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gang study

知識、経験から得る、どんな世界にも存在する『常識』。

もちろん俺達の世界にも。

 アジトに戻れば、いつものような流れだ。離れていたウィザードを迎え入れたのだから当然のことだろう。

 誰かが席を準備し、誰かが酒を準備し、誰かがつまみ代わりのスナックを広げる。


「ウィズ! 今日はお前が主役だ! 何か言えよ!」


 スノウマンがそう言って、ウィザードを立たせた。本人も文句など言わずに音頭をとる。


「俺の出所と、最高のホーミーたちに!」


「ホーミーたちに! 乾杯!」


 今更だが、俺達が使う言葉の中に「ニガー、ドッグ、ホーミー」というものがある。これらはすべて「仲間、ダチ、相棒」みたいな感じだ。

 その中でも「ニガー」は黒人同士にのみ使うことが許されている。というのも、もとは差別用語であり、多人種が俺たち黒人に対して使うとその本来の意味として捉えられるからだ。

 逆に黒人から多人種に「ニガー」を用いることもあり、その場合は「仲間、相棒」などという意味合いになるが使用頻度はかなり少ない。


 次に「ドッグ」の場合は犬ではなく、気の知れた仲間に対する「相棒、兄弟」的な意味合い。最後の「ホーミー」は地元、つまりホームを同じくするダチの事を指す。

 このように、俺達は名前やニックネーム以外にも様々な形で仲間の事を呼ぶのだ。


「さぁ! 今日は、かたっ苦しい話は抜きだ! 全力で騒ごうぜ!」


 俺がそう言うと、みんなからは大きな歓声が上がった。


 開始から数分と経たず、もう酔ったのかそれともクロニックのせいか、クリックがハイになり、下手なラップでみんなを笑わせている。


「下手くそ! 引っ込めよ、マザーファッカーが!」


 毒舌ジャックが空き缶をクリックに投げつけながら叫んでいる。クリックは気づいていないようで、それには構わず左右に身体を揺らしながらビートを刻んでいた。


 ジャックの言葉にも出てきた「マザーファッカー」はクソッたれという意味で、「クロニック」はマリファナ、つまり大麻の銘柄の事だ。ここ最近では一番の品質の高さだと言われている。

 ちなみにルークのニックネームである「クリック」も俺たちの方言で、拳銃のことを指す。


 他にも「ハンドサイン」は手で次々と形を作るギャング同士の手話にも見えるサインで、俺達ブラッズがよく用いるのは「b」のハンドサインだ。クリップスは「c」を使うことが多い。他にはそのセット特有のサインなどもある。

 上級者になると、それこそ手話のように次々とハンドサインを出して会話もできる。刑務所内の牢屋越しに話せたり、声を出せない場面では重宝する。


 ブラッズやクリップスはロサンゼルス中に点在しており、みんな地元に根付いて活動している。基本的にブラッズは赤を基調とした服装、クリップスは青を基調とした服装をするが、これには例外もあったりするので難しいところだ。

 そして、たとえ同じブラッズ、クリップス同士であっても仲間同士というわけではない。同じような服装をしていようが、地元が違えば敵同士なのだ。

 無論、手を組んでいたり、不可侵条約を結んで休戦状態にあるセットなどもある。それに関してはブラッド、クリップ、どちらの看板を掲げているかなんてのはあまり関係がない。


 ロサンゼルスだけにとどまらず、全米という視野で見てみれば、構成員数はブラッズが9000、クリップスが30000とも言われる。どちらも大所帯だが、圧倒的にクリップスが多い。ただし、先の通り、セットが変われば仲間ではないので、それが一丸となって敵対しているというわけでもない。

 別にどこのセットが全てのブラッズの頭だ、なんて決まりもないので、みんなそれぞれの地域で好き勝手に活動しているわけだ。そこが明確なピラミッド型構造のマフィアとの違いかもしれない。


 だが、かなりの高確率でブラッズとクリップスは敵対していると考えてよい。同盟などの例外は非常に少なく、大抵の場合は仲が悪い。

 それよりはブラッズ同士、クリップス同士の方が味方である事は良くある話だ。


 とまぁ色々と記したが、ギャングチーム、いわゆるセットごとの交友関係なんて俺は知らないし、どこのセットが他のどこのセットと仲良しだ、なんてのも正直さっぱりだ。こういうのはシャドウの専門だからな。


 ただ、俺達が縁あってブラッズを名乗っている以上はクリップスと敵対することが最も多いだろう。今は他所と同盟や不可侵条約なんて結べるほどの力は無いが、いずれこの先は別のブラッズと付き合っていかなければならないかもしれない。それがクリップスの可能性もあるが……確率としては低いだろう。


 それから、赤を基調とするブラッズ、青を基調とするクリップス以外にも、白を基調とした服を着用する「ホワイトフェンス」と呼ばれる奴らや、黄色を基調とした服装の「ラテンキングス」なんてギャングも存在している。

 コイツらは大多数が黒人であるブラッズやクリップスとは違い、メキシカンの移民、チカーノと呼ばれる人種で構成されている。


「ウィザード。ブツの仕入れに付き合うって話だったが、いつ行くんだ?」


 俺は宴会の中、近くにいたウィザードを外に連れ出して、二人きりになったところでそんな話を切り出した。


「俺は帰ってきたばかりだってのに、もう仕事の話か? 真面目な野郎だ」


「別に急かしてるわけじゃねぇんだけどな。真面目なリーダーで見直してくれたかよ」


「嘘つけ、早く行きたいって顔に書いてあるぞ。仕方ないから急いでやるとしよう。明日でも大丈夫か?」


「あぁ、場所は?」


 俺はタバコに火をつけながら訊く。


「……コンプトンだ」


「マジかよ!」


 俺は驚いて大声を出してしまったせいで、火をつけたばかりのタバコをポロリと落としてしまった。


「面白い反応で嬉しいね」


 ウィザードはからかうように笑っている。だが、そんなことはどうでもいい。

 コンプトンといえば、カリフォルニアで最もヤバイ地域。ギャングの巣窟。全米でも第四位の治安の悪さを誇る、クソみたいな街だ。

 殺人事件は毎月数十件も発生していて、普通ではありえないほどリアルなゲットー地域だった。

 ゲットーとは多くの黒人が住むスラムのような貧困地区を指す。当然、貧しい黒人が多数暮らしているとなれば、犯罪の発生率が尋常ではない。


「楽しむなっての。マジでビビってんだぞ、こっちは」


「その様子じゃ、仕入れ先のメモを見てないのか?」


「見たさ。でもたくさん住所が書いてあって、どれがその仕入れ先かなんて分からなかったんだよ」


「そりゃ、第三者から簡単に見破られちゃ困るからな。いくつかフェイクの住所も書きこんで隠しもするさ」


 ウィザードが俺に顔を寄せて厳しい表情になる。その用心深さは見上げたものだが、味方を相手に困らせるってのは勘弁してほしいところだ。


「見抜けなくて悪かったな」


「ま、それは仕方ねぇさ。言ってなかった俺にも非がある。だがな、サム。ブツの取引では失敗できない。俺がここまで慎重になってる理由も納得できるはずだ」


「それは当然だろう。気を引き締めるとするよ」


 俺の言葉に満足したのか、ウィザードは顔を遠ざけた。


「ところで、その相手ってのは? ギャングか?」


「話してもいいが、明日の道中で話すよ。少しは話題をとっておこうぜ。それに、いつまでも今日の宴会の主役をこんなところに留めておかないでほしいな」


「それもそうかもな。それじゃ、飲みなおすとするか!」


 そして、次の日の朝。


 ウィザードと俺の二人は、奴のポンコツなホンダ・シビックに揺られていた。目指すのはもちろん、コンプトンだ。そこまではおよそ30分ほどかかる。


「ヘイ、ウィズ。昨日の話の続きだが」


「相手か? 当然ギャングスタだ。ブラッズのメンバーだよ」


「そうか……」


「最高にヤバイ奴らだから注意しろよ。俺が彼らと取引を始めたのは14の頃。それまでは盗んできた物をみんなに配って捌かせてたが、そんなんじゃ賄えないようになったからな」


 いつの間にそんな取引を、と俺は驚いたが、俺がウィザードにブツをどこから仕入れているのか訊いたとき、コイツは「死にたいのか?」と言ってニヤリと笑ったことがあった。その答えがこれだったのだろう。

 しかし、こんなに大変な仕事を昔から一人でこなしていたのかと思うと、ウィザードの働きには感心させられる。


「どうやってそんな危険な連中と?」


「実は従兄弟がいるんだよ。コンプトンのブラッズメンバーの一員さ。歳は25くらい。俺達の旗揚げをかげながら応援してくれててな。以来、クロニックを安く回してくれるんだよ」


 軽快にハンドルを切りながらウィザードは笑う。


「それで、なんとか俺一人でもやってこれたのさ。だが今となっちゃ俺も危ない身だし、リーダーのお前くらいは紹介してもいいと思ったのさ。もし俺が動けなくなってもお前が引き継げる。いずれは他のハスラーの連中も連れてくるつもりだけどな」


「今日は、俺が行く事を伝えてあるのか?」


 俺は内心、ビビりながら訊いた。


「あぁ。楽しみにしてるとさ」


 その言葉に少しだけ安心したが、そうは言っても行先は天下のコンプトンだ。市内のありとあらゆる場所にブラッズとクリップスが入り乱れている激戦区。その町でギャングとして生き残ってきた奴らなら、みんな筋金入りのギャングスタに違いない。


 ちなみにギャングはその集団、つまりセットなどを表すことが多いが、ギャングスタはその構成員一人一人を表す。つまりどこかのギャングに所属している人間の事をギャングスタと呼ぶ。


「そろそろか。気をつけろよ、サム。町中に悪い奴らが溢れてる。油断してるとゾンビみたいに取って食われるぞ!」


 そう言って奴は笑っているが、俺にはその冗談が冗談には聞こえなかった。


『Compton City』


 そう表記された看板をシビックが通り過ぎる。俺はついにコンプトンに足を踏み入れてしまった。


 大通りを逸れて、狭い路地へと進入していくシビック。既にやばいにおいがプンプンと漂ってきた。


「見ろ、この辺りが従兄弟のギャングセットのシマだ」


 周りを見ると、ありとあらゆる壁に赤いスプレーで「bloods 4 life」といったタグが書き込まれている。

 俺達も大事にしている、このタグというのは、縄張りを表す落書きの事だ。この地区は俺たちのものだと主張していることになる。少し前にクリップスから俺達のタグを塗り替えられる事件があったが、もし上から他のセットが塗り替えようものなら宣戦布告となる。


 タグにもあった「bloods 4 life」や「B.K.B 4 life」などの「4」は数字を表しているわけではない。「4」は「for」の略語として発音が似ているので用いているだけだ。つまり普通に書けば「B.K.B for life」となる。


 その他にも略式表記は存在する。たとえば誕生日を祝う言葉「Happy Birthday to you」は「Happy Birthday 2 U」と書けるし、直線を意味する「Straight」は「Str8」と書くことができる。

 これも俺達の中では常識だった。


 人影や家屋が徐々に増え始める。単なる道路から居住区に入ったサインだ。その人影を詳しく観察すると俺は驚愕した。

 まず、ギャングメンバーであることは明らかだ。ブラッズのテリトリーというだけあって、彼らはほとんどが赤い服を身に着け、バンダナを右腰にぶら下げている。そこまではいい。

 だが、その数だ。まるでギャングの構成員しか住んでいないんじゃないかと思えるほどに、みんながみんな、ギャングスタにしか見えない。俺達のようにこそこそとアジトに引きこもっているのではなく、町全体がブラッズ一色といった印象だった。


「こりゃすげぇ」


「コンプトンではギャングは堂々と暮らしてるんだ。数が多すぎて市警には取り締まれないのさ。市内のほとんどの区域が危険地帯として指定されてるからな」


 道行くギャングスタの中にはウィザードと顔見知りの連中もいて、手を振ったりハンドサインを向けてくれたりした。ウィザードも挨拶を返してやっている。ウィザードといればひとまずは大丈夫そうなので、俺は少しだけ緊張感が和らいだ。


 ちなみに、右腰に真っ赤なバンダナを垂らすのはブラッズの特徴だ。反対にクリップスは青いバンダナを左腰に垂らす。ただし、これもいわゆる一般的な形で、たとえば黄色いバンダナを逆の左腰に垂らすブラッズもいるかもしれないし、黒いバンダナを右腰に垂らすクリップスだっているだろう。

 各地に数えきれないほどのギャングセットがあり、それぞれのルールを持っているので、完璧な決まりというのは存在しないのが現状だ。


「ついたぞ。従兄弟の家だ」


 ウィザードは目的地の前に車を停めた。俺達は玄関先に向かう。

 芝生の庭には真っ白なキャデラックのローライダーが停まっていた。従兄弟の愛車だろうか。


 ウィザードがチャイムを鳴らす中、俺は少しだけ緊張してその後ろに立っていた。

 ガチャリと扉が開く。おばさんが顔を出した。従兄弟の母親だろう。


「あら、トニー。こんにちは!」


「やぁ、おばさん」


 ウィザードとおばさんがハグをし、頬に軽いキスを受けている。


「さぁ、上がってちょうだい! レイクなら二階にいるから」


「ありがとう」


 俺もウィザードに続いて入ろうとしたところをおばさんに止められる。


「あら? 挨拶なしには通さないわよ。トニーのお友達ね?」


「あ、えっと、こんにちは」


 困惑する俺をおばさんは抱き締め、ウィザードと同じようにキスをしてくれた。


「はい、よくできました! 入ってちょうだい!」


「あ、ありがとう」


 なんだか緊張していたのもすっかり吹き飛んでしまった。まさか赤の他人ですらこうして歓迎してくれるとは、心が温かくなる。


「サム! 早く来いよ!」


 ウィザードが手招きしているのが見えたので、おばさんの頬にキスのお返しをすると俺は中へと入っていった。

 二階の従兄弟の部屋の前、その扉には真っ赤なバンダナが張り付けられている。


「レイク」


「トニーか? 入れ」


 ノックと共にウィザードが声をかけると、中から返答があった。

 室内はほのかに暗く、蛍光灯の下で栽培されている大麻草が見えた。だがこれは少量であり、売り物ではないように感じる。


 そして、その近くで椅子に座り、テーブルの上で乾燥した葉を計りに乗せている男がいた。

 重さを確かめると「よし」とつぶやいて葉を小さなビニール袋に詰め込む。


「丁度終わった。持っていきな」


 男が指さす方向には、他にも同じように袋詰めされた乾燥大麻がいくつも置いてあった。これがウィザードの仕入れ分というわけだ。


「金はいつもの通りだ」


「ありがとう、レイク」


 レイクと呼ばれたウィザードの従兄弟は、マークと同じような巨漢だった。いや、幅は同じくらいだが、背丈はもう少し高いかもしれない。それほどの大男だ。


「お前がサムか? B.K.Bのリーダーなんだってな。俺達は同じブラッズの兄弟分みたいなもんだ。トニーの仲間なら俺にとっても仲間だ。気楽に接してくれ」


「あぁ、よろしく頼むよ、レイク」


 レイクがガシリと俺の手を取り、無理やりにも近い形で握手をしてくれた。その素早い腕の動きにも驚かされたが、やはり見た目通りに握力自体が異常に強い。少々痛いが、すぐに放してくれた。


「さて、せっかくサムも来てくれたことだ。俺達のリーダーにも会わせてやらないとな」


 ウィザードが子袋をカバンに詰めていると、レイクがそう言った。


「マジかよ? いきなりファンキーに?」


 ファンキーというのがレイクが所属するギャングのリーダーらしい。おそらくニックネームだろう。


 おばさんに別れを告げて、俺達三人は庭に出た。ウィザードはシビックのトランクにカバンを放り投げている。


 レイクは自身のキャデラックのドアを開け、ハイドロのスイッチを打つ。キュン、と甲高い音がして地を這うほどに低かった車高が跳ね上がった。

 この、ハイドロはローライダーと呼ばれる改造車には必ずと言っていいほどに搭載されている装置で、油圧の力を利用して瞬時に車高を上げ下げできるものだ。もっと強いものだと車自体を高く飛び跳ねさせることもできる。


「コイツで行こう。二人とも乗ってくれ」


 レイクのキャデラックの外装はシンプルなホワイトカラーだったが、内装はシートやドアの内張り、ダッシュボードやメーター、ステアリングまですべて真っ赤だ。改造にはかなりの手がかかっているように見える。

 2ドアのクーペタイプの車両なので、俺は座席を倒して後ろへ、ウィザードはその座席を戻して助手席に座った。

 レイクがエンジンをかけるとドォンと重々しい排気音が鳴り、ギャングスタラップがオーディオから流れてきた。


「出すぞ」


 キャデラックが発進する。

 よく見ると、リアガラスの内側にゴールドのプラークが立てられていた。プラークというのは、ローライダーたちが自分の所属するカークラブの名前を表す金属製の看板のようなものだ。カークラブ、つまり車のチームの象徴なので、絶対に汚したり傷をつけてはならない。ギャングと同じようにそれを誇りに思っているのだ。


 ローライダー以外の車好き、例えばスポーツカーを乗り回す走り屋などはステッカーをガラスに貼るのが定番なので、このプラークはローライダーの特徴ともいえる。


 ギャングとカークラブは必ずしもつながっているわけではない。レイクはたまたまギャングのメンバーでもあり、カークラブのメンバーでもあるというだけだ。カークラブの方は普通の会社員だったり弁護士だったり警察官だったり、職種は様々だ。


「Rockets c.c.か」


 プラークにはそう書かれていた。c.c.というのはカークラブの略称だ。

 俺の声が聞こえたようで、ミラー越しにレイクがにやりと笑う。


「サム。ローライダーに興味があるのか?」


「いや、正直あまり詳しくないんだ」


「そうか……」


 レイクは残念そうだ。俺が車好きであれば話が盛り上がったのかもしれないが、これは仕方ない。


 数分走ったところで車が停まる。町内を移動しただけなので距離は僅かなものだ。

 道路わきに座り込んでダイスをしている集団がいた。サイコロを二つ振って、一番大きな目が出た奴が掛け金を総取りできるというシンプルなゲームだ。


 そのうちの一人がレイクに気づき、ハンドサインを出した。レイクもそれを返す。


「よう、ホーミー。調子はどうだ」


 そう言いながらレイクは仲間とハグをして背中をたたき合っている。

 すぐにウィザードもソイツのもとへ走って行った。


「ファンキー!」


「おぉ! しばらくぶりだな、トニー坊や!」


 頭はスキンヘッド、全身真っ赤なディッキーズの作業着。右腰にはバンダナ。服から出ている両腕はタトゥーでびっしりの大男だ。レイクと変わらないほどの迫力がある。

 それが、この辺りをシマにしているブラッズのドン、ファンキーだった。


「ファンキー。B.K.Bっていうトニーのセットの話を覚えてるか? そこにいるのがプレジデントのサムだ」


 ダイスをしていた他の数人も含め、ファンキーらの視線が一手に俺に向けられる。


「覚えてるぜ。しかしまだ若いな! こんな小僧どもが集まって良くやるもんだぜ! よう、サム! 俺たちはブラッズの兄弟分だ! 気楽に接してくれ、ニガー!」


 レイクと全く同じ言葉でファンキーは俺と握手をしてくれた。


「コンプトンへようこそ」


「ありがとう、ファンキー。それにレイクも、紹介してくれて助かったよ」


 俺が答えるのと同時に、俺とウィザードのポケベルが鳴った。マークからだ。


『クリップス』


 俺とウィザードは目を見合わせた。地元が襲撃されているという知らせだ。


「ほう、ポケベルとはハイテクなもん持ってるな。若者はやっぱ流行りに敏感だぜ」


 ファンキーが笑いながら言う。


「レイク、ファンキー、ごめん! 俺達、急いで帰らなきゃいけなくなった! 俺のシビックまで大急ぎで送ってくれないか!?」


「あん? そりゃ構わねぇが、いきなりどうしたんだ?」


「ウチの連中がクリップスと揉めてるって!」


 そのウィザードの言葉に、ファンキーやレイクらの笑顔がスッと消えた。


「何? クリップス? おい、お前ら、人数集めろ」


 ファンキーが周りのメンバーに指示を出す。彼らは即座に走り出し、この場には四人が残った。


「もう俺たちは兄弟分だ。トニー、サム、加勢してやる。まずは送るよ」


 すぐにレイクがシビックのある道端まで送ってくれた。一分ほどでぞろぞろとバンやワゴンなどの車両が集まってくる。どれかにファンキーも乗車しているに違いない。

 どの車もボディはボコボコで至る所に銃弾の痕がある。今まで体験してきた抗争の激しさを物語っているかのようだ。


 レイクもキャデラックは家に置いて、仲間のバンに乗り込んでいった。さすがに大事にしている自慢のキャデラックをケンカに使うわけにはいかない。


「ウィズ、出せ。後ろからついてきてくれるはずだ。道案内してやらないと」


「了解。まさかこんな大ごとになるなんてな。ハンドル握る手が震えて仕方ねぇよ」


 ウィザードがシビックを発車し、コンプトンの連中がそれに続いた。


 ……


 かなりの速度で車を飛ばしたおかげで、コンプトンから俺達の地元に戻ってきたのは二十分もかからないほどだった。

 早速アジトの周辺で敵味方の両方を探すが、なかなか見つからない。


「おかしいな。この辺りで間違いないはずだが……」


 焦るウィザード。だがその時、そう遠くない場所から銃声が聞こえてきた。


「あっちから聞こえた! ウィズ!」


「分かってる!」


 ウィザードがシビックのステアリングを回し、車を旋回させる。


 到着した現場はアジトから2ブロック先の広い通りだった。クリップスは前回同様に四台の車両で出張ってきており、その車を盾にして銃を構えている。

 だが今回は狭い路地で先頭車両をせき止める形ではなく、お互いに道路の反対車線、車両を挟んで対峙していた。B.K.Bのメンバーはハスラー以外の全員が集まっていたが、新入りの一人が撃たれたようで、腹を抑えて車の陰で苦しんでいるのが見えた。

 警察はまだ到着していないようだ。民家が遠い事と、俺達の行動の早さが幸いしたと言える。


「大丈夫か、ホーミー!」


「サム! ウィザード! よく来てくれた!」


 俺達二人が合流すると、スノウマンがそう返した。マークも俺達に連絡を寄越してすぐに合流したようで、敵に向けて撃ち返している。


「さすがに広い通りだと分が悪くてな、サム」


「いいや。よく持ちこたえてくれたな、スノウマン」


 俺とウィザードも腰から拳銃を引き抜く。


「それより、スノウマン。撃たれた奴は」


「あぁ、ウィザード。腹に三発食らってる。早く病院に連れて行ってやりたいんだが」


 確かにこの状況では誰かがここを脱して病院に走ることは厳しいだろう。俺かウィザードのどちらかが車で撃たれた仲間を運ぶしかない。

 だが、その時だった。


「くたばれよ! マザーファッキン、クリップス!」


 ファンキーの怒号。そして、続けざまにダダダッと激しく連射される銃声。拳銃でも軽めのアサルトライフルでもない。重厚なマシンガンの音だ。


 コンプトンブラッズの面々は銃撃など無視して俺たちをかばうように車ごと割込み、車内から敵方へ向けて一斉掃射している。

 言うまでもなく彼らはマシンガンをいくつも持ち込んでおり、その弾丸は紙切れのように車両の鉄板を次々と貫通して敵のクリップスを吹き飛ばした。

 力技とはこの事だ。さすがに豆鉄砲みたいな拳銃とは桁が違う破壊力だった。


「は!? おい、何だよこいつらは! サム、誰を連れてきた!?」


 驚愕するスノウマン。その隣でウィザードは大興奮だ。


「コンプトンブラッズだよ! 俺の従兄弟のセットだ!」


「コンプトン!? なんでそんなヤバいセットに親戚がいるんだよ!」


 好機だ。一斉に他のB.K.Bメンバーも強力な助っ人が来てくれたと理解し、車の陰から飛び出して攻勢に出た。


 こうなると決着は一瞬だ。バタバタと倒れていくクリップス。

 そしてとうとう動いている敵はいなくなり、「B.K.B!」「Compton Bloods!」の雄叫びが響き渡った。


 だが、ここでついに警察が登場してしまう。数台の車両がサイレンを鳴らし、猛スピードで現場へやってきたのだ。


「やべぇ! 散れ!」


 俺は仲間たちに叫ぶ。それに従ってB.K.Bのメンバー達は一目散に逃げだした。撃たれた仲間はマークが担いでいる。

 しかし、ファンキーやレイクなど、コンプトンブラッズの面々はその場を動かなかった。それに気づいた俺も立ち止まる。


「何やってんだ!? アンタらも早く逃げろ!」


 俺は声を振り絞って呼びかけたが、次の瞬間、信じられない光景を目の当たりにする。


 コンプトンブラッズは、あろうことか照準を警察車両に向け、クリップスの時と同じように一斉掃射を始めたのである。


 先頭車両が被弾し、爆発炎上。それに巻き込まれる形で次々と警察車両が路肩や別の車両に突っ込んで大惨事となった。

 辺りにはたまたま居合わせた通行人の悲鳴。そして、コンプトンブラッズの連中の大爆笑が聞こえた。


「ファック、ポリス! そんじゃな、サム。 またいつでも手ぇ貸すぜ! 気を付けて帰れよ」


 そう言うと、ファンキーは笑いながら仲間を引き連れて帰って行った。


 俺はその場にへたり込んでしまった。彼らは警察殺しも簡単にやってのけたのだ。彼らこそOG(オリジナルギャングスタの略語で、筋金入りの凶悪なギャングスタを意味する)だと思った。


 俺がようやくアジトに戻ると、ほとんどのメンバーが集まっていた。いないのはマークと、腹を撃たれていた仲間だ。

 およそ十分経ったところでマークが戻ってくる。


「クソッたれ……手遅れだった」


 マークの言葉にみんながざわつく。ついに仲間から死者が出てしまったのだ。


 葬儀は数日後、小さな教会で執り行われた。現場には居合わせなかったハスラーも含め、もちろん全員が参列する。

 みんなは遺体が入った棺の中にバンダナや銃弾を入れた。


「R.I.P.……」


 R.I.P.とはRest.In.Peace.つまり、安らかに眠れの略語だ。

 その日のうちに、ジャックの背中に一つの名前が彫り込まれたことは言うまでもない。


 葬儀の後、アジトに戻った俺達。

 コリーがつけたテレビのニュースでは、俺達の抗争事件の話題が取り上げられていた。

 クリップスの死者は23名。ブラッズの死者は1名。隣町のクリップスの連中にとっては大きすぎるダメージだろう。そして、警官の死者は6名だったらしい。


 ここで、俺以外の奴らからは一つの疑問が浮上する。それをシャドウが代弁した。


「おい、ちょっと待て。何でサツに死者が出てるんだ?」


「実はみんなが逃げた後、コンプトンブラッズの連中が警察車両を蜂の巣にして爆破したんだ」


 俺の言葉にみんなが興奮し始める。特に声高に騒ぐのはウィザードだ。


「マジかよ! レイクたち、やってくれるぜ!」


「ちとマズいな。警察にはもちろん、別セットの連中にも俺達が危険だって話が広がっちまう」


 これはガイだ。さすがに冷静に物事を見ている。

 ニュースにはコンプトンブラッズの話は出てきていない。誰が見ても、クリップスと警察を殺したのは俺たちの仕業だと映るだろう。いろんな奴らから恨みを買うことになったわけだ。


 しかし、現実は違った。

 確かに警察は俺達への警戒を強めたようだったが、前にも増してB.K.Bに仲間入りを希望する奴らが出てきたのだ。


 そして三週間後。B.K.Bは30人を超すギャングへと成長していた。この頃から俺達11人の初期メンバーの事は仲間達からE.T.(イレブントップの略で、映画のキャラクターとダブらせた呼び名)と言われるようになった。


 今なら弱っている隣町のクルップスを叩き潰せる。強いものが正しい、という事を証明することができる。

 来るべき決戦は、明日だ。

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