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R.I.P.

別れは突然やってくる。思い出だけを残し、すべてを奪い去る。

 俺達B.K.Bの噂は急速に広まった。

 気の触れた小学生ギャング集団。若き殺し屋。いろんな呼び名がついていたらしい。だが、メンバー全員が小学生であるのが幸いし、噂は中学校までで止まり、本物のギャング達の耳にまで入ることはなかった。バレたら真っ先に潰されることは目に見えている。

 小さいケンカや揉め事はあったが、B.K.B全員での大立回りはしばらく無かったというのも、必要以上に目立つことが無かった理由だろう。


 そして、俺達はいつしか小学校を卒業した。


 ……


 俺達十一人のメンバーのほとんどは中学校に行っていない。毎日盗みを繰り返し、物を売ってはその金で遊んでいた。たまり場は決まって俺の部屋だ。

 大麻の煙とアルコールのにおいが染みついた、最高にイケてる場所だった。


 中学に通っているのはトニーと、ジャックという奴、そしてコリーという奴の三人だけだ。それ以外のメンツはほとんど毎日つるんでいた。しかし、中学に行っている三人も休日には必ず顔を出す。


 この頃、俺達は早くも移動手段として車やバイクに目をつけ始める。俺たちの町にはカークラブもいくつか存在していたし、ローライダーと呼ばれる改造車に興味を持っていたのだ。


 ニックというB.K.Bメンバーの親父が、渋い61年式のシボレー・インパラに乗っていたので、暇なときにはみんなで見に行ったりしていた。

 このニックというのが曲者で、盗んでくるのはバイクばかり。正真正銘、俺達の中で一番の乗り物バカだった。やはり車好きな親父の地を受け継いでいるらしい。

 おかげで俺達の間ではニックの事をいつしかライダー(バイク乗り)と呼ぶようになっていた。奴は背が高く、一番の男前でもある。


 その日はまた新しいバイクが手に入ったということで、ニックは俺の家までソイツに乗ってきていた。


「サム、いいだろ。駅前で盗んできた」


「いいな。後ろに乗せてくれよ」


 ライダーこと、ニックが乗ってきていたのはカワサキの900だった。ライムグリーンのカラーが何とも言えないカッコよさを醸し出している。

 俺たち若い黒人の間では、ハーレーのようなアメリカ製のバイクより日本製のスポーツバイクの方が人気が高い。


 早速ドライブに出かけた俺たち二人は、途中の道端で巨体のマークが自転車をこいでいるのを見つけ、手を振った。


「おい! ライダー! てめぇ、いいもん乗ってるじゃねぇか!」


 汗だくのマークが叫ぶが、俺たち二人は涼しい顔でその横を通過していった。

 しばらく走ると河原にバイクを停め、二人で地面に座って一服する。


「明日にでも絶対マークに怒られるな。俺にも乗らせろってさ」


 そういってライダーは笑った。


「アイツは身体がデカいからなぁ……ケツに乗っけるなら倒れないように気をつけろよ、ニガー」


 どこからか聞こえてくるサイレン。俺たちを追っているわけでもないだろうが、盗難バイクが見つかる前に帰るに越したことはない。

 ライダーと俺は尻の土を手で払い、帰路についた。


 翌日。予想通り、マークはライダーに食って掛かっていた。ライダーは「まぁまぁ、今度乗せてやるから」と彼をたしなめている。

 この日もいつもの通り、中学に通う奴ら以外の八人は俺の部屋に集まっていた。


「今日はクレイの見舞いに行こうと思うんだが」


 じゃれ合っていた二人もぴたりと動きを止める。他のメンバーも同様で、俺の言葉に息を飲んだのが分かった。なぜなら、ちょくちょく病院に行っている俺以外の仲間は、あの日以来一度たりともクレイに会っていないからだ。


 俺たちはバスに乗ってクレイが入院している病院に向かった。


 病室のクレイは二年前から何も変わらず、静かに眠っている。

 しばらく経つとすすり泣きが聞こえてきた。マークだった。


「クレイのおかげで俺達の結束は強まった。礼くらい言いたいのに、聞こえやしないんだよな……」


「もう二度と意識は戻らないって医者は言ってるからな。犯人は分かってる。俺たちが二年前にぶちのめした奴らだ。でも、警察はそれを知ってて動こうとはしなかった。いいとこのお坊ちゃんを捕まえると、力を持ってる親から警察に、しっぺ返しがあるのかもな」


「世の中、不公平だぜ」


「だから俺らはそんなものに縛られないのさ」


 俺はクレイの口元に、そっと赤色のバンダナを結んだ。B.K.Bのトレードマークだ。

 仲間たちは大声で泣いた。


 俺たち八人は俺の家に戻ってくるなり、話し合いを始めた。なぜそんな流れになったのか、議題は誰がリーダーになるか、らしい。これまでそんなことは考えずに好き勝手やってきた俺達にも、まとめ役が必要って事か。

 クレイの知らぬ間に俺たちが立ち上げたギャングチーム、あるいはギャングセットという呼び方でも良いのだが、そのB.K.Bというセットにおいてはクレイがリーダーだと思い込んでいた。

 しかしよく考えればこれはクレイが望んだことではない。本人もギャングのリーダーだなんてやりたがらないだろう。


「クレイじゃないとなると、誰にするべきか」


 俺がそう言いながら考え込んでいるのを見て、他の仲間たちがにやりと笑う。


「……なんだよ、ちゃんと考えろって。お前らが言い出した話だぜ」


「サム、分かってんだろ。俺らの気持ちは最初から決まってる。お前がB.K.Bのプレジデントになるべきだぜ、ドッグ」


 マークが親しみを込めてドッグと呼びながら俺に言う。俺は一瞬、何を言い始めたのかと首を傾げる。


「だからよ。クレイを大将として担いでる俺らには、他にリーダーとして認めれるのは彼と同じ血を持つお前だけだってんだよ、サム!」


「俺だと!?」


 大きな笑いと拍手があった。一人一人が俺にハグをし、B.K.Bの頭文字であるbをかたどったハンドサインを向けてくれる。俺は気づくと、また泣き出してしまっていた。


 こうして、新生B.K.Bが誕生したのだった。


 ……


 また月日が過ぎ、俺たちは全員14歳になっていた。

 B.K.Bの活動内容は主に盗みとケンカだったが、盗むものが本格的に食べ物や飲み物の生活必需品ではなく、車やバイク、金庫などの大物に変わっていた。

 車を狙ってはそれを盗み、中に人間がいた場合はそいつを脅して現金も巻き上げる。こうなってくると警察やその他の地区にいるギャング共に目を付けられることを覚悟しなければならない。


 他にも大きな収入源があった。それはどこからかトニーが仕入れてくる大麻だ。

 この頃からトニーはウィザードと呼ばれるようになった。魔法のようにドラッグや武器を仕入れてきてはみんなを驚かせたのだ。どこから持ってきているのかを訊いても、にやりと笑って「死にたいのか?」と言ってくるだけだった。


 そんな中、俺達は売り物のクスリに手を出すなという掟を作った。例外としてクロニックの呼び名でなじみ深い大麻だけは中毒性が無いので許可したが、ドラッグの使用を禁止するギャング集団というのはかなり珍しい。

 それもそのはず、仕入れを行うウィザード自身が大のドラッグ嫌いで、中毒になることで肉体、精神、金銭面のすべてにおいて厄介なことになると理解していたからである。


「ヤク中の奴は話してるだけで疲れるからな。めんどくせぇからやるんじゃねぇぞ、やったらぶっ飛ばすし、捌く分のブツも流してやらねぇから覚悟しろ。最悪、魚の餌にしてやる」


 俺たちは賢いウィザードの知識を信頼し、そのすべてを参考にした。


 ……


 この頃に、俺達にとってかけがえのない存在が一つ消えた。

 その日、寝ていた俺はとある電話で起こされる。それを切ると、今度はライダーを呼び出した。


「ライダー! 今すぐ迎えに来てくれ!」


 しばらく経ってカワサキに乗った彼が現れると、すぐに病院へ向かう。

 クレイ。いや、さっきまでクレイだったものがそこにいた。母ちゃんが先に来ていて、泣き崩れている。


「お気の毒に。容態が急変して、そのまま」


 医者が言うと、俺も膝からその場に崩れ落ちた。


 三十分後。他のB.K.Bメンバーもぞろぞろと病室に入ってきた。おそらく俺が泣き叫んでいる間に、ライダーが連絡を回してくれたのだと思う。

 最後に入室してきたマークが俺の肩に手を置いた。


「サム。俺には、かける言葉も見当たらねぇよ」


 大きく成長した十一人の少年が、クレイの亡骸を見つめていた。


 その次の日。クレイの埋葬が墓地で執り行われた。

 俺達は全員、慣れない黒の喪服に身を包んでそれに出席した。


 参列者の一人一人がクレイの亡骸が入った棺桶に花を投げ入れる中、俺は赤いバンダナを入れた。

 棺桶が地面の大穴に入れられ、その上から土が放り込まれていく。母ちゃんはこの世の終わりがやってきたかのように泣き叫んでいる。


「R.I.P.……Kray」


 クレイよ安らかに眠れ、と最期にかけた俺の言葉が、次の日にはB.K.B全員の背中に彫り込まれた。

 B.K.Bを知らずのうちに支え続けた偉大なる男。この世で最も尊敬する兄、クレイは十八歳の若さで天国へと逝った。

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