克服すべきもの
先ほどとは立ち姿が違うデンファレがオブストに襲い掛かる。先ほどまでの遠慮がちな弱い剣術ではない。オブストを殺す気で攻撃を仕掛けている。剣を引きずり、地面に跡を残しながら、走って近づいていく。オブストの前で剣を振り上げ、土を巻き上げる。目くらましのつもりかもしれないが、土は塊で飛んでいったので、オブストの視界の邪魔になることはほとんどない。しかし、すぐに振り上げた剣が振り下ろされた。先ほどまでの打ち込みよりはるかに強い威力を持っている。オブストはその剣を腕でガードして、相手のがら空きの胴に拳を入れようとした。デンファレは受け止められた剣から伝わってくる力を利用して空中で体勢を変えて、相手の攻撃をすれすれで避けた。剣が彼の腕から離れて、彼女は着地する。
攻撃の流れはまだ、デンファレにあった。彼女が着地したのはオブストの近くだ。彼女は剣で足首の辺りを狙って攻撃を入れる。オブストはその攻撃を受けてもびくともしなかった。下を狙った彼女は上から上からの攻撃に防御できなかった。彼はそのノーガードの体にフックを仕掛ける。彼女は振った剣の力を利用して、剣と入れ替わるように転がった。転がる勢いを利用して、相手の足元を通り過ぎて、彼の後ろへと回り込んだ。立ち上がりと同時に切り上げ。背を向けたままの彼にガードの手段など無く、木剣が彼の背中を駆けあがった。持ち上がった剣を斜めに降ろして、袈裟切りを当てる。その攻撃が終わったころに、オブストは振り返った。
ダメージが全くないと言えば、それは嘘だが、まだまだ戦える。デンファレの元の力はそこまで強いわけではない。火事場の馬鹿力と言うものが働いても、限界はあるのだ。
「なんだ。できるじゃないか。あとはそれを自分の力でコントロールできるようになるだけだな。それまで相手になってやるよ」
デンファレを突き動かしている恐怖心を自身でコントロールできるようになれば、今のこの力を自由に使えるようになるのだ。そして、これを鍛えれば、彼女はきっとこの世界を救う力をつけるはずだと、オブストは思った。だからこそ、このままどうにかして、彼女の今の力をコントロールできるようにしてやりたいとも考えていた。しかし、彼が恐怖心をコントロールできるようになったきっかけは既に覚えていない。何せ、三百年くらい前の話なのだ。そんな前のことを覚えているエルフはほとんどいない。今の彼を責めることなどできないし、もし思い出したとしても彼と同じ方法で彼女が恐怖を克服することはできないだろう。だから今、彼が出来るのは戦い続けることだけだった。
デンファレの剣術は鋭さを増していた。それでも、オブストはその攻撃に余裕を持って対処していた。
彼女が自身の恐怖心と戦っているのかどうかは見た目にはわからない。オブストは知らないことだが、デンファレの前にこの状態になった時のことは覚えていないのだ。そして、今も、彼女の意志は今のデンファレにはない。彼女の意志がそこにないのだから、どうすることもできないだろう。
「さて、いつまで続けていればいいんだろうな」
オブストはエルフだ。神とは違い、いくら鍛えていても体力の限界がある。神であるデンファレには体力の限界はない。彼女が戦えなくなるのは自身の心のせいだ。今の彼女にはその心が外の影響を受けていない。つまりは、いつまでも戦い続けることが出来るということだ。
デンファレの剣がオブストへと迫る。剣を凪ぐ攻撃の中に突きが混ぜられたコンビネーション攻撃。彼はその攻撃を受け流すように手を動かしていたつもりだったが、何度か体に木剣が当たる。地味に鞭を当てられたような痛みがあり、その痛みが気になり始める。いくら筋肉を鍛えていても、鞭を当てられたような痛みは体に残る。じわじわと痛む。その痛みを気にしつつも、デンファレの攻撃を躱し、受け流す。デンファレの剣術が本来の力を発揮しているだけでなく、オブストにも疲れが見えていた。攻撃を受け続けるというのは、中々に辛い。
「そろそろ、なんとか克服してほしいもんだがな。攻撃した方がいいのか……?」
オブストはデンファレの剣を躱して、腹に一撃、拳を入れた。続けて胴に脛の辺りで蹴りを入れた。彼女はふらふらと後ろへと下がった。しかし、様子は変わらなず、ゆらりと立っていた。オブストは手加減しているとはいえ、自身の武術が効いていないような様子が不思議だった。腹に拳や蹴りを入れれば、少しは怯んだ様子や、顔に痛みが出るはずなのだ。それは恐怖に縛られている状態でも体の反応であるそれを無視することはできないはずだった。しかし、目の前の彼女はその様子が無い。少なくとも、エルフや人間、獣人ではないのかもしれないと、彼は予想した。
「だから、なんだって話だが。今はこの人を何とかするだけだ」




