05/私はフィクサー兼、舞台装置ですから
「オーナー、その…………寂しいと、思ったことはありませんか?」
七月十日、コンビニに向かう近道の途中。干上がる寸前の浅い川、砂利がたまっている足場を飛び移りながら、結局僕は久野の現状について、久野に相談してしまっていた。
「…………寂しい?」
「はい……。何をしても、誰にも何も言われることの無い、長い毎日の中で、です」
水面に映っているのは雲一つない青空ではなく、無数の真っ黒なドローンの影。その隙間から届く太陽の光が、さながら木漏れ日のようにきらめく。
「あー…………、何か、安心した」
「……安心?」
「その回りくどい感じ、いつものコハクだ」
「うぐっ…………」
誰にでも何事にも、結局びしっと言えない回りくどい僕の性格は、こちらの世界でも相変わらずのようだ。というか、人間をやめてアンドロイドになっても変わらないとは。このどうしようもない性根は、死ななきゃ治らないということなのだろう。いや、本当は一度もう死んでいるのだから、死んでも治らないということらしい。
「……寂しい日もあるよ? でも、コハクとコクノがいるし」
久野は向こう岸まで辿り着くと振り返り、諦めているような、困っているような笑顔を見せた。
「…………妹さんとは、仲が良いんですね」
遅れて僕も、ようやく岸まで飛び移る。その拍子に少しよろめくと、久野が慣れた手つきで僕の手を取ってくれた。情けないが、元の世界ではいつものこと。だがこの様子だと、この世界でもいつものことらしい。僕が人間の男であれアンドロイドであれ、本来手を取るのは僕の役割のはずなのに、僕は相変わらず、いつも通りだ。
「まあその、コクノとは、仲が良いって言うか……私の気が楽なだけなんだけど。でも、コクノは結構気にかけてくれてるんだと思う。コハクをもらってきてくれたのも、コクノだったし」
「そう、ですか」
ただその記憶は、全て作られたものだ。コクノとの思い出も、アンドロイドとしての僕との思い出も、あの天使が見せた、夢。現実でも、真実でも無い。それに。
「……」
「…………でも、寂しいとは感じているんですよね?」
「……」
「だったら……」
「ヤバ、家にスマホ忘れたかも。ちょっと先行ってて!」
「え……。あ、はい…………」
「すぐ追いつくから!」
久野は大慌てで来た道を引き返し、あっという間に見えなくなった。
「…………」
久野には今、元の世界の記憶は無い。学校のマドンナとして生徒会長にまで当選した記憶も無い。いつかは僕のように、思い出す時も来るのだろうか。残された僕は、そんなことを考えながらしばらく川沿いを進んだところで、ふと気づいた。
「…………あれ?」
最寄りのコンビニであり、僕と久野のバイト先があるはずの所には、見たことの無い物が建っていた。いわゆるレトロな喫茶店のような見た目の建物の扉の上に、大きな木製の看板が掛かっている。
「山河、工房…………?」
山河って、まさか……。
「おー、コハクちゃん。おつかい中かい?」
中から出てきたのは、いつも通りの山河店長だった。
「店長……!」
「そうだ。ちょっと見て行ってくれよ。うち、ついに改装しちゃったんだよねー!」
「あ、はい……!」
店長がいつも通りの強さで僕の背中を叩きながら、いつも通りの得意げな顔を見せる。
「どうよ!」
中に入ると、半分は喫茶店のような待合室。そしてもう半分のスペースには、人間そっくりの姿をしたアンドロイドが、所狭しと並べられていた。奥には、手術台の様な作業台の様なものも見える。いわゆるアンドロイドの販売や修理をするお店。この世界での山河店長は、コンビニではなくアンドロイド専門店の店長をしているらしかった。恰好もコンビニの制服ではなく、いわゆる整備士とか消防士とかが着ているような作業着だ。
「お……」
「なかなかそれっぽくなったでしょ!」
「は、はい……!」
でもそんなことより僕は、店長が生きていたことに一安心していた。僕は昨夜、ゾンビになっていたとはいえ店長の頭を銃で撃った。世界が元に戻れば店長も元に戻るとミウさんは言っていたが、それでも、心配なものは心配だった。
「どしたのコハクちゃん、そんな死体でも見るような顔して……」
「……」
「……」
「店長、実は……」
僕は昨日店長に話したことを、もう一度話した。そしてさらにその続き、店長がゾンビになってしまったことや、この世界が変わってしまったことも。勿論この世界ではアンドロイドである僕がこんな話をしても、故障したとしか思われない可能性もあった。それでも、山河店長なら信じてくれるのではないかと、僕は思ってしまった。
「ああ……確かに、そんなことがあった気もするな……」
「え……覚えてるんですか?」
しかし店長は疑うどころか、元の世界のことをうっすらと覚えているようだった。
「今回は、結構はっきり記憶に残ってる気がするんだよな。確かにあの時、俺の身体はゾンビになってたらしい。だけど意識はちゃんとあったし、人を食べたいとも別に思わなかったからな」
「……」
「……」
……………………え?
「え、いや、じゃあ、何であの時、ミウさんを襲ったんですか? つまり、食人衝動は、無かったんですよね……?」
「…………それは勿論、お兄様に言い寄ってくるコバエを食べるため、ですよ」
「……………………お兄様?」
「私は先輩の、ハエトリグサですから」
店長の渋い声が、段々高くなっていく。背が縮んでいく。そして髪の色が、瞬く間に金色に染まっていく。
「店長、じゃない……、お前……!」
僕の目の前でニッコリと笑っているのは、山河店長ではなく、悪魔コロンだった。
「またお会いできて光栄です。私はコロン。あなたの力を、借りに来ました」
「コロン、何で…………?」
「どうしたんですかお兄様、そんな悪魔でも見るような顔して……」
いや、これは、どういうことだ…………?
「えっと、つまり、コロンは、山河店長だったってこと……?」
「いえ。山河店長がコロンだったんですよ、お兄様。山河虎論という人間なんて、存在しませんから」
店長が、存在しない……?
「それは……このアンドロイドがいる世界で、ってこと、だよね……?」
「いえ。山河虎論という人間なんて、どこにも存在しないんですよ。今までお兄様が見てきた山河虎論という人間は、全て私です」
「いや、は…………?」
「ついでに言えば、先輩が今まで見てきた宮浦悟朗という高校教師も、全て私ですよ」
「え、え…………?」
流石にもう、流石の僕も、ついていけていなかった。僕が関わってきた人達が、全員コロンだったっていうのか? じゃあもしかしたら、久野も、ミウさんも…………? いや、そんなことがあり得るのか? いやでも、ここ数日起きていたことは、普通に考えればあり得ないことだった。じゃあ、だとしたら……。
「私はフィクサー兼、舞台装置ですから。ついでにお兄様のご両親のことも、説明しておきましょうか?」
「次は、親……?」
僕の両親も、コロンだったっていうのか? じゃあ僕は、悪魔の子供なのか?
「それでは先輩、私についてきてください」
既に頭がパンクしていた僕は、コロンに言われるがまま、コロンの後を追いかけていた。上空を飛び交うドローンの羽音が、やけに頭の中に響いていた。
七月十日。僕とコロンは、蝉時雨の止んだ昼間の閑静な住宅街を、川沿いに並んで歩いていた。
「…………」
「…………」
考えることをとっくにやめていた僕は、さっきのコロンの話を聞かなかったことにした。なぜかコロンが持っていた手持ちの扇風機で頭を冷やした僕は、もしコロンに会えたら聞いておきたかったことをふと思い出した。
「…………そうだコロン」
「何でしょうか、お兄様」
なぜか車道側を、コロンが歩いている。
「さっきも話したけど、コクノがいなくなったら、この世界は元に戻るのか」
このアンドロイドのいる世界を作っているのはコクノ。だからコクノがいなくなったら、僕はアンドロイドから人間に戻る。そして僕が人間に戻ることで、人間の僕を見た久野はゾンビに戻る。コクノはそんな感じのことを言っていた。なぜ僕に教えたのかはわからない。でもコロンなら、何か知っているかもしれないと思った。
「そう言っていたのならそうなんじゃないですか。私にはわかりませんけど」
「え」
しかしコロンは、興味無さそうに答えた。いつの間にかその左手には、金色のアイスキャンディーが握られている。何味なんだろう、あれ。
「私は天使じゃないですし、天使をやったこともありませんから。私にはわかりません」
「そ、そっか……」
コロンはあっさりと言い切った。昨日の感じを見た感じ、コロンとコクノは知り合いでまず間違いない気がする。
「何なら私がやってみましょうか? やってみれば、わかることですから」
ただ、仲は良くないらしい。
「いやいやいや、そ、それよりコロン、今、どこに向かってるのさ」
「お兄様の答えを聞くのに相応しい場所です」
「答え…………?」
コロンが、僕の顔を覗き込む。期待に満ちた目で、僕の目の奥をじっと見つめている。
「昨夜の問いへの答えです。先輩、この世界が夢の世界でないことに、そろそろ気づきましたか?」
そういえば、昨日の夜そんなことをコロンが言っていた気がする。でも正直、この世界が夢の世界かどうかなんて、僕にはもうわからない。
「…………それはまだ、いや、僕にはもう、わからないよ」
「そうですか。ではこれを見ても、まだそんな悠長なことが言えますか?」
住宅街の一角、雑草が生い茂る空き地の横まで来た辺りで、コロンはピタリと足を止め、急にがっしりと肩を組んできた。そしてコロンは僕の顎に触れ、その不自然な位にぽっかりと空いた草原へと僕の顔を向けさせた。顎クイならぬ何なんだろうこれ。いや、それより。
「ここは…………ここって…………!」
「その通りです、お兄様。ここはあなたの家があるべき場所。そしてあなたの両親が、いるべき場所」
久野の家の隣にあるはずの僕の家は、僕の家族は、その跡形も無かった。そこにはただ、雑草が生い茂り打ち捨てられた土管が転がるだけの、空き地が広がっているだけだった。
「じゃあ、父さんと、母さんは…………?」
この世界で僕はアンドロイドになってしまった。でも僕がアンドロイドになっただけで、僕の両親は人として、普通に生活しているものだと思っていた。まさか、父さんと母さんも、アンドロイドに…………?
「いえ。実はそれ以上です。あなたの両親は本来、久野フミカに食われている。あなたがアンドロイドになった以上、死人を生きていることにする必要はなくなりました」
「どういう、こと…………?」
「信じられないとは思いますが、あなたという人間に必要だから、彼らは生かされていた。あなたが彼らの子供として、人として生きていないのであれば、彼らが生きている必要は無い」
「……」
「……」
「………………いや、そんなわけない」
そんなわけが、なかった。僕の父さんは休日出勤が多く、僕の母さんはサービス残業で帰りが遅くなることがよくあった。そのせいで家族旅行が中止になったり、独りで晩御飯を作って食べることもあった。それはもう別に良い。よくあることだった。それに、たまに職場の部下や同僚が家に来た時には、父さんの武勇伝や母さんの誇らしげな顔を見ることができた。父さんも母さんもみんなに頼りにされていて、それを本人達も、本気で喜んでいた。だから父さんや母さんを必要としていたのは、職場の人間の方だ。そうだ。僕は、むしろ…………。
「そうですか。あなたの気持ちは、わかりました」
コロンがまた僕の心を読む。コロンは僕の前に立ち塞がると、わざとらしく大きなため息をついた。
「…………」
「ですが残念なことに、あなたの気持ちだけわかればそれで良いんですよ、この世界というのは。あなた以外の人間が、あなた以外の誰を必要としていようが関係無い。この世界は、あなたに必要な人間しか存在できない」
「いや、そんな、わけが…………」
「いいえ。残念ながら、神はあなたにしか興味が無いようです」
「は…………?」
「その結果、その結末の一つを、これから御覧に入れましょう」
僕の前に立っていたコロンが、道を譲るように華麗に後退りする。そしてその先には、空き地の前で呆然と立ち尽くす人影が一つあった。
「彼女って、あなたがいじめられるきっかけを作った方、でしたよね?」
「……………………お前、は」
思わず漏らした僕の小さな声に、その人影は気づいた。そしてこちらを見るなり、安堵と狼狽の入り混じった表情を浮かべた。
「虎丸君……? 虎丸君なの……?」
よろよろと近づいてくるその機体の両腕は、白い。破けた服は、辛うじてメイド服のようにも見えた。アンドロイドのそういう店があるのだろう。そして今の彼女は、そういう店のアンドロイドなのだろう。元の世界の人間だった時の彼女とは、違って。
「ミオさん…………」
元の世界の元クラスメイト、魚岡ミオ。もう二度と、会うことは無いと思っていた。
「良かった……私のこと、わかるんだね…………。みんな、みんな私のことアンドロイドだって言って…………」
彼女も僕と同じように、元の世界の記憶だけがある状態、なのだろうか。すると彼女の右手から、一枚の写真が滑り落ちたのが目に入った。写っているのは、保育園のビニールプールで遊んでいる、幼い僕とミオさん。
「………………………………」
「あっ……」
彼女は慌ててその写真を拾い上げ、大切そうに両手で握りしめる。なぜまだ持っているのだろうか。なぜ大事そうにしているのだろうか。それは一目見ただけでわかる、僕の、一生消えない、消すつもりも無い、殺意の根源なのに。
「…………」
「その手、虎丸君も、アンドロイドに……?」
僕の手が白いことに、彼女も気づいた。この世界のアンドロイドは手が白いということも、彼女は理解しているようだった。
「……………………うん」
僕は平静を装い、何とか返事をした。本来なら今すぐにでも逃げ出したい相手。僕の理性が、殺意に負けてしまう前に。癒えない傷、癒すつもりも無い古い傷の痛みに、耐えられなくなる前に。でも彼女は今、元の世界の記憶を持っている貴重な人物の一人だ。世界がこうなってしまったことについて何か、わかることがあるかもしれない。そうなのだとしたら、今僕が、するべきことは…………。
「良かった…………一緒だね…………虎丸君、お願い。一緒に逃げよう」
彼女が僕に触れようとした瞬間、横で黙って僕達を眺めていたコロンが、急に僕だけを、押し飛ばした。そしてその直後、ミオさんの向こうから、二発の銃声が響いた。
「あっ……」
銃弾は僕の肩を掠めた。今は痛覚の無いアンドロイドである僕には、気に留める必要も無いかすり傷。しかしその直前に、その銃弾はミオさんの胸部と右目を、正確に貫通していた。
「コハク君離れて! そのアンドロイドは、感染してる!」
発砲したのが誰なのかはすぐにわかった。真っ白な手、右目に眼帯を付けたアンドロイド、ミウさんが銃を構えて立っていた。
「何、で…………」
ミオさんが膝から崩れ落ちる。僕は咄嗟に、その崩れかけた機体を両手で受け止めていた。撃ち抜かれた胸部から小さな火花が散り、右目から青い液体が溢れ出していた。一目でわかった。それはアンドロイドにとっても、明らかに致命傷だった。
「……」
「……当然の報いですよ。ね? お兄様」
背後からポツリと囁かれたような声が聞こえた気がして振り返る。しかしコロンは、僕から少し離れた空き地の土管に寄り掛かり、腕組みしながらミオさんを見下ろしていた。
「コロン、何を言って……」
……………………………………………………いや、その通りだ。
「ミオさんが、こんなことになる必要は……」
こうなって当然だ。
「ミオさんは、何も悪くない」
こいつが全部悪いんだ。
「悪いのは……」
……………………………こいつだ。
「そうです先輩。さあ、どうぞ」
コロンがまた、僕に銃を投げる。僕はそれを、両手で受け取った。
「……」
「罪には罰を、ゲームオーバーにも、エンディングを」
「コハク君、何を……!」
今まで遠くから様子を伺っていたミウさんが声を上げた。しかしコロンが、一瞬で彼女の背後に回った。
「少しの間で良いので、黙っていてくださいね?」
そしてコロンの身体が歪み、ミウさんの身体に吸い込まれたように見えた。
「………………ミウさん?」
「…………まあ、悪くない身体ですね」
ミウさんが自分の身体を見ながらクルクル回っている。見た目も声も、明らかにミウさん。でもそこから感じるその気配は、明らかにコロンそのものだった。
「コロン、なのか…………?」
「はい。これで邪魔者はいなくなりました。さあ先輩。思う存分、憂さ晴らしを」
ミオさんは、虚ろな目で僕を見ている。
「……」
「……」
僕は握りしめた銃に目を落とした。すると彼女は俯いて、独り言の様に呟いた。
「でも、良かった…………」
「……良かった?」
「私、やっぱり虎丸君に、してほしかったから」
「え…………」
僕がその引き金を引く前に、彼女は動かなくなった。ミウさんの、いや、ミウさんの声をしたコロンの、心からつまらなそうな声が聞こえた。
「なぜ、撃たなかったんですか」
「…………撃つまでも、無かったし」
「確かにそうですね。で、これはどうしますか?」
ミウさんの形をしたコロンが、ミオさんの形をしたアンドロイドをツンツンとつついた。
「…………コロン、確かこの世界では、コロンはアンドロイド専門店の店長、なんでしょ?」
「はい」
「だったらアンドロイドのミオさんも、直せる?」
ミウさんの形をしたコロンが、どこか呆れた様子で僕を睨んだ。
「はい。ですがなぜですか?」
「聞きたいことがあるんだ。この世界についても、元の世界についても」
彼女は、元の世界の記憶を持っている。世界がこうなってしまったことについて、何かわかることがあるかもしれない。そのためには、彼女とはまだ話す必要がある。そう自分に言い聞かせる。いや、そう言い聞かせることで、僕は彼女と以前の様に、話せる気がしていた。以前のように話さなければならない、気がしていた。
「わかりました。では私の工房に持ち帰ってみましょう。少し預からせて下さい」
意外にも、コロンは反対することなくミオさんを抱えて立ち上がった。
「あ、でも、ミウさんの方はどうするつもり?」
コロンがミウさんの姿のまま立ち去ろうとしたので、僕は慌てて呼び止めた。ミウさんにも、聞きたいことは山ほどある。
「これですか? これはしばらく私が使わせてもらいます。知り過ぎた罰、ということで」
「……知り過ぎた?」
「罪には罰を、ゲームオーバーにも、エンディングを」
そう言った次の瞬間、目の前にいたはずのミウさんの形をしたコロンは、ミオさんの形をしたアンドロイド諸共消え失せた。
「…………」
コロンも、ミウさんも、ミオさんも、最初からいなかったかのような静寂の前に、僕は一人立ち尽くす。しかしどこからか、コロンの声だけが聞こえてきた。
「それじゃあお兄様、良い一日を」
「コロン……?」
「……あ、そういえば」
「…………」
ふと、嫌な予感がした。そして自分の手が、肌色に戻っていくように見えた。僕が、アンドロイドから人間に戻っていく。それはつまり、この世界が元に戻っていくということを意味していた。それは、つまり。
「コクノが死んだみたいですね」
またコロンの冷たい声と共に、周囲が真っ暗になった。
「コクノ…………?」
コクノが、死んだ…………?
「……」
そして七月十一日、朝の七時過ぎ。いつもの、寝室。僕は目覚まし時計の音で、目を覚ました。
「手が、白くない……」
アンドロイドではなく、人間、虎丸コハクとして。