新たな目標
デンファレに向けられた短剣が彼女に傷を作ることはなかった。女は彼女を前にして倒れてしまったのだ。その理由は難しくなく、近づいてきたトールが彼女の首を絞め、気絶させたからだ。短剣は地面に落ち、戦闘は終了した。
「デンファレ。大丈夫ですか?」
暗い瞳が彼を見つめた。トールはその瞳を見ても何も言わない。彼女の様子がおかしいのは理解しているが、どんな原因でどうすれば治るのか。彼はそれを理解していないのだ。だから、どうすればいいのかわからず、いつものように淡白な言葉を掛けることしかできない。
デンファレは無言で立ち上がり、気絶している女の腹の辺りに剣先が来るように剣を構えた。その瞬間、トールが剣身を掴んで持ち上げた。その血が剣身を伝って、鍔の辺りから血が滴っている。それでもデンファレは力ずくで剣を引き抜こうをしていた。
「デンファレ。殺す必要はないんです。もう決着はついたんですよ。どうしたんですっ」
トールは剣を抑えている手とは反対の手でデンファレから剣を取り上げた。デンファレは虚ろな目で、彼の持っている剣を見つめている。やがて、力尽きたのか、その場に倒れた。
「どうしたというのですか。本当に」
盗賊たちをその場に残して、トールは子供たちを連れ、デンファレを運びながら移動していた。子供たちは戦闘が始まったあたりで既に起きていた。デンファレが倒れると同時に、子供たちを囲っていた壁は崩れて、魔気に溶けた。
「お姉ちゃんは大丈夫なんですか」
「デンファレが死ぬようなことはありません。戦いつかれただけでしょう」
トールはそう言いながらも、倒れる前のあの光の無い瞳が気になっていた。次に起きたときには元に戻ってくれていることを期待していた。子供たちも移動しながら、ちらちらとデンファレのことを見ていた。
移動すると言っても、目的地などはない。とにかく、盗賊たちから離れるというだけだ。方向的にはアニマナイズに近づいている。今のところ、手を借りることが出来そうな国はアニマナイズしかない。しかし、現在の状況で獣人の国が人間の子供を許容してくれるかどうかはわからない。しかし、このまま一緒に連れていても、いつか二人を守り切れなくて、と言ったこともあるかもしれない。
「う」
トールの腕に抱かれて運ばれていたデンファレが声を漏らして目をゆっくりと開けた。トールはデンファレの顔に視線を映した。トールは何と声をかけていい物かわからず、黙ったままだ。その間に、デンファレが自身の状況を理解していた。
「ちょ、な、なんで、抱かれてるのよっ」
「貴女が気絶したからですよ。盗賊と戦っていたでしょう?」
「え、そう言えば。でも、戦っていたのはトールでしょ」
デンファレにいくら女盗賊と戦っていたと言っても、彼女にその記憶はなかった。トールが戦っていて、いつの間にか意識がなくなり、目を覚ませば、今の恥ずかしい状況になっていたと、デンファレの説明ではそうなるらしい。彼女が気絶する前にしていた暗い瞳はそこにはない。今はいつも通りの元気なデンファレに戻っている。トールはとにかく、デンファレが元気を取り戻したことに安堵した。
トールはデンファレを地面に降ろした。トールは地面に立ってもふらつくこともないところを見ると、体力も戻ったのだろうと思った。それから警戒しつつ、彼女から奪っていた剣を返した。返すときはデンファレが気絶したときに鞘から抜けたのかもしれないと適当な説明をした。デンファレは特に疑うことなく、トールにお礼を言って剣を鞘に戻した。どうやら、剣が彼女をどうにかしたというわけではないようだ。今はまだ、そうと決めつけることはできないだろうが。
「で、ここどこなの」
「アニマナイズと人間の国の間で、アニマナイズ寄りの場所だと思います。気絶から復帰した盗賊からとりあえず逃げてきたということです」
「そう。とりあえず、ムスブとユカリを安全な場所に届けたいわね。カロタンに預けられれば安心だと思うんだけど、難しいかしら」
デンファレはトールに訊いた。トールは先ほど考えいていた通りのことを伝えた。デンファレは少し悩んだ後、口を開いた。
「トール。大変かもしれないけど、二人を連れていくわ。あの中央の城には連れていけないけど、それまでに安全な場所を作ることにしたわ」
安全な場所を作る。その発想はトールにはなかった。どこかの国に預けることばかりを考えていた。自分で作った方が早いというのは確かだろう。だが、口で言うほどそれは簡単なことではないだろう。それぞれの国自体も完全に安全な場所と言うわけではないのは、アニマナイズでも体験したことだし、人間の国も生贄を国から出している。国の中ですらその有様で、完全な安全な場所なんてのは難しいことだ。トールはそれをわかっているが、デンファレはそれを理解していない。
「それで、どうやってそんな安全な場所を作るのですか」
「……それは、まだわからないけど」
「ま、そんなことだろうと思っていましたよ。私も協力しますから、どうにか作りましょう」
新たな目標が増え、デンファレとトールは目を合わせて頷いた。




