつむって、眠っているようだった。彼はそれでも心配になって彼女の肩に触れると倒れそうになる。その肩をそのまま支えて、転ばないようにする。
そうして、翼の男との戦いは終結した。後処理は全て、戦っていない他のエルフがやり出して、オブストは彼女を横抱きで、マギアルにある小さな病院のベッドに彼女を寝かせた。
ベルは後ろで、壮絶な戦いをしていると勝手に考えながら、魔獣の対処に向かっていた。彼女に迫る魔獣は数十匹。数で言えば大群と言うほどではないかもしれないが、一体一体の強さはそこら辺の草原にいる魔獣とは比べものにならない程、狭量な魔獣たちだ。それらがベルの視界に入った。しかし、彼女はその魔獣たちを見ても恐怖も不安も絶望感もない。
魔獣たちはベルだけが目の前にいるのを見ると、彼女の方へ向かって全ての魔獣が集まっていく。魔獣に知恵はない。そのため、連携をしないが、何かを攻撃するのに躊躇いもしない。ベルを攻撃範囲に捕らえた魔獣から彼女へと攻撃を開始する。魔獣は遠慮なしに彼女に群がり、我先にと牙や爪を突き立てようとする。周りから見れば、彼女が助かるはずはない状況。しかし、きっとマギアルの国民に訊けば、この状況でも余裕を持っていただろう。それどころか、魔獣が集まっている状況ならこの場から離れるべきだと、すぐに逃げるはずだ。
彼女を襲う魔獣たちの足が止まった。既に彼女の周りに集まった魔獣たちも様子がおかしい。魔獣たちの足元が沼となり、魔獣たちの足を飲む。移動が出来なくなり、魔獣たちは足を動かして脱出を試みるも、足掻けば足掻くほど沈んでいった。地面にいた魔獣は全て、その沼に引き込まれて行動不能だ。地上の魔獣が動けなくなると、自分たちの番だと言わんばかりに空や、木に登っていた魔獣たちが彼女へ攻撃を仕掛ける。空を飛ぶ者たちは急降下する。爪やくちばしが彼女に向かっていく。彼女はそれを見ても冷静だ。相手の爪やくちばしが彼女の目の前で止まる。それ以上進めない。それを理解して魔獣たちは一旦、空に戻ろうとするが爪もくちばしも動かない。ベルが掌を下に向けて、その手を下げると空を飛んでいた魔獣も沼の中へと落ちていく。粘性の泥に絡まれた空を飛んでいた魔獣たちはそこから抜け出すことが出来ず、完全に無力化されていた。そして、残るは木の上にいる魔獣たち。それらは彼女に近づくことなく、大きな石を投擲し始める。
「地面に落ちなければいいというわけではないのです」
彼女は魔獣たちに掌を向ける。次の瞬間には魔獣が木から落ちていた。地面に落ちてしまえば、あとは沼の中で藻掻くことしかできない。
彼女を狙う魔獣は全て、底なし沼へと沈んでいった。ベルは他の魔獣を警戒し、しばらく彼女の周りの沼がそこにあったが、しばらくしても魔獣は来なかったので彼女は沼を元の地面に戻した。全ての魔獣が地面の奥底に落ちて、身動きも取れないままに死んでいく。
「素晴らしい魔法ですねぇ。人間にはできませんねぇ」
全てが終わったと思い、ベルがマギアルの方に振り返った瞬間。彼女に声をかける者がいた。自分の方が強いと思っているような声だった。彼女が振り返ると、そこにいたのは真っ黒で装飾の無い黒いローブを着た男性だった。フードを深くかぶっていて、顔もほとんど見えない。しかし、ローブの奥で緑と青の瞳が光っているのが見えた。




