08/相変わらず人間はデンジャラスだな
「おかえりなさい、オーナー。ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも……」
「……」
僕とコロンを出迎えてくれたのは、腕の白い久野とミウさんだった。
「久野とミウさんが……アンドロイドに……?」
「はいオーナー、それとも…………」
死んだ目をした久野が、淡々と答える。久野もミウさんも、昨日ミオさんが着ていた気がするメイド服のようなものを着ている。いや、よく見たら昨日僕が着ていたスーツにも、デザインが似ているような気もする。アンドロイドの制服は、大体こんな感じなのだろうか。
「久野……」
「それとも………………このアンドロイドは、感染しました」
「え?」
久野の声が震え出した。久野の声とシステム音声のようなものが、交互に入り混じって聞こえてくる。
「オーナー、違う、コハク…………破壊してください」
そして久野の身体がただれていく。しかしいつもと違うのは、腕が白いままだということ。
「まさか、アンドロイドのままゾンビに……?」
すると今まで横で黙っていたミウさんが、突如アンドロイドらしく無駄のない動きで、久野に向かって銃を構えた。
「感染したアンドロイドを確認。破壊します」
「ミウさん?! 待って……」
昨日見たミオさんの惨状が、脳裏に蘇る。させるわけには…………。
「おっと」
しかし僕がどうこうする前に、コロンが撃った金の銃弾がミウさんの銃を弾く。彼女の銃が床に転がる音が響くと共に、彼女の腕は人間の肌の色に戻っていった。
「コロンに……コハク君……?」
我に返ったミウさんは、真っ先に床に落ちている銃を拾った。どうやらミウさんの方は、人間に戻ったようだった。しかしそれを見た久野が、なぜか自分自身の首を掴んで絞め始める。
「久野?! 何を……」
それが自分の意思なのか、アンドロイドのプログラムなのか、それともゾンビの本能なのかはわからなかった。
「コハク、逃げて……このアンドロイドを破壊してください。コハクは、渡さない……!」
そしてコロンが、金の銃を久野に向けた。
「待ってコロン!」
「わかってますよ! 早くお兄様は、カチューシャを!」
「カチューシャ……? そ、そうか……!」
生徒会室でのいざこざで、カチューシャを外していたことをすっかり忘れていた。慌てて頭にはめてから、僕は久野の両肩を掴んだ。
「コハク、ダメ、逃げて……」
「久野! 僕だ! いや、違う……僕、じゃダメなのか」
今の久野は、人間の僕が視界に入ることでゾンビ化し、僕のことを食べようとするという流れだったはずだ。だとすると…………。
「コハク君……?」
ミウさんが困惑した様子でこちらを見ているのが視界に入った。彼女にも、このカチューシャは見えているようだ。
「じゃなくて、僕は……………………ウサギ、なのか?」
「…………ウサギ?」
「……いや、だって、うさ耳ついてるし?」
自分でも、何を言っているのかよくわからなかった。とにかく必死だった。
「…………」
しばしの沈黙。そしてコロンが、わざとらしく噴き出した。我に返り、急に恥ずかしくなる。
「な、何だよー?!」
「いえ、別に…………それで久野先輩、いい加減落ち着きましたか?」
「久野さん! 大丈夫?」
ミウさんが、ふらついた久野に駆け寄って身体を支えた。
「うん、大丈夫、ありがと…………ていうかミウ、何その格好……? え、な、何この格好!」
久野が玄関の鏡に映る自分の姿を見て、途端に真っ赤になった。その身体はもう、人間の色に戻っている。
「良かった、人間に戻ったんだね」
「こ、こ、コハク…………!」
久野は僕を見るなり、腕で身体を隠しながら家の外に飛び出してしまった。
「え、ちょっと待って!」
久野にすぐ追いついた。僕の家の隣の空き地の前で、久野は呆然と立ち尽くしていた。後から駆けて来たミウさんも、その空き地を見て気づいたようだった。
「ここって……」
「……………………私の、家は?」
そこは久野の家があるべき場所。久野が人間に戻っても、久野の家は元に戻っていなかった。
「その通り。ここにあなたの家なんてありません。あなたに帰る場所なんてありません。この世界において、久野フミカという人間は一度存在しないことになっていますから」
さらに遅れてやってきたコロンが、淡々とこの状況を解説していく。
「え…………?」
「久野神社の方は……行ってみないとわかりませんが」
「じゃあ、お父さんと、お母さんは…………?」
「はい。あなたは本来、ゾンビとなった父親に食われゾンビとなり、その後母親を食らいゾンビにしました。あなたがアンドロイドになった以上、死人を生きていることにする必要はなくなったということです」
「…………」
久野が、数秒目を瞑った。全てを押し殺す横顔。以前どこかで、見たことがある気がした。
「信じられないとは思いますが、あなたという人間に必要だから彼らは生かされていた。あなたが彼らの子供として、人として生きていないのであれば、この世界で彼らが生きている必要も無い」
「………………………………それで?」
久野が、空き地の方を見つめたまま呟いた。
「はい?」
「それで私は、どうしたら良い?」
久野は泣き崩れるわけでも、怒鳴り散らすわけでもなかった。コロンは居心地が悪そうにため息をつく。
「ああ、ったく……。どうする必要もありません。あなたの命が、その感情を必要としていないのですから」
「…………」
「いや、そうですね。もし私に力を貸して頂けるなら、そこのフェイザーを見張っていてください。それくらいなら、あなたにもできるでしょう」
コロンが僕の後ろにいたミウさんを、力の抜けた右手で指さした。
「フェイザー……?」
もう一人の悪魔、クロコも似たようなことを言っていた気がする。確か、フェイザーもどき。僕がフェイザーもどきで、ミウさんが本物のフェイザー、ということか?
「そいつらの通称です。自称は願望会、でしたか?」
「…………」
願望会。確かミウさんの父親が教祖を務める新興宗教団体、だったはずだが、この世界ではミウさんごと、存在しないことになっていた。
「わかってますよね? 星木ミウ。私は中から見ています。また逃げようとしたら、虎丸コハクの命はありませんから」
「…………」
「……え、僕の命?」
「はい。それじゃあお兄様、良い一日を」
そしてコロンは消え失せた。ミウさんは右目の眼帯を押さえ、青ざめた顔で俯いている。久野が恐る恐る、ミウさんの顔を覗き込んだ。
「ミウ……? 今コロンが言ってたことって、どういう……」
「……わかった。話せることだけは、話す」
「話せることって……」
「大丈夫。久野さんはこれ以上、巻き込まないから!」
「え……?」
ミウさんが無理に笑顔を作っているのがわかった。以前も、ミウさんは久野のことを気にしていた気がする。ミウさんは久野のこと、何か知っているのか……?
「だからコハク君、今日、コハク君の家に泊めてもらっても良い?」
「え?」
作り笑いのミウさんの、右目の眼帯の奥が、黒く光った気がした。
「お風呂お先でした。あと、このパーカーもありがと」
七月十一日、夜の十時前。台所で晩御飯の後片付けをしていると、お風呂場から白いパーカーを羽織った久野が戻ってきた。このパーカーは、元々僕が昔久野にプレゼントしたもの。しかし久野がアンドロイドになったことで、渡されること無くそのまま僕の家に残っていたようだった。いや、もしかしたらこの世界でも、僕がアンドロイドである久野に買ってあげたのかもしれない。この世界での以前の僕の記憶は無いが、そうだったら良いなと、思う。
「ああ、あって良かった」
「うん……あ、食器、置いといてくれれば洗ったのに」
「いやいや、風呂掃除とか、洗濯物取り込むのも、久野達がやってくれたんでしょ?」
僕が今日学校に行っている間、久野とミウさんは虎丸家のアンドロイドとして、家の事を色々やってくれていた。
「それは、ミウも一緒にやってくれたし。それに昨日はコハクに、私の家の掃除をしてもらったわけだし……」
そうか。僕が久野のアンドロイドだったのは、昨日の話になるのか。色々あり過ぎて、自分がアンドロイドだったのが何だか、遠い昔のように感じる。
「ああ、そうだったっけ……。あ、何か飲む? 喉渇いたでしょ」
「うん…………あの、昔作ってくれたやつって、コハクまだ作れる?」
「昔作った……?」
「うん。あの、オレンジジュースのやつ」
「……ああ、あれのことかな? よく覚えてたね」
一時期僕がハマっていた、オレンジジュースとジンジャーエールを混ぜたやつのことだろうか。確かに昔、一度だけ久野に作ったことがある気がする。今でも僕は、夏になるとほぼ毎日作って飲んではいるが、久野がまさか覚えているとは思わなかった。
「うん……おいしかったから」
「…………」
別に、僕が褒められたわけではない。褒められたわけではないのだが、何となく恥ずかしくなった僕は何も返せないまま冷凍庫を開けた。一方ミウさんはというと、リビングでノートパソコンを開いて何か準備している。こういう世界の変化に慣れているのか、自前のパジャマや眼鏡など、ミウさんは近くのコインロッカーにちゃんと用意していた。久野は、僕がジュースを作っている様子を横でじっと見ている。
「果物、凍らせとくんだね……」
「いや、まあ。何かこだわってるみたいで恥ずかしいな……」
でも凍らせた方が、とにかくおいしいのだ。僕は凍ったイチゴを二つずつコップに入れ、冷凍庫を閉める。
「別に……良いと思うよ」
「あ……そういえば、僕がロケットパンチした壁って、元に戻ってた?」
「あー…………、うん」
僕はイチゴを入れた三人分のコップに、同量のオレンジジュースとジンジャーエールを注ぐ。
「そうか。折角なら、もうちょっと他にもアンドロイドの能力、試してみれば良かったな」
アンドロイド専門店の店長をしていた山河店長、もといコロンに頼めば、ロケットパンチ以外にも色々つけてもらえたかもしれない。僕は最後にフォークで数回かき混ぜてから、コップを一つ久野に渡した。
「ありがと。…………その、コハクも、昨日の記憶はあるんだね」
「え、うん。…………あ」
久野が視線を逸らして、耳を赤くしている。
「……」
「……」
「…………ぜ、全部見られたならもう良いや、とは、私はならないからね?」
「それは……うん。それに今の僕はあの時と違って、アンドロイドじゃなくて、普通の人間だし。まあ、普通の人間は、家でうさ耳つけない気がするけど」
平静を装いながらも、僕は少し早口になってしまう。
「それは、ごめん。家でまで面白い恰好させちゃって」
久野が困ったように笑う。世界が元に戻っても、何ならさっき久野がアンドロイドになった状況でも、久野のゾンビ化は相変わらず起こっていた。それは紛れもない事実だった。まだ油断は、到底できる状況ではない。
「ま、まあ久野にも、家でまで服着てもらってるわけだし。お互い様ってことで……」
「あ、いや、その、こういうパーカーとかなら良いんだよ? 誰でも着れるようなのなら……」
「誰でも…………? ていうか久野、このカチューシャ見えてるの?」
「え、うん。私達とコロン以外には見えないんでしょ? そういえば、ミウには見えてたみたいだけど」
「いや、まあ、そうなんだけど……」
正確には、僕とコロンとナナコさん以外だったんだけど。さっきアンドロイドになった拍子に、久野にも見えるようになったのだろうか。それに言われてみれば確かに、ミウさんにも見えているようだった。このカチューシャが見える人と見えない人の違いは、一体何なのだろう。
「あっ……………………」
ふとリビングの方を見たその時、ミウさんの明らかにやらかした声と共に、ミウさんが操作していたノートパソコンが、音を立てて爆発した。
「え、何?!」
「ば、爆発?!」
パソコンが本当に爆発するところなんて初めて見た。まさかミウさん……機械音痴なのか?
「…………ごめん。先手を打たれてたみたい」
ミウさんが顔色一つ変えず立ち上がった。
「先手…………?」
「外部で資料を開こうとしたら、パソコンが自爆するようにプログラムされてたのかも」
「な、何それ…………?」
そんなことが本当にできるのか? いや、もしそうなのだとしたら。
「今資料を開こうとしたこともバレてるんじゃ……」
「それは、多分」
…………それは、やばい状況なのでは?
「み、ミウさん、組織に狙われたりしないよね?」
「いやでも、ミウはそこで一番偉い人の子供なんでしょ? さすがに………」
するとミウさんがため息をついて、かけていた眼鏡をカバンの中にしまった。
「……願望会の中にも、私のことを良く思わない人達はいる」
「で、でも……じゃあ、どうするの?」
「逃げてから考える」
そしてミウさんが右目の眼帯を外す。
「それ…………」
眼帯に隠されていたその瞳の中には、見覚えのあるものが入っていた。
「この義眼の中には、コハク君のと同じ指輪が入ってる」
「これと、同じ……?」
僕は右手の真っ黒な指輪を見つめる。それはつまり、天使の指輪……?
「コハク君も使いこなせるようになれば、私みたいにフェーズを渡ることができるようになるはず」
「……フェーズ?」
「簡単に言えば、平行世界みたいなもの。数多のフェーズを渡り歩く翼。それが私達願望会、フェイザー」
ミウさんの義眼が真っ黒な光をまとい点滅を始める。つまりミウさんは、今から平行世界に逃げるってことか?
「ミウ、待って!」
久野もそれに気づいたのか、すかさず手を伸ばす。
「…………ごめん、久野さん。また学校で」
「ミウ!」
「……そうはいきませんよ」
その時僕の胸から生えてきた右腕は、僕の額に、金の銃を向けていた。
「コロン……?」
そして僕の中から出てきた悪魔は、そのまま僕の眉間に銃を突きつけた。
「コロン、何のつもり?!」
声を荒げる久野に、コロンは予め左手に握られていたもう一丁の銃を向けた。
「星木ミウ。今あなたが逃げれば、二人ともここで死にますよ」
「…………」
コロンは冗談を言っているわけでも、わざと挑発しているわけでもなさそうだった。
「お兄様とそいつは、あなたのことを信用しているみたいですが。でもさっきの爆発、あなたの自作自演かもしれませんよね?」
「自作、自演…………?」
「……そう思ってもらっても構わない。でも、私には時間が無いの」
ミウさんがその右手を、指輪の入った義眼にかざす。何かが起きる。直感的にそう感じたその瞬間、何かが起きるその前に、部屋の外から何者かが、勢いよく窓を突き破ってきた。
「誰だ……いや、お前……!」
割れた窓ガラスの破片の上で、その影は素足のままゆっくりと立ち上がる。見覚えのある少し背の高い人影は、今日の放課後生徒会室に現れたもう一人の悪魔、クロコだった。
「……」
クロコは一瞬でミウさんの足を払うと馬乗りになり、金の銃を彼女の義眼に突きつけた。ミウさんが、観念したように目を瞑った。
「…………ここまでなの?」
しかしその金の銃は、僕の後ろから聞こえた発砲音と共に、別の悪魔が撃った金の銃弾に弾き飛ばされ宙を舞った。二人の悪魔が、僕の目の前で視線を交わす。
「……これは何のつもりだ、コロン」
「それはこちらのセリフです、クロコ。まさか人類の味方をするつもりですか?」
クロコがもう一丁の拳銃を取り出しミウさんに構えた。
「……そうだ。人間に、力は必要無い」
その時、今度は久野が、コロンを押しのけ僕の頭のカチューシャを払い落とした。
「……え、久野?!」
一瞬だけ、久野と目が合った。
「…………コハク、お願い。私に、力を貸して!」
「久野……!」
そして久野の後ろ姿が、瞬く間に人間のものではなくなっていく。
「…………コハク……は、渡さない!」
クロコが横目で、久野をちらりと一瞥した。
「相変わらず人間はデンジャラスだな。さらに今のお前は、心も身体も見た目通りだ」
久野が、クロコの顔面に膝蹴りを入れようと飛び掛かるも、クロコは瞬間移動で久野の背後に回った。
「渡さ、ない……!」
ゾンビになると疲労や痛覚が無くなり、脳や身体のリミッターが外れるという話を聞いたことがある。その影響なのだろうか。久野は凄い速度と怪力で、背後のクロコに裏拳を決めた。クロコの首が、変な方向に曲がっている。
「……」
「渡さない……」
久野はうわ言のように同じ言葉を繰り返している。僕が彼女の視界にもう一度入った時点で、彼女の注意が僕の方に逸れた時点で、ゾンビになって悪魔を追い払う久野の作戦は、恐らく失敗に終わるのだろう。
「そうか。だが、悪いが私も、リアクションというのは苦手だ」
クロコは自分の頭を両手でがっしり掴むと、力ずくで元の向きに戻した。どうやらゾンビになった久野だけでなく、悪魔クロコの方も痛みは感じていないらしい。
「……」
今度は久野が、手刀でクロコの首をはねようとするも、クロコはまた瞬間移動で久野の背後に回る。しかし久野はまた凄い速度と怪力で背後のクロコの首を掴み、そのまま握り潰した。
「おー」
横で見ていたコロンが感嘆の声を上げる。しかし宙を舞ったクロコの頭部から、クロコの身体がにゅっと生えてきて元通りの姿に復元される。復元された方のクロコが床に着地すると同時に、頭部を失った方のクロコの身体が久野の背後に瞬間移動し、久野を羽交い締めにした。
「は、離して……!」
「無理だな」
復元された方のクロコが、床に散らばった窓ガラスの破片をバキバキと踏み潰しながら久野に近づいていく。
「まずい……」
何とかできないか辺りを見回すと、僕はミウさんの姿が無いことに気づいた。
「ミウさんが、いない!」
僕はクロコに聞こえるように、なるべく大きな声を出した。
「何……?」
「おー」
横で見ていたコロンが、また感嘆の声を上げる。ミウさんがこの場にいないということは、あの指輪の力で無事逃げられたということなのだろうか? そうなのだとしたら、もう久野がゾンビでいる必要は無い。
「久野!」
僕は慌ててうさ耳のカチューシャをつけてから、久野を押さえていたクロコの身体だったものの腕を外しにかかった。
「…………コハク?」
クロコの腕は、思ったよりも簡単に外せた。
「いや! 僕は、コハクじゃない。うさ耳つけてるし……ほら、もうこの部屋に、コハクはいないだろ? コハクを守る必要も、もう無いはずだ!」
僕のでたらめに納得してくれたのか、すんなり元に戻った久野は辺りを見回すと、我に返りその場に座り込んだ。僕は慌てて久野の身体を支える。
「コハク…………。ミウ、は……?」
「ちゃんと、逃げられたみたいだ。久野のおかげだよ」
「そう……。良かっ、た……」
久野は安心したのか、そのまま気を失ってしまったようだった。
「……」
すると今度は、頭部の無い方のクロコの身体が僕の背後に立ち塞がり、コロンと、頭のついている方のクロコとが並んでゆらゆらとこちらに近づいてくる。僕は自然と身構える。でも、正直勝てる気がしない。
「……コロン、クロコ。ミウさんを逃がしたことは、謝るよ。でも、そんなにミウさんを捕まえたいなら、早く追いかけた方が良いんじゃない?」
「……」
コロンは黙ったまま、クロコが口を開いた。
「わざわざ逃がした仲間を早く追えとは、君はまだ自分の立場を決めかねているらしいな」
「…………久野は」
「……」
気が付くと、僕の腕の色が白くなっていた。情報送信システムは、破損したままだ。
「オーナーは、僕が守る」
侵入者が、僕の腕を見つめている。
「それは……アンドロイドの力……」
「僕は久野のアンドロイド・コハク。オーナーは、僕が守る!」
もう一人の侵入者も、僕の腕を見つめている。僕は右腕を構え、照準を合わせる。
「いや、その力は、コクノと共に死んだはず……」
「……そうですか。やはりあなたでしたか。コクノを撃ったのは」
もう一人の侵入者が、ようやく口を開いた。
「……そうだ」
「なぜ、撃ったんですか?」
「人間に力は必要無い。だからアンドロイドの力も、人間には必要無い。だが……」
「…………だが?」
「何でも一人でやるのは良くない、か……」
「え……?」
その言葉、どこかで聞いたような……。
「コロン。力を貸してもらえるか?」
「……わかりました。あなたに私の力、お貸しします」
「えっ、ちょっ、コロン?」
「恐らく彼女はフェーズ1にいます」
「フェーズ1……ゾンビの世界か」
侵入者……いや、クロコが、落ちていたもう一丁の銃をひょいと拾った。
「…………」
「はい。それではお兄様、良い一日を。またいつか、どこかでお会いしましょう」
もう一人の侵入者……いや、コロンがそう言った次の瞬間、コロンとクロコは消え失せた。
「……」
そして久野も、いつの間にか部屋から消えていた。窓の外を見ると、いつも通りの久野の家が見える。突き破られたはずの部屋の窓ガラスも、きれいに元に戻っていた。
「…………乗り切った、のか?」
久野も、コロンも、クロコも、最初からいなかったかのような静寂。今まで見てきたことは、全部夢だったんじゃないかという気さえしてくる。しかし。
「……これ、どうすんだよ?」
夢じゃないという明らかな証拠。残された頭部の無いクロコの身体が、僕の背後で棒立ちしていた。