Wizard
B.K.Bの心臓。ブツの仕入れを担当するウィザード。奴のいないB.K.Bなんて、考えもしなかった。
全員でバラバラに逃げた後、俺の指示通りにそのままアジトに戻る奴がほとんどだったが、見つかる危険を恐れて家で武器を隠し、服を着替えてから顔を見せる奴もいた。
だが、僅かな人数かは顔を見せなかった。再び出るのが難しく、そのまま家にいるのだろうという事で、アジトにいた連中もそのまま休むこととなった。
次の日の昼頃。俺はマークの家にいた。理由は電話を借りて全員を再集結させるためだ。昨夜、あの後に会えなかった奴の事が気がかりだったのと、ハスラーの発表もしなければならない。
ウィザードとコリーは家におらず、連絡が取れなかった。アジトにいる可能性もあるので一旦保留とし、マークと二人で歩いてアジトに向かう。
「サム、昨日のケンカは激しかったな。死人が出てねぇのは何よりだがよ」
「クリップスは必ずまたやってくるぞ」
「何度来ようとはじき返してやるよ。ここは俺たちの地元だ」
「頼りになる男だぜ」
そして俺たちがアジトに到着すると、新入り六人、シャドウ、ジミーがいた。
「よう、ホーミー! 元気か!」
手をぶつけて軽くハグをするジミー。妙に機嫌がいいので、何かあったようだ。
反対にシャドウは機嫌が悪いのか、ソファにふんぞり返って煙草をくわえ、軽く手を挙げて挨拶してくれただけだった。
それから連絡のついた全員が集まったが、コリーとウィザードは現れない。直接話していないので何とも言えないが、なにか仕事が入っていたのだろうか。
連絡がつかなかったことをみんなに伝えたが、昨夜から二人とは誰も会っていないらしい。
「夜には顔出すんじゃねぇの~? それより一杯やろうぜ」
お気楽なクリックが提案する。確かにゾロゾロと彼らを探しに行くわけにもいかないので、夜まで待とうという事になった。
すぐにホーミーたちの手によってアジトに大量にストックされているビールが運ばれてくる。
「B.K.Bに!」
「B.K.Bに!!」
瓶や缶がぶつかり合い、俺達はまたいつものように盛り上がるのだった。
それから二時間ほど経っただろうか。車のエンジン音がして、コリーがアジトの中に飛び込んできた。急いでいたのか、激しく息を切らしている。
「よう、コリー! お前も一杯やれよ! 昨日のクリップスを追い返した祝いだ!」
マークが気さくに話しかけるが、コリーはそれを手で断り、信じられない言葉を吐く。
「みんな! 飲んでる場合じゃねぇよ! ウィザードがパクられた!」
盛り上がっていた俺たちは瞬時に静まる。血の気が引くとはこのことだ。
「冗談だろ、ニガー? ウィズがパクられた? 昨日はみんな上手く逃げただろ!」
「マーク! 俺がこんな冗談言うわけないだろ!」
「クソが! 嫌な予感がしたんだよ!」
シャドウがテーブルを荒々しく蹴飛ばした。不機嫌だったのは何か予感を感じていたからか。
「トニーが……? アイツがいなきゃB.K.Bは総崩れだ! 一体どうすりゃいいんだよ!?」
「サム、落ち着け。ウィザードの罪状は何だ、コリー? 奴は警官を撃ったのか?」
この冷静沈着な声はガイだ。内心では焦っているのだろうが、俺やみんなを落ち着かせるために気張ってくれている。
「いや、撃ってはいないよ。抵抗はしたらしいけど」
「だったら未登録の銃の不法所持だな。警官への暴力がカウントされるかどうかも関係してくる。初犯じゃないのが心配だが、まだ未成年だ」
ガイはみんなを見渡して続ける。
「長く見積もって……二か月、三か月ってところか?」
落胆の声が次々と上がる。たしかに二か月なら大したことないと思いたいが、俺達の懐事情を握っているウィザードは別格だ。
ちなみに初期メンバー全員はガキの頃から何度も小さな盗みやケンカで警察の世話になっている。
「さすがにそりゃきついぜ! 俺たちの資金が底をついちまう!」
スノウマンが叫んだ。みんなもそうだそうだと続ける。
「だったら、べらぼうに高い保釈金を払って、奴を連れ戻せばいいだろう! できるのか!? 誰が払う!? 今まで散々、アイツから稼がせてもらったが、誰かそんな貯えを持ってるのか!? 持ってねぇだろ! これは後先考えずに行動してる俺達への罰だ!」
驚いた。ガイが叫んだのだ。あまりの気迫にマークやジャックでさえも気圧されている。普段物静かな奴がこうやって吠えるのは効果が絶大なのだと分かる。
「B.K.Bの心臓が帰ってくるまで、力を合わせるしかねぇんだよ。ウィザードだけに甘ったれるのは今日まででおしまいだ」
ガイはいつもの静かな口調に戻っていた。
そしてすぐに話のバトンは俺に渡される。
ウィザードからもらっていたハスラーの指名を今こそ発表するときだ。
「ウィザードから受け取っていた走り書きがある。俺達をウォーリアーとハスラーに役割分担するものだ」
「いい考えだな。これからは仕入れなんかもハスラーが?」
俺にそう訊いたのはライダーだ。
「あぁ。そのつもりだが、まずは振り分けから伝える。俺もまだ見てないから、初公開だな。一応拒否権はあるが、出来るだけアイツの意思を酌んでやって欲しい」
みんなが息を飲んだ。ウォーリアーとハスラーとではまるで動き方が変わってくるのだから当然だ。
「読むぞ。まずは……ウィザード」
分かり切っていた一人目は自身の指名。おいおい、と拍子抜けしたせいでいくつかの声が上がる。
「悪い。次だ。ジミー」
「いきなり俺か!? オッケー。ハスラーの方が楽しそうだもんな」
「そうか。頼むぜ、ホーミー」
「任せろ!」
ジミーは乗り気のようで良かった。みんなからも小さな激励があり、俺は続ける。
「次は、ライダー。お前だな」
「分かった。やれることはしっかりやろう」
ライダーも拒否はしなかった。さらに続ける。
「次は、ガイだな。これはみんなの予想通りと言っても良いんじゃないか?」
「……」
ガイはうつむいたまま返事をしない。ウィザードに負けず劣らず賢いコイツは、どう見てもハスラー向きだと思っていたが、まさかウォーリアーのほうがやりたかったのだろうか。
「サム。俺はな、ハスラーになること自体に異議なんかない。だが、俺が見ていないところでお前らが無茶しないか気がかりでよ」
「はっはっは! ガイ、てめぇは俺たちのお袋かよ! んな気色悪い心配しなくたって、問題なく敵をぶち殺してやるぜ!」
ジャックが大笑いしながら毒を吐く。みんなもガイの言葉に笑った。
「俺もジャックと同感だ、ガイ。心配しなくてもウォーリアーとハスラーは常に連携をとる。それで、最後の一人だが……ん?」
俺は目を見張った。見間違いではないかと目をこする。
「そうした、サム。もったいぶってないで、最後の一人を教えてくれよ」
「あぁ。悪い、マーク。最後の一人は……サム。俺だそうだ」
みんなも俺と同様に信じられないといった様子だ。何せ、俺はこのギャングのリーダーだ。ハスラーは言わば裏方に近い仕事になるが、果たして俺が身を置く場所としてふさわしいのだろうか。
しかし、ウィザードもそんなことは百も承知のはずだ。俺をハスラーに選ぶという事は奴なりに考えがあるものだと感じた。決して乗り気だとは言えないが、ここはアイツを信じてみようと思った。
「以上だ。ジミー、ライダー、ガイ、そして俺とウィザードがB.K.Bを裏から支える。他のみんなは剣となって戦ってくれ。頼むぞ!」
全員から返答があり、これで俺からの発表はおわりだが、ジミーが挙手している。質問だろうかと思って指名した。
「ジミー。意見があるなら聞かせてくれ」
「実はな。今日は新兵器を持って来てんだ。それをみんなにお披露目してもいいか?」
「もちろんだぜ」
これがジミーの機嫌がよかった理由か。断る理由もないので許可した。
「じゃじゃーん!」
何かを包んでいたバンダナをジミーが広げると、ゴロゴロとポケットベルが地面に転がる。その数は十一個。初期メンバー全員にいきわたる数だ。
みんなからは大歓声が上がった。
ポケベルはかなりの高級品だ。持っている人間も少なく、自宅の電話でなくとも簡単な文字と数字が受信できるツールだ。それを確認して最寄りの公衆電話や自宅から相手のポケベルに返信もできる。これは瞬時に連絡を伝える手段として大いに活躍してくれること間違いなしだ。
「ジミー! どうしたんだよ、そんな数のポケットベル!」
「へへ! サム、聞いて驚け! 壊れて捨てられてたものをかき集めてコツコツ直してたんだよ。そんで、今朝十一台とも使えるように通信会社と契約してきたぜ!」
「お前は最高だ、ニガー!」
早速、初期メンバー全員にそれを配り、ウィザードの分として余った一つは予備としてアジトに置いておくこととなった。
それから公衆電話まで走ったライダーが、すべての端末にメッセージを送信してくれて、全部使えることが確認できた。
「ジミーの大手柄を祝って一杯やろうぜ!」
誰かがそんなことを言えば、また祝杯だ。日に何度もこうやって盛り上がることばかり考えていて心配にもなるが、今を精一杯楽しく生きなければ損だという精神も大いに理解できる。そしてもちろん、俺は反対なんかせずにそれに加わるだけだ。
「大変だ、ホーミー! あれだけあったはずのビールが!」
「なにっ!? おい、誰か仕入れて来いよ! 金がないなら盗って来い!」
ほろ酔いのスノウマンがそう言いながら舌打ちをしている。
「じゃあ俺が行く。みんなは楽しんでてくれ」
「サム! お前は腕もまだ完全じゃねぇだろ。俺も行くぜ」
マークがそう言ってくれて、俺と二人で買い出しに行く事となった。金を持っている奴から5ドルずつ受け取って、誰かの車を借りて出発だ。
「コリー! 車借りてもいいか?」
「もちろん」
短い返事と共にキーが飛んできた。リンカーンのロゴが彫り込まれた真新しいカギだ。
「おい、マジか!」
マークと共に俺は驚き、詰所の隣のガレージへと急ぐ。そこには、ピカピカのパールホワイトのリンカーン・コンチネンタルの新車が停まっていた。
「すげぇ。こんな車まで盗んでくるのか、アイツ」
「すごいだろ?」
俺が感嘆していると、後ろにはコリーがついてきていた。
「よく考えたら今日はこれに乗ってきてたからさ。マークが下手な運転で擦ると大変だから、俺が店まで転がしてあげるよ」
「んだと、コリー!」
「怒るなって。運転荒いのは本当じゃんか。乗りな、ホーミー」
俺たち三人はそれに乗り込み、近くのマーケットへ向けて出発した。
「内装も豪華だな。社長気分だぜ」
さっきまでの怒りはどこへやら。マークはふかふかの座席に満足そうだ。
「俺に盗めない車はないよ。みんなが望めば大統領専用車でも戦車でも盗んできてやるよ」
「頼もしい野郎だ」
そうこうしているうちに、マーケットに到着した。
ビールやスナックを大量に買い込んで、車に戻る。
「あん?」
「おい、何だ、お前ら」
じっと車を見ている若い白人が二人。
早速、マークが威嚇すると、相手は「ハッ」と鼻で笑った。
「いい車だったからよ。どこのお偉いさんがこんなさびれた街にお越しかと思えば。なんだよ、薄汚い黒人どもか。どうせ盗難車だろ? 通報してやってもいいんだぜ? なんだったら俺たちにくれよ」
二人組はそう言って大笑いし始めた。マークがビールケースを地面に下ろす。そしてバンダナを取り出して口に結ぶと、奴らの顔色は真っ青になった。
「おめでとう。盗難車だってのは正解だ。それで?」
「い、いや。別に……」
「くたばれ、カスがぁ!」
マークが一人に掴みかかって投げ飛ばした。ソイツの身体は隣の車の屋根に勢いよく落ち、車載の警報機が鳴り響く。
さらに追い打ちでソイツの顔面に拳を叩き込んで気絶させる。
もう一人は逃げようとしたところをコリーに足払いされ、地面に突っ伏した。
「すまねぇ! ギャングだったって知らなかったんだ! 殺さないでくれ!」
「黒人でもギャングだったらバカにしなかったってか? 人種差別なんかしてる時点でお前らはクソ以下なんだよ! カタギもギャングも関係ねぇ!」
マークが怒鳴りつけると、ソイツは悲鳴を上げた。
「ひぃ! 助けてくれ! 頼むぅ!」
「吹っかけてきたのはそっちだろうが! 俺たちはB.K.B! ビッグ・クレイ・ブラッドだ! 覚えとけ、俺らとは違って綺麗な白人さんよぉ!」
奴の顎を蹴り上げるマーク。ぐしゃりと嫌な音がして、ソイツは泡と血を吹きながら仰向けにひっくり返った。
「あーあ。これじゃあ、どっちが汚いかわかりゃしねぇ」
「もう行こうぜ。ビールがぬるくなる」
買ったものを積み込み、全員が乗車すると、何事もなかったかのようにコリーは車を出した。
「まったく胸糞悪い奴らだったな。コリー、この車は目立ちすぎるぜ」
「そうだね。さっさと知り合いの車屋に流すよ。かなりの額になるはずだ」
車内でマークとコリーのやり取りを聞いていた俺は、ふと思いつく。
「コリー、車ドロで稼げるんじゃねぇか? お前もハスラーの方がいい気がしてきた」
俺の提案にコリーが振り返る。
「悪くはないと思うけど、盗難車は安定しないよ。毎回こんな高級車は見つからないし、買い手もヤクとは違って少数だ。知り合いの店だって、月に何台も買い取ってはくれないよ」
「そうなのか? 単なる思いつきだ。難しそうなら忘れてくれ」
「勘違いしないで。無理とは言ってない。でも、不安定だから期待はしないでって事。ウィザードのシノギはド安定だったからね。それだけさ」
ウィザードやガイがいる時にでもまた考えようと、俺はその話題を打ち切った。
俺達三人がアジトに到着した時、残っていた連中はテーブルを囲んでポーカーに勤しんでいた。
「よっしゃ~。俺の勝ちだぜ~。ほらほら、みんなさっさと金を出せっての~」
クリックが大勝しているらしい。奴の手元にはくしゃくしゃになったドル札がゴミのように集まっている。
だが、ゲームも俺たちの帰着によってお開きだ。カードや金が片付けられ、そこに酒がドンと置かれる。
「よっしゃ、飲みなおそうぜ~!」
上機嫌のまま、クリックが仕切る。いつも以上に饒舌なのはクロニックだけのせいではなく、カードで勝っているからに違いない。
みんなは再び盛り上がり始めるも、俺は一人、アジトの外に出た。
「仕入れをどうするか……だな」
「よう、サム! どうしたんだ、みんな盛り上がってるのに一人でこんなところに佇んで。ほら、お前のビールだ」
俺がいないことに気づいたライダーがビールを持って来てくれて隣に立った。
「ウィザードの事で悩んでるのか? それともハスラーに指名された事が不満か? 仕入れの問題もあるだろうしな」
「そんなところだ」
「確かにウィザードがいないのは大きな痛手だよな。でも、アイツは今までたった一人で資金をやりくりしてたんだぜ? ハスラー全員で考えを出し合って、協力すればどうにかなる気がしないか?」
俺の肩を叩き、ライダーはビールを一口飲んだ。俺も栓を空けて少しだけ口に流し込む。
ライダーには悩んでいる人間を包み込むような温かさがあった。バイクに乗って町中を飛ばし回ってはいるが、他の連中のような粗暴さはない。ケンカだってあまりやらない。しかし、メンバー内で一番、誰かのために親身になってくれる優しさを持っているのは彼だ。
「サム。明日、ジャックの奴も誘て六人で遊びに行かないか?」
「いいけど、六人って?」
「六人だよ。今、ガールフレンドがいるのはジャックもいれて俺達三人だ」
なるほどな。デートか。ガールフレンドのリリーともしばらく会っていないので、たまにはいいかと俺は了承する。
次の日の朝。ジャックが親父からバンを借りてきて、ライダーの家の前までやってきた。昨晩は俺もライダーの家に泊まらせてもらっていたので、ここで合流だ。
アジトは今頃、朝まで飲んで酔いつぶれた連中でひしめいている事だろう。俺とライダーは抜け出していたし、ジャックは元々酒を飲まない。もちろん昨日も奴は一人だけ素面だったので、デートの誘いには乗ってきたのだ。
「よう、ホーミー。後ろにいいか?」
ジャックが親指で後部座席を指す。助手席には既に彼のガールフレンドが乗っているからだ。
俺たち二人が言われた通り後ろに座ると、車が走り出した。
「さーて、ライダーのプッシーはどこで拾うんだ?」
「セントラルパークだ。それからジャック、俺の女をプッシーなんて呼ばないでくれ」
「冗談だよ。悪かったな」
ジャックの下品な発言はともかく、残念ながらB.K.Bのメンバーの間で女の扱いはそれなりに酷い。
だが、ライダーは紳士的にガールフレンドも大事にしている。背も高くてスタイルがよく、顔立ちもクールで優しいとくれば、メンバー内で一番の色男だというのは誰にでも理解できるだろう。
車がセントラルパークに到着した。
「ライダーのビッチはあれか?」
「ジャック、てめぇ!」
「あ? あぁ、悪い悪い」
またも失言を繰り返すジャック。彼の毒舌はいつものことだが、ライダーも自分の女に関することだけは我慢ならずに厳しく非難した。
「ニック! 会いたかった!」
「俺もだよ、ハニー」
ものすごい数のキスを浴びながら、ライダーはガールフレンドを車内に案内する。
「次はサムの女だな」
「あぁ、リリーは家にいるはずだ。すぐそこだよ、ジャック」
ものの数十秒でリリーの家の前に車が止まり、俺は家のチャイムを鳴らした。
扉を開けたリリーが俺に飛びついてくる。
「サム! 久しぶりの連絡だったからびっくりしちゃったよ! あれがお友達の車? 行こう行こう!」
「あ、あぁ」
なぜかリリーの方が俺をぐいぐいと引っ張って車に乗り込んだ。本当に久しぶりなので嬉しそうだ。
「んじゃ、まずはメシに行くか」
ジャックの意見に全員が賛同し、少し先にあるバーガー屋に向かった。
注文を終え、全員分の食事がライダーの持つトレーに乗せられて運ばれてくる。率先して運ぶなんて、ここでも彼は紳士的だ。
「そういえば、女連れでの外食なんて初めてかもしれねぇ。ていうか、外出自体が初めてか?」
「そうだよ、アンタどこも連れて行ってくれないじゃん」
バーガーを頬張るジャックのカップルの会話から見て取れる通り、奴はガールフレンドを大事に扱っていないようだ。外出すらしないという事は、メンバー内でもダントツだろう。
「そりゃ酷いぞ、ジャック。レディはもっと大事にしてやるもんだ。たまにでいいから何か食いに連れてってやれ」
そう言うライダーはさっきからガールフレンドにべったりだ。対照的なカップルだな、と思った。
俺とリリーはちょうど彼らの間くらいの付き合い方ではなろうか。
「ふん、なら一回だけ訊いてやるよ。おい、どこに行きてぇんだ、お前?」
「え? うーん、海かな」
「海だぁ? あれか、海岸線をドライブか。ったく、わかったよ。食い終わったら行こうぜ、みんな」
ジャックは奴のガールフレンドのリクエスト通り、海沿いを車で走った。
そして砂浜近くまで乗り入れられる駐車場を見つけ、そこで小休止する。
「サム。昨日の電話で撃たれたって聞いたけど」
浜辺に座る俺の隣。少しだけムッとした様子のリリーが言った。
彼女もB.K.Bの存在は理解している。俺たちがこれからどんどん危険な立場になっていくであろうこともだ。本心ではB.K.Bなんて解散すればいいと思っているかもしれない。
しかしそれでも、俺を愛してくれた以上は強く言うことはできないのだと思う。もちろん、俺だって生半可な気持ちでギャングをやっているわけではないので、そこに触れないのは互いに暗黙の了解というやつだ。
「あぁ、怪我してすぐに連絡しなかったことは謝るよ。でも、本当に大したことなかったから心配しなくていい」
「あんまり無茶はしないで」
「分かった」
俺は隣のリリーの肩を抱き寄せる。彼女の頭が傾いて俺の肩に乗り、ふわりとシャンプーの香りがした。
「そろそろお開きでいいか? アジトに戻ろうぜ」
いつの間にか後ろにジャックが立っている。他の三人は離れた車内に見えた。どうやら俺達を待ってくれていたようだ。
「あぁ、そろそろ日が暮れるからな。ジャック、ゆっくり出来てよかったよ。運転、ありがとうな」
「ホーミーの為ならどうってことねぇよ」
「その気持ち、少しでいいから彼女にも分けてあげてね」
リリーがそう言うと「ふん、うっせぇな」とジャックは先にへ戻っていった。
……
「ジャック、ここで止めてくれないか。二人で食事して帰ろうと思うんだ」
「構わねぇぜ。アシもねぇんだから気をつけてな」
「分かってる。今日はありがとう」
地元に到着すると、ライダーとそのガールフレンドが一足先に降車していった。ここまで来れば徒歩でも家まで帰れるので、大きな問題はないだろう。
次はリリーを降ろすために車が走り出す。
「それじゃ、サム……またね。楽しかった。今度は二人で遊びたいな」
「分かった。約束だ」
別れのキスをして、リリーは家へと入っていった。二人きりか。確かにそんな時間も悪くないな。
最後はジャックのガールフレンドを送り届ける。
「じゃあな、ビッチ」
「もうお別れ?」
ジャックのガールフレンドも、久しぶりに会えたジャックとの別れを渋っている。
「いいか、今から俺達はアジトに戻る。それを止めようってんなら容赦はしねぇぞ。仲間と女、どちらが大事か天秤にかけるまでもねぇ。勘違いするな」
「それは分かってるけどさ! あぁもう、週末くらいは相手してよね! じゃあまた」
バンッ、と強めに車のドアが閉められる。
ジャックの態度が悪いのは言うまでもないが、ここまで言われてもまだ奴と付き合うガールフレンドにはさらに驚きだ。
だが、こういう荒っぽい部分ではなく、奴の強い部分やストイックな部分に惚れていると聞いたので、このくらいは我慢してくれているのだろう。悪い部分よりも良い部分を見てくれる、大した女だと思う。
「ジャック、お前らよく付き合ってられるな」
「あぁ? 知らねぇよ。俺が気に食わねぇなら勝手に消えるだろ」
ここまで来ると鬼か悪魔だ。当たりが強すぎる。
「まぁ、お前はそういう奴だって分かってるけどな……」
「うるせぇ」
「話は変わるが、アジトに戻る前に寄り道を頼めるか?」
「あぁ? どこにだよ」
「……ウィザードのところだ」
……
俺はジャックを車の中に残し、面会所のガラスを挟んでオレンジ色の囚人服を着たウィザードと対面していた。
「すまない」
まず、ウィザードの方から最初の言葉が投げかけられる。それは謝罪だった。
「何を謝る必要があるってんだ。気にするな、ホーミー」
「メンバーはウォーリアーとハスラーに振り分けたか?」
「あぁ。俺がハスラーなのはなぜだ?」
「……お前はリーダーだ、サム。最前線で戦うのが仕事じゃない。ギャングセットの長として、後方でドンと構えておいてほしいんだよ。俺が言わなきゃ、お前はいつまでも前に出ていくばっかりだろう? たとえ危険な仕事でも、仲間を全面的に信頼して任せる事が出来るようになるべきだと考えた」
チラリと周りを見て、誰もいないことを確認するとウィザードが言葉を続ける。
「実はな、今回の失敗も考えて、次からはお前にもブツの仕入れを手伝ってもらいたい。今、みんなが苦労してるのは俺が一人で管理してたせいだからな」
「分かった。手伝わせてくれ」
「仕入れ先のメモが俺の部屋にある。二週間くらいで俺も合流するが、それまでに目を通しておいてくれ。家には所内の電話でお前が行くと連絡しておく。仕入れは最高に危ない仕事だから、楽しみにしておけよ」
そこで面会時間が終わった。
車に残っていたジャックに、ウィザードの家へ向かうように言い、俺達は奴の部屋に上がらせてもらった。
奴が言っていた通り、住所らしきものがいくつも書かれたメモを見つけるとそれをポケットに押し込む。
そして、ようやく俺とジャックがアジトに戻ってくると、いつものように宴会が行われていた。みんなすでに酔っ払っている。
「またどんちゃん騒ぎかよ。毎日毎日、よく飽きもしねぇもんだな」
ジャックが呆れながら空いているソファに座った。
「ヘイ! ジャックにサム! 今までどこに行ってたんだよ!」
俺たちの登場に気づいたジミーが叫ぶ。
「よう、ホーミー。この様子は、何の祝杯だ?」
「そうそう! コリーが大手柄を上げたんだ! お前らも祝ってくれ!」
「大手柄?」
祝いも何も、単に飲んで騒いでいるだけだと思って投げた言葉だったが、コリーが何かしでかしたらしい。
みんながコリーをはやし立て、奴はテーブルの上に立たされた。かなりの量の酒を飲まされたようで、もはや泥酔に近い。
「こ、これを見ろ! サム! 俺はやったぞ!」
コリーの手には、100ドル札の束が握られていた。みんなからは歓声が上がる。
「は!? なんだ、その大金は!」
「コンチネンタルを売ったんだよ! 15000ドルだ! 両親に少し渡したが、それでもこんなに残ってるぜ!」
「マジかよ! それで盛り上がってたのか!」
「これだけあれば、ウィザードが戻るまでくらいは安泰だ!」
ガイが俺の横に寄ってきて言った。奴も嬉しそうだ。いつもの冷静な感じではなく、酔って陽気になっている。
「あぁ! 俺からもみんなに良い知らせだ。ウィザードだが、あと二週間で戻ってくるぞ!」
「マジか! 待ちきれないぜ!」
「早くアイツにもたらふく飲ませてやろう!」
各々からいろんな言葉が返ってくる。これが仲間を想う気持ちだ。誰一人として仲間外れはいない。これこそが俺達の結束の強さを物語っていた。
それからウィザードの事を話し合った結果、奴が出てくる日に全員で迎えに行く事となった。
そして、ウィザード出所当日。
俺たちは赤いバンダナで口元を覆い、もう一枚を腰に下げて刑務所前に整列した。中にいる警官たちがピリピリしているのが分かる。
だが、俺達は別にケンカを売りに来たわけじゃない。たった一人の男を迎えに来たのだ。
奴は、ほんの少しの荷物を持って正門から出てきた。俺達は一斉に雄叫びを上げる。B.K.Bの心臓が帰ってきたのだ。
「ウィザード!」
「サム……それに、みんなも。迎えに来てくれたんだな」
「当然だろう!」
「心配かけて、悪かった」
みんなでウィザードを囲み、一人一人が奴とハグをした。たまらず泣き出してしまったのはウィザード本人だ。
すぐにマークが赤いバンダナを奴に差し出す。そしてそれは奴の口元にきつく結ばれた。
「いま戻ったぞ。B.K.B」
全員がbのハンドサインを出し、ウィザードの出所を飾った。ジミーの奴はたまらずB-walkを踏んでいる。刑務所前だってのに、命知らずな奴だ。
そして久しぶりの全員集合を果たした俺たちは、揃ってアジトに帰るのだった。