災厄の魔獣
魔獣、フィアレックス。二本の太い足に、太い足でないと支えられない巨体。尾は太く硬い。それで叩付けられれば、木々は簡単にへし折れる。顔もその巨体に合うほどの大きさ。その顔についている大きな口には鋭い歯が何十本も生えていた。ヴィクターが見れば、ティラノサウルスだと思うだろう。その魔獣はバッドビッグなど比べ物にならない程の脅威になる魔獣だった。。この魔獣が目撃された時点で、三国が協力してこの魔獣の討伐に向かうほどだ。そして、フィアレックスは過去、二度国を滅ぼしかけている。獣人の国と人間の国だ。どちらの国も国民を他の国に逃がし、フィアレックスが国から出ていくのを待ち、三国の兵士や冒険者が協力してようやく討伐した魔獣。
しかし、フィアレックスが存在していても、生息しているのは基本的に三国の中間、今は邪神の城がある場所でそこから出てくることはほとんどないはずなのだ。だが、今は邪神の城があるため、魔獣が他に追いやられた。そして、今、恐怖の魔獣が草原にまで降りてきているのだった。
「お、お姉ちゃん。に、逃げないと」
男子がデンファレの服の裾を振るえる手で掴んでいた。女子の方も、彼女の服の裾を掴んでいる。デンファレもその魔獣のことは理解している。二度、国を滅ぼしかけたことは知らないが、その魔獣がどの程度の強さかと言うのは知っているのだ。
「トール。逃げよ」
「逃げると言われましても、どこへ? どの国に逃げようと、この魔獣を連れていくことになりますよ」
この視界を遮るものの少ない草原で逃げても、この魔獣の視界から離れるのは難しい。デンファレとトールだけなら簡単に逃げられただろう。トールがデンファレを抱えて、光の鎧の力を使って逃げれば一瞬で距離を離せる。だが、子供二人がいるのだ。いくらトールでも、デンファレと子供たち全員を抱えて運ぶのは無理だった。
「女神の力が使えれば……」
思わず、彼女はそう呟く。彼女の真の力が使えれば、フィアレックスも簡単にはいかないかもしれないが討伐できただろう。トールと二人なら致命傷を受けずに討伐できた。しかし、信仰の力もほとんどない今、女神の力を使えば、簡単にデンファレは消滅する。
「無いものを願っても出てきません。なんとか、私だけで倒してみます。貴女は二人を守っていなさい」
「え、ちょっと」
デンファレが止める間もなく、トールは前に出て、魔獣の前に出る。トールの二倍以上の体高。全長はそれ以上の大きさだ。比べるまでもなく、トールは魔獣に比べて圧倒的に小さい。それでもトールが負けるだろうとは誰も思っていない。
トールはローブのクローバーから両腕と両足の鎧を出現させる。それぞれの鎧から剣、盾、槍、戦斧が分離して現れた。その中の右手に剣を、左手に盾を持った。彼が持てない分は彼の後ろに浮遊しながら待機している。魔獣の注意を引くために、剣と盾を打ちあわて、ガンガンと大きな音を鳴らす。魔獣はその音が耳障りだと言いたげな目で、トールを見つめていた。
(強さで言えば、邪神と同程度。しかし、知恵を回さない分、こちらの方が弱いかもしれません。まぁ、油断できる相手ではなさそうですが)
トールは剣と盾を構えて、魔獣との戦闘準備が整った。
先に動いたのはトールだ。魔獣が攻撃してくるのを律儀に待つ必要はない。彼は魔獣の近くまで走る。魔獣の頭の下あたりで飛び上がった。顔にぶつからないような角度で相手の視界外に移動出来た。。そのまま重力に引かれて、落ちていく。トールは剣を抱き着くような姿勢で剣先を真下に向けた。魔獣はトールを未だに見つけられていない。しかし、トールを探している様子はなく、魔獣の目にはデンファレたちが映り込んだ。魔獣は狙いを変えて、動き出した。
トールは未だ空中にいる。空中では身動きがほとんどできない。落下しながらも、自身の剣が相手に当たらないかもしれないと予測するとすぐさま、剣を手放し、槍を持った。彼は黒い槍を逆手に持って、魔獣に狙いをつける。腕を大きく後ろへと引いて、思いっきり突き出し、槍を手放す。槍は光を纏って、一直線に魔獣の背を目掛けて飛んでいく。槍は魔獣との距離を一瞬で詰め突き刺さった。魔獣はデンファレたちから視線を外し、巨体をぐるりとまげて、空中にいるトールを補足した。そして、方向転換してトールを正面なるように体を回転させ、トールに向けて口を大きく開けた。そして、その口から火を噴いた。
トールはそれを見ても驚いた様子はなく、予想の範疇であったかのように冷静に盾を魔獣の方へと向ける。盾はしっかりと火を防いだ。その体制のまま、落下して地面に足がついて、衝撃が全身を掛ける。すぐに立ち上がろうとしたが、彼は吹っ飛ばされた。
「うぐっ」
正面からの衝撃で思わず声が出る。トールから聞こえたことのない声が聞こえてきて、デンファレは不安になった。カウホンを倒したトールでも、フィアレックスには勝てないかもしれない。




