first big bangin
戦う…俺達の地元を、家族を、仲間を、そしてクレイの誇りを守る為に。
俺たちはその日から新しいアジトを探し回った。先にクリップスへの報復も考えたが、ひとまずはガイの策を優先して、奴らの再来を待ち構える姿勢だ。新しいアジトが見つかるまで、俺は一先ず仲間たちの家を転々と寝泊まりして過ごすこととなっている。
母ちゃんはしばらく安いモーテルに泊まるらしい。金銭的に余裕などないので、家の建て替えは保留だそうだ。俺のせいで家が焼かれてさぞ悲しむか、怒るかするだろうと思っていたが、実際には笑っていた。本当に強い人だと思う。
この日はマークの家に泊まることとなった俺だったが、その場にはスノウマン、クリック、そしてジャックと、合計で五人がいた。残る六人はウィザードの家に泊まっているらしい。
集まっている事に大した理由は無いのだが、これだけの仲間と一緒に寝泊まりすると、ちょっとした遠足気分で心がワクワクする。
そのせいかみんな酒を飲んだり葉っぱを吸ったりして盛り上がっているが、もちろん明日は朝早くにアジト探しを再開だ。あまりはしゃぎすぎないようにしておかなければ。
「あー、いい場所見つからなかったなー。明日も気合入れて探そうぜ」
ビールの缶を握りつぶしながらマークが言った。
「そうだね~。どうせならプール付きの物件見つけて住みこんじまおう~。俳優の別荘とかならバレねぇだろ~?」
クリックのお供は酒ではなく、やはり大麻だ。うまそうに煙をくゆらせている。
「おい、クリック! くせぇんだよ、こっちに煙吐くな!」
ジャックがイライラしながら叫んだ。
奴は俺たちの仲間の中では最も短気だ。悪い奴ではないのだが、口は一番悪い。おまけに身体中タトゥーだらけのマッチョマンで、見た目だけで判断する奴であれば「俺達の中で筋金入りのギャングスタは誰だ」という質問に対しては、間違いなくジャックだと答えるだろう。
しかし、腕や脚、腹や胸もタトゥーだらけでド派手なジャックも、背中にだけは「R.I.P.Kray」以外の文字は彫っていない。その理由を聞くと、奴はこう答える。
「これから死んでいく仲間が出てくるかもしれねぇ。もしそうなったら、そいつらの名前を俺が背負って、そいつらの分も俺が生きていくんだよ」
その回答に感動した俺は涙したのだが、さらに奴は一言付け加えた。
「泣き虫は男じゃねぇが、泣きたい時に泣ける奴は男だ。俺はお前の、感情に素直な部分に惚れてる。そのままでいてくれ」
白い歯を見せて笑うジャック。これを悪い奴だと、どうして言えようか。
さらにジャックは、仲間内で唯一、酒も煙草もやらない。当然、クロニックもドラッグも嫌いだ。奴は常に自分自身の肉体の事を考えて日々筋トレに励んでいる。当然、身体に悪いことはしないわけだ。
やり合ったところは見たことが無いが、マークやスノウマンに匹敵する実力もあるはずだ。おまけにこの凶悪な見た目である。その辺の悪ガキならジャックを見て、一瞬で逃げ出してしまうのだった。
マリファナを吸い終え、夜も更けてきたところでクリックが早々に眠ってしまい、残る四人での雑談となった。
「やっと寝たか、このクロニック馬鹿は! コイツといると服ににおいが染みついちまうぜ」
早速ジャックが悪態をついている。スノウマンとマークはガハハと豪快に笑った。
俺の目の前にいるこの三人、いや、クリックも含めた四人は事実上、B.K.Bの主力を担う腕っぷしを持った面々だ。クリックだけは腕力というより射撃の腕前だが、銃さえあれば強いことに変わりはない。
「まぁまぁ、クリックはもう寝てんだから放っとけよ。景気づけに一杯やろうぜ、ホーミー」
マークが酒を飲まないジャックの為にコーラを差し出し、小宴会は再開される。室内にはラジカセからギャングスタラップが心地よく流れ、みんな上機嫌だった。
「おい、スノウマン。そういえばその服いいな。どこで買ったんだ?」
マークがスノウマンの赤と黒の二色のチェック柄のYシャツを指さす。
「さあ? 弟が俺の15の誕生日にくれたんだよ」
「ドッグ、イケてるじゃねぇか、お前の弟」
ジャックも話に乗ってくる。俺達のメンバーでファッションに興味がない奴は一人もいない。
「だろう? 何せ 『ウチの兄ちゃんはB.K.Bのメンバーだ。ギャングスタなんだ!』 って小学校で言いふらしてるらしくてな。可愛いもんだぜ」
「そうか! デカくなったら仲間に入れてやらねぇとな!」
俺がスノウマンの肩を叩きながら言う。もちろんこれはほんの冗談だ。
「やめてくれよ、ニガー! 弟をこんな危ないところに置いておけるかっての! 本人は喜ぶだろうが、俺は断固反対だ!」
スノウマンはまた大声で笑い。ケツのポケットからくたびれた写真を出す。彼の家族の写真だ。もちろん幼い弟の姿もそこに写っている。
「確かに、こんなかわいらしい子供を仲間にしたら危ないぜ」
マークが言う。俺たちは全員が同じ町に住んでいるので、メンバー内の家族ともほとんどが顔見知りだ。もちろんスノウマンの弟だってよく知ってる。
「あんまりかわいらしいからって、カマ掘るなよ、マーク?」
「よう、ホーミー! 俺はゲイじゃねぇってんだよ!」
またみんなでひとしきり大笑いし、ようやく俺たちは床に就いた。
次の日の朝。俺たち五人が身支度を済ませると、赤いバンダナで口を覆ったウィザードたちが二台の車で迎えに来ていた。
「おはよーさん、迎えに来たぜ」
「よう、ニガー。わざわざ出迎えとはありがとな」
俺達はそのまま二台に分かれて乗車する。
俺とスノウマンはウィザードのポンコツなシビックに乗り、マークとクリック、ジャックはもう一台のシボレー・アストロに乗る。そちらはコリーが運転してきていたようだ。奴の姿と見慣れぬアストロ。間違いなく盗り立てほやほやの盗難車だ。
アストロの方は知らないが、こちらのシビックにはウィザードの他にシャドウも同乗していた。
「おい、ところでこの高級リムジンはどこへ向かうんだ?」
「そう遠くねぇさ、お客様。ちょっとだけ待ってな」
シビックとアストロは周りをフェンスで囲まれた土地に入っていく。車の残骸や廃タイヤが積まれているので、おそらくスクラップ置き場だ。
その途中にジミーとガイが立って待っていた。
「通行証を見せろ!」
ジミーから意味不明なことを言われ、俺はとっさに親指と人差し指をつないでbのハンドサインを出した。
「いいだろう。よく来たな、ホーミー」
「何の事やらだぜ」
シビックが停車し、全員が降車した。いつの間にやら仲間が勢ぞろいしており、俺達はそこから十一人で歩き出した。
ジミーが「こっちだ、こっちだ」と先導する。俺はキョロキョロと見まわしながらそれに続く。やはりここはスクラップ置き場だ。それも結構な広さがある。
その中は所狭しと車の残骸などが放置されていて、入り組んだ迷路のようになっている。
ようやくその広大な土地の中心部にたどり着く。そこには、詰所か事務所のような用途として使われていたであろう小屋が建っていた。古めかしくはあるが、小屋と言っても部屋を複数持ち、一人や二人であれば十分に生活すらもできそうな立派なものだ。
そのすぐ横にはフォークリフトやトラック、クレーンなどの重機の保管に使われていたらしい、大きなシャッター付きのガレージがあった。普通の乗用車であれば七、八台くらいは入るに違いない。
もちろん現在は使われておらずガランとしているのだが、よく見るとポツンと一台だけ、ライダーの愛車であるカワサキが停めてあった。
「すげぇな! こりゃ最高のアジトだ!」
俺が叫ぶ。もちろん俺以外にも、マークの家に泊まっていた面々の反応は上々だ。
俺達とは別に、残りの六人はウィザードの家に行っていたはずだが、夜通し探索をしてここを見つけてくれたのだ。
「喜んでくれてうれしいぜ、ニガー。寝ずに探し回った甲斐があったよ。ちなみに、ここを見つけたのはライダーでな。コイツだけはバイクで別行動を取ってたんだ」
ウィザードの説明を聞き、俺はライダーの肩に横から手を回した。本当に大手柄だ。
「運がよかったよ。でも、朝までにこの小屋を綺麗にして、サムたちを驚かせようぜって発案したのはウィザードだ」
ライダーが言った。ウィザードの案にも感謝しかない。俺達が寝てる間にここまでの仕事をしていてくれただなんて。
「近くの子供に聞いた話じゃ、三年くらいは使われてないんだってさ。当然電気も止まってたんで、一番近い家の電源からケーブルで拝借してる。庭にある街灯用だったみたいだから、しばらくバレないと思うぜ!」
ジミーが嬉しそうに説明してくれる。奴は電気関連に強い。ケーブルも地中に埋めるなりして隠しているのだろう。
「手柄の自慢大会だったら俺も参加させてくれ。この詰所だが、窓ガラスが割れてる部分があってな。あっちにある酒屋の便所ガラスを窓枠ごとかっぱらってきた。ついでにビールもケースごとな」
シャドウが胸を叩きながら言った。
「残念ながら、俺は特に大したことはやってないんだ。ゴミ出し用に車を一台盗ってきて、物を運んだだけで」
続けてコリーが申し訳なさそうに言う。
「何言ってんだ。しっかり働いてるじゃないか」
「そうだぜ、コリー。サムの言う通り、お前は良く働いてたよ。ライダーもガレージを綺麗にしてくれたし、何もしてないって言うなら俺だけさ」
ここを仕上げた六人の内の最後の一人、ガイが言った。しかしウィザードたちからは「何言ってんだ」と次々に声が上がる。
「ガイは見張りだったんだ。たった一人でこの広い敷地の外周をさ。作業中に警察車両がそばを通るたびに知らせてくれた。もちろん敷地内には入ってこなかったが、ガラスや電線をここに運び入れてるのを見られたら大変だ。ギャングが何かやってるってな。それを回避できたのはガイのおかげだよ」
ウィザードがそう言うも、ガイは「たかが見張りだぞ」と肩をすくめる。
「みんな、本当にありがとうな」
彼らはそれぞれ見事な連携で俺達のアジトを一晩で完成させてくれたのだ。ガイも含め、俺は六人全員に同等の感謝と敬意を送った。
それから早速、俺達は乗ってきた二台の車をガレージに乗り入れ、小屋の中に集まった。
十一人全員が集合してしまうと窮屈だが、部屋は複数あるので分かれてくつろげば問題ないだろう。今、俺たちがいる部屋には四人掛けのデカいソファとテーブル、そして小さなテレビが天井近くに据え付けられていた。
あれは動くのかとジミーに訊くと、もちろんだと返ってくる。
もう一つの部屋には同じようなソファとテーブル、そしてテレビの代わりにラジカセがあった。
難点はいくつかあったが、一番は全員で寝泊まりするのにハンモックや寝袋が欲しい。あとでそれらをホームセンターまで買いに行く事となった。
「そんなことは全部後回しだ! 今はとにかく飲もうぜ、ホーミー!」
シャドウこと、ブライズが大量のビールをケースで持ってくる。酒屋から拝借した戦利品だ。瓶が全員に渡ると、みんなを代表して、俺が乾杯の音頭を取る。
「最高のアジトに!」
ホーミーたちからも次々と「アジトに!」という声が上がる。そして瓶がぶつかり、朝っぱらからの祝杯が上がった。
ひとしきり飲むと、ウィザードたち六人組の方は眠ってしまった。一晩中働いていたのだ、眠くなって当然だろう。
逆に俺達五人の方は元気が有り余っているので、ハンモックや寝袋などの寝具を買うために、彼ら六人を残してホームセンターへ向かう事となった。
店では寝具の他にも小型の冷蔵庫やレンジ、ガスコンロなど、宿無しの俺があのアジトで生活できるよう、生活必需品も揃えた。それらをアストロに積み込み、アジトへと戻る。だが、その帰り道で事件は起きた。
「サム、クリップスだ! またタグを塗りつぶしてるぞ!」
マークの示す方向には三人組のクリップス。青いワークシャツを着て、青いバンダナで顔を覆っている。俺達B.K.Bのタグがスプレーで消されている最中だった。その近くには車があり、その中にも別の一人が待機している。すぐに逃走できるようにしているようだ。
「クソが! ぶっ殺せ!」
運転していた俺は車を停めて飛び出す。仲間も続々と降車した。
「おらぁ!」
「死ね!」
マークが殴り、スノウマンが突っ込む。巨体コンビの猛攻は圧巻だ。ジャックが車の中にいた奴を引きずり出して叩きのめした。
俺とクリックもマーク達と一緒に三人組の始末だ。五対四、若干こちらが有利か。しかしクリックはクロニックでキマッているのか、足取りがおぼつかない。
ジャックも運転手を倒したのでこちらにやってくる。これで五対三。揉みくちゃになる中、一発の銃声が響いた。
パァン!
俺の右腕に激痛が走る。クソが、クリップスの一人が不利な状況に追い込まれてハジキを出しやがった。
「サム! おい、サムが腕を撃たれたぞ!」
スノウマンがいち早く駆け寄ってくる。俺を撃った奴はマークが突き飛ばし、それにジャックが馬乗りになって何度も顔面を殴りつけている。奴が取り落とした銃はマークが蹴り飛ばした。
パァン! パァン! パァン!
また別に三発。残りの敵がバタバタと倒れる。右腕を押さえながら俺が振り向くと、キマッていたはずのクリックが放ったものだと分かった。その銃弾は的確に腹と胸を貫いている。
その顔は、普段のアホ面とは比べ物にならない、鬼のような怒りの表情をしていた。
「クソッたれ共がよぉ~! くたばれや~!」
「クリック! さっさとずらかるぞ! ついに殺しちまった!」
ジャックが怒号を上げる。確かに撃たれた二人はピクリとも動かない。既に死んでいると断定はできないが、きっとそのまま死ぬ。
マークが運転席に飛び乗り、スノウマンが俺を支えながら後部座席に乗せてくれた。
「クリック! グズグズすんな!」
ジャックが再度叫び、クリックの腕を引っ張る。彼は撃ち殺してしまったであろう二人を見下ろして呆けていたが、引っ張られてハッとした。
「出すぞ!」
全員が乗車すると、マークがアクセルを思いっきり踏み込む。タイヤが激しく鳴き声を上げた。どこかでサイレンの音がした。
……
「おい、誰か強い酒を! 傷口に吹きかけろ!」
スノウマンが俺をアジトのソファに寝せながら叫んでいる。マークがテキーラをどこからか持ってきて、俺の腕に吹きかけた。さらに痛みが強くなる。
「くっ……!」
燃えるように熱い。気が遠くなっていくのを感じる。
「サム、頑張れ! 弾が残ってるっぽいから取り出すぞ!」
「はは……マジかよ」
冗談じゃないぜ、これ以上痛むってのかよと笑いが出てくる。だが、確かに鉛は体外に出さないと命に関わる。
寝ていた六人も騒ぎを聞きつけて起きてきた。
「一体どうしたんだ? なっ……! サム、大丈夫か!?」
ライダーが最初にそう言って、残りの連中も口々に騒ぎ始める。
「誰かピンセット持って来い! それからガーゼだ! 血が止まらねぇ!」
スノウマンが指示を出し、ライダーがバイクで飛び出していった。そんなものは置いていないので調達しに行ったのだろう。
マークはシャツを破り、腕の高い位置できつく縛って血の流れを止めようとしている。
「サム! 頑張れ!」
「死にやしねぇよ!」
「俺達がついてるぜ!」
励ましの言葉が仲間たちが次々に飛んできている間、五分と経たずにライダーが戻ってきた。
「ピンセットとガーゼだ!」
それを受け取ったマークが言った。
「取り出すぞ! 耐えろよ、サム!」
今までで最も激しい痛みが右腕に走る。撃たれた時の何倍も強い痛みだ。
「……ぐあぁぁぁぁぁぁっ!!」
ついに俺は気を失った。
……
俺が目を覚ましたのは、ぶり返してきた腕の激痛からだった。
「くっ……そ……!」
「サム! 気がついたか! って……痛そうだな。すげぇよ、お前は」
コリーが俺の顔を上から覗き込んでいる。俺はアジトのソファに寝かされているらしい。
「弾は無事に取り出せたぜ。傷口はしばらく痛むだろうが、あと少しの辛抱だ。消毒も包帯もちゃんとやってるし、あとはなるだけ右腕を使わずに回復を待つだけだな。何か欲し良けりゃ言ってね。取ってきてやるよ」
「……水はあるか」
「待ってて」
コリーは優しく声をかけてくれ、水の入ったコップを俺の口元まで持って来てくれた。左腕は動くので受け取るだけでもよかったんだが、奴の厚意に甘えておくとしよう。
「あと、傷のせいで高熱が出るかもしれないって。もしそう感じたらすぐ呼んでよ。解熱剤とか買ってくるからさ」
「あぁ、ありがとな」
コリーはにこりと笑い、体面にあるソファに座ってテレビでバスケの試合を見始めた。おいおい、俺を安静にさせたいんなら別の部屋で寝かせてくれよ。
「げっ! またレイカーズは負けてんのかよ!」
「ところで、ニガー。他のみんなは?」
「ん? あぁ、みんなは兵隊を集めるとか言って出て行ったよ。俺だけがサムのお守りさ」
俺は飛び起きる。
「はぁ!? 何言ってんだ!?」
「うぉ!? サム、落ち着けって! 別に今日の今日で戦争おっ始めようってんじゃないんだよ! いいか? ついにクリップスを殺したんだろ? いよいよ奴らも本腰を入れて攻めてくる可能性がある。シャドウの最新情報によると奴らは五十から六十名。どう見ても分が悪い。そんで、兵隊を集めようって話になったんだよ。正面衝突で潰されちゃ、お話にならないからな」
B.K.Bは結成から数年経つが、長らく十一人の状態を保ってきた。そんな中「俺も入れてくれ」と声をかけてくる奴らは、実は両手で数えきれないほどいた。特に仲間を増やすつもりもなかったので断っていたが、その状況は一変したという事だ。
「それで、マークはギャング式の手荒な歓迎で根性のあるやつを引き抜くって言ってたよ」
その手荒な歓迎とは、仲間に入りたい奴をみんなで数分間、ボコボコに殴りつけるという儀式だ。一対多数の圧倒的な不利な状況に耐え抜き、立ち上がった者のみがその瞬間から仲間となり、全員からの祝福のハグを受けて、そのままギャングセットの名前を身体に彫り込むというものだ。
結成当初から仲間だった俺達十一人には存在しなかったが、確かに今の危険な状況で仲間として迎え入れるのであれば、多少の打たれ強さがないとお荷物どころか足手まといにしかならない。
そいつらにとっては気の毒ではある。しかし、マークの判断は正しい。
「腹減ったな。サム、何か食うだろ? チーズバーガー買ってきてやるよ」
「そうだな、何か食いたい」
「じゃ、ちょっと待ってて。俺がいない間、一人でアジトから出るなよ」
「そんなことしないさ」
コリーを見送ると、俺はこのアジトの敷地内をぶらぶらと散歩した。腕はずきずきと痛むが、寝ているよりは歩いている方が少しは気晴らしになる。
このスクラップ置き場は、廃車とタイヤが山のように積まれて本当に迷路のようだ。B.K.Bのメンバー達ですら道を間違えてしまうことがあるのもうなずける。外からはバレにくいカムフラージュになっているし、たとえ攻め込まれても守りやすい地形だ。いろんなガラクタがあるおかげでバリケードなんかも即席で作れる。
警察だろうがクリップスだろうが、このアジトに踏み込めば俺達を仕留めるのは困難だろう。
二十分ほどでコリーがメシを買って戻ってきた。
「ほら、約束のチーズバーガーだ。たくさん食って怪我治すんだよ!」
満面の笑みでバーガーを手渡してくるコリー。俺は左腕でそれを受け取って、大口を開いてかぶりついた。意外と食欲はある。これなら怪我なんてすぐに治ってしまいそうだ。
再び、コリーはテレビのスイッチを入れた。今度はベースボールの試合だ。もちろん応援しているのは地元の雄、ロサンゼルス・ドジャースだ。
「よし、いいぞ、外野席まで叩き込め!」
コリーは俺達B.K.Bの仲間内でも特に熱狂的なスポーツファンだ。
応援しているのは、ベースボールはMLBのロサンゼルス・ドジャース、バスケットボールはNBAのロサンゼルス・レイカーズ、アメリカンフットボールはNFLのオークランド・レイダース、アイスホッケーはNHLのロサンゼルス・キングス、サッカーはMLSのロサンゼルス・ギャラクシーだ。
ベースボールやバスケットボールくらいならみんなよく見ているが、サッカーなんてアメリカではマイナーな競技もしっかりと応援しており、チームメイトの名前もベンチ入りの選手まで覚えているという熱の入れようだった。
「ホームランか。ご機嫌だな、ニガー」
「あぁ! この試合は俺達のもんだよ!」
コリーは大はしゃぎで机をバンバンと叩いている。テンションが上がってきたところで、冷蔵庫からビールを取り出した。
昔から、コリーは車の整備以外の時間のほとんどをテレビにかじりついていた。一挙手一投足に興奮し、一失点に泣く。コイツは昔からそんな少年だった。
「そういえば、みんなはいつごろ帰ってくるんだ?」
「あー、みんなバラバラに出て行ったからな。一緒には戻らないとは思うけど、暗くなるころには全員戻ってくるはずだよ」
コリーは早々に空になったビールの缶を潰して床に転がした。
……
ちょうど日が落ちたころ。コリーが言っていた通り、十一人のB.K.Bメンバーはアジトに集結していた。そしてその他にも、見慣れない顔が六つ並んでいる。
初日にして仲間の引き入れは大量収穫だったようだ。新入りとなる六人とも顔は腫れ上がっているが、いい目をしている。
「こいつら全員は俺達の町を荒らすよそ者を倒すために、B.K.Bの力になると誇りをもって誓ってくれた。そして見事に手荒な歓迎にも耐え抜いた」
腕組みをしているマークが言った。
「リーダーに面通しするのは当然だと思ってそのまま連れて来たぜ。お前が気に食わねぇって言うなら話はそこで終わりだ。サム、決めてくれ」
ウィザードがソファにどっかりと腰を下ろしながら言う。
俺は六人を改めて見回した。歳は少し下か。十四、五といったところだろう。適齢だ。
「ジャック。始めてくれ」
「おう」
ジャックが俺の言葉にうなずき、六人の上着を脱がす。そして後ろを向かせると、一人一人にマシンでタトゥーを入れ始める。
色入れせず、黒インクの筋だけをほとんど一筆で入れるだけなので、作業時間は一人当たり三、四分といったところだ。滞りなく、全員分の彫り入れが完了する。
『B.K.B 4 life』
新入り達の背中にはそう刻まれていた。俺達初期メンバーの背中にある『R.I.P.Kray』とは差別化を図った。以降、入ってくるであろう仲間たちにも同様の対応をする。
「ようこそ、B.K.Bへ。今日からお前らもホーミーだ」
こうして、B.K.Bはメンバーが全部で十七人となった。いよいよ本格的にギャング組織として成長していくこととなる。
次の日、俺はウィザードの部屋にいた。室内は俺と奴との二人きりだ。
家の無い俺はアジトで寝泊まりをしているが、たとえ俺がこうして外出していても誰かが必ずアジトには残る決まりとなっている。確かこの時は、スノウマンと新入り二人がアジトにいたはずだ。
「ウィズ、仲間の人数も増えて、これから先は今まで以上に金がかかる。何かいい方法はないか?」
「いきなりやってきて何かと思えば、金の相談か。ま、お前の心労も分からないじゃないけどな」
ウィザードはジョイントに火を灯して大きく一服した。
「だが、俺がやってる仕入れは増やせそうもない。高値で捌くしかないと思うぜ、サム」
「俺達にもきちんとした形のハスラーが必要なんじゃないかと考えてる」
ハスラーとは、ケンカよりもクスリ、武器、女の売り買いを専門的に行うギャングスタの事だ。反対にケンカ専門の戦闘要員はウォーリアーと呼ぶ。
大きなギャング集団になると、その二つに役割分担されていることが多い。
「同感だ。とんでもなく安い額で捌いてる仲間もいるからな」
現在、ウィザードが仕入れてきたクスリは全員に均等に配られているが、資金として上がってくる額は様々だ。自身が必要な金は先に抜いて構わないと伝えているし、値段も各々に任せている。
しかし、このままでは財政難になるのは目に見えていたし、何より仕入れ担当のウィザードが不憫だ。
「十七人分の活動費。それを稼ぐためにハスラーを四人か五人、サムに指名してほしい。今後はソイツら以外にブツは渡さない。それでいいか?」
「いや、ウィズ。指名はお前に頼みたい。今までの小遣い稼ぎじゃなく、ビジネスができる奴をな」
「俺が? だったら……ほら、これでいいだろ。走り書きだが、ハスラーに向いてると思う仲間のリストだ」
俺はウィザードから紙切れを受け取ると、この場では開かずにポケットにしまった。全員がいる場所で発表する方がいい。
ウィザードはジョイントの煙を逃がすために窓を開けた。俺も何気なく窓の外を見る。
「ん、あれは!」
「……!」
目の前の道路を走っていく四台のバンやトラック。その中に、青い服とバンダナを巻いた連中がすし詰め状態になって乗車しているのが見える。
「サム、クリップスだ! ついに来やがったか!」
「俺は急いでアジトに行く! みんなにも集合するように連絡を回してくれ!」
「分かった!」
その返事を聞くよりも先に俺は飛び出し、停めてあった自転車に跨った。
それから二十数分後。続々とアジトに集まってくるB.K.Bのホーミーたち。十七人全員が集結できたのは幸運だった。みんな上手く、奴らの目を掻い潜ってきたようだ。
「みんないるな? 奴らは俺たちの新しいアジトを知らないらしい。これだけ経って、まだ現れないんだからな」
俺はひそひそと諭すように言った。真っ赤なバンダナと銃で武装したみんなも、緊張感をもって静かに聞いてくれている。いつものような陽気な雰囲気は一切なく、ピリピリとしていた。それでいい。
「作戦を考えよう。奴らは車両が四台。人数は二十人前後ってところだ。今はどうか分からないが、四台は固まって動いてた」
「俺も見たぞ、ニガー。確かに四台だった」
ガイが挙手して言った。
「そうか。だとすると今も固まっていると考えていいだろうな」
「こっちも固まって動いた方がいい」
ガイがさらに意見する。
「その理由だが、狭い道を利用したらどうかと思ってな。車が一列でしか侵入できない場所だ。どこで奴らと出くわそうと、先頭の車両を集中砲火すれば動きが止まる。もし押し負けて逃げ隠れする状況になっても、追っては来れない」
「さすがだ、ドッグ。俺もガイの発案に賛成する。みんなは?」
全員が拳を軽く挙げた。決まりだ。
そして、速やかに行動を開始した俺たちは、狭い路地裏を歩いていた。先頭は腕利きのクリックだ。
車は全くと言っていいほど通らない。だが、もし俺達を探している奴がいたら必ずこんな道でも入ってくるという確信があった。
全員の武装は非力な拳銃だが、ウィザードだけは新しく仕入れたらしいAK-47というライフルを構えていた。コイツは威力があるので活躍しそうだ。
誰一人無駄口は叩かず、ゆっくりと前進する。これが初めて経験するデカい戦争になることは分かりきっていた。新入りの奴らはいきなりの殺し合いでさぞかし驚いたことだろう。
そして、俺達の前方にヘッドライトの明かりが見えた。全員が銃を構えて屈む。
「……クリップスか?」
誰かがつぶやく。だんだんと車が近づいてくる。必要以上にゆっくりだ。つまりは、あちらもこっちの様子を見ようとしている。
後ろにも何台かいる。
「サム、四台だ~!」
クリックが言う。
「来やがったか、クリップス! みんな、撃て!」
俺の号令で、全員の銃が一斉に火を噴いた。
すぐに相手側も車を停止し、ドアや車体を盾に反撃をしてくる。だが、後ろの三台は思うように参加できず、あちらからの反撃は薄い。
俺たちは伏せているだけなのでかなり危険なのだが、弾はかすりもしなかった。しかしそれはお互い様だ。
「クッソ! こんな遠いと当たらねぇよ~」
クリックが寝そべって弾倉を交換しながら言った。スペアの弾まで持って来ているとは準備がいい。
タタタンッ! タタタンッ!
ウィザードのAK-47がソロで唸った。パリンパリンと音を立てて、奴らの車のヘッドライトが撃ち抜かれる。さすがの命中精度だ。真っ暗になったことで奴らは俺達を見失う。
それに怖気づいたのか、後ろの車両から順番に後退を始めた。
「逃がすな! ぶっ殺せ!」
マークが叫び、追い打ちをかけようとしたが、奴らは思いのほか素早く撤退していった。
残念ながら逃してしまったが、敵を追い返したという達成感から俺達の「B.K.B!」という叫び声が響く。それと同時に、赤と青の回転灯の光がいくつか見えた。天下のL.A.P.D.(ロサンゼルス市警)様のご登場だ。悔しいが、クリップスは俺たちの猛攻撃で逃げたのではなかったか。
「やべぇ! みんな散れ!ほとぼりが冷めたらアジトに集合だ!」
俺の声で全員が散っていく。
「全員動くな!」
拡声器からそう聞こえたときには、俺達はすでに夜の闇に溶け込んでいた。