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meets

こいつらみたいな仲間に出会えたことで、俺は何度救われただろうか。

 さらに二年後。五年生となった俺は既に十歳を迎えていた。まだまだガキだって事実に変わりはないが、六歳だったあの頃と比べれば多少はデカくもなったし、少しは一人前に近づけたつもりだ。十歳という年齢はあの頃のクレイとも一致する。


 母ちゃんは仕事を続けていて相変わらず忙しそうにしていた。クレイは中学でもうまくやれているようだった。俺も最近では友達に恵まれている。


 この頃になると、周りの友達もちょこちょこと悪さに手を出し始めた。元々治安があまりよくない地域なのだ。そういった環境で育った子供の定めとでもいうべきか。

 手始めに店の商品や自転車を盗むことから始まり、初めての酒やタバコ、大麻などにも手を出した。


 最初は悪ふざけをして遊んでいるだけの仲間にも、ちらほらと本気で信頼できるまでの奴らが出来てきた。

 そのうちの一人のマークという奴は、身体が縦にも横にもデカくて熊みたいなやつだ。力もかなり強く、他の奴らとのケンカの際には必ず先陣を切って戦うような頼りになる男だった。

 俺たちは互いに「ニガー」だとか「ドッグ」と呼び合い、その親密さは増していった。


 ある日、いつものように自転車を盗み、俺は四、五人の仲間たちとたむろしていた。

 すると、そこに現れた十人程度の白人の若い集団が、俺達を指さして笑い始める。歳は同じか少し上くらいだが、見た感じ、いい暮らしをしていそうな奴ら。俺らとは対照的に身なりは綺麗で、何不自由なく暮らしているお坊ちゃん連中だと分かる。


「おい! あそこに臭そうな黒人ニガー共がいるぜ! さすがは貧困地区だな!」


 再び大爆笑。高級住宅街からわざわざこんな地域に出向いてきて、ご苦労なことだ。

 貧乏は罪。貧乏は恥。そう言われる世の中なのは分かってる。だが、実際に貧乏な環境で生まれ育った俺たちにそれを言われたところで、一体どうしろというのか。


 マークが吠える。


「ぶっ殺すぞ! クソ白人が!」


 俺たちは身なりを馬鹿にされたことに加え、白人から「ニガー」と呼ばれたことに腹を立てた。「ニガー」はもともと黒人に対する差別用語だ。黒人同士であればガラの悪いあいさつ代わりに使われる単語だが、別人種が用いることは許されない。


「行くぞ! みんな!」


 マークを先頭に、俺達は一斉に突っ込んだ。

 まずはマークが渾身の右ストレートを叩きこんで、最初の暴言を吐いた白人の小僧を一撃で倒す。それに乗じて他の奴にも殴り掛かった。


 しかし、奴らも意外と喧嘩慣れしているようでなかなかに手強い。仲間が一人、二人と倒されてしまう。

 それを見て火がついたのはやはりマークだ。我を忘れたかのようにめちゃくちゃに暴れ始め、周りの敵を蹴散らしてゆく。


 その時。どこからともなくサイレンが鳴り響き、一台の警察車両がこちらに向かって走ってくるのが見えた。


「うぉ! やべぇ! 逃げるぞ!」


 さすがに我に返ったマークが、倒れた仲間を担いで駆け出す。

 相手の白人連中も散り散りになって逃げだした。


「覚えてろよ、クソッたれ!」


 俺の声が響いた。


 ……


 二日後。その言葉通り、再戦の時はすぐにやってきた。


 再度現れた白人連中が、先日と同じように俺たちに向かって罵倒をしてきたのだ。よほど俺たちのことが気に食わないらしく、『KKK』と書かれた旗を持っている。KKKとはクー・クラックス・クランの事で、もっとも有名な白人至上主義団体の名前だ。


「まったく……俺らが何をしたって言うんだよ」


 嫌気がさし、俺は力なく言った。奴らは先日よりも人数が増え、十五人ほどの仲間を引き連れてきている。

 だが、それはこちらも同じだ。たまたま俺達は全部で九人いた。そして、その中にはマークの他にもう一人、最も信頼のおける仲間で、尊敬している兄、クレイがいた。


 偶然みんなで話していたところにクレイが通りかかり、ちょうど仲間に兄を紹介しているところだった。

 クレイは好んでケンカをする性格ではないが、避けられない場合は迷わず立ち向かうというスタンスはそのまま残っていた。


「……ん? サム、あれはなんだ?」


「一昨日、ケンカを吹っかけてきた奴らだよ。黒人を馬鹿にするんだ」


「……嫌な奴らだな。どうしたもんか」


 俺はクレイと一緒に久しぶりのケンカが出来る、と二年前を思い出してワクワクしていた。

 だが、クレイが出した答えは意外なものだった。


「サム、それからみんなも。あんな奴らは相手にしなくていいさ。俺が話をつけてくるからちょっと待ってな」


「クレイ!? 正気なのか、危ないよ!」


 しかし、クレイは俺に微笑むと、すたすたと歩いて行った。

 そして、連中と何やら言葉のやり取りをし、そのまま戻ってくる。


「先に手を出したのはお前らだって話じゃないか。サム、言いたい奴には言わせておけばいいんだ。ケンカなんてわざわざ仕掛けなくていい」


 そうは言われても、先に口を出してきたのはあっちだ。俺たちは納得がいかなかった。

 しかし、クレイに早く帰れと言われて、みんなは渋々引き下がる。


「サム、お前の兄ちゃんは飛んだ腰抜けだな」


 帰り道にそう言われた俺は、マークの腹に一発入れてやった。


「何か考えがあるはずだ! クレイは腰抜けなんかじゃない! 小さいころからたった一人で俺を守ってくれた!」


 家に帰り、俺はベッドで横になっていたが、その夜クレイが帰ってくることはなかった。


 ……


 次の日。俺は玄関のドアをノックする音で起こされた。母ちゃんは仕事から帰っていないので、俺がドアを開ける。一人の白人警官が立っていた。


「サムかい? お母さん、いるかな?」


 母ちゃんは仕事でいないと伝えると、今日は学校に行かなくていいから車に乗るようにと言われた。


「え? なんで? 俺、何もしてないよ」


 以前やった万引きでもバレたのか、連行されるのではと思って拒否したが、警官はポンと、俺の頭に手を乗せた。どうやら捕まえに来たとか、そういうことではないようだ。


「あぁ、勘違いさせてしまったね。実は、君のお兄ちゃんが大怪我をして病院にいるんだ」


「クレイが!? どうして!?」


「昨日、道端に倒れているのを、近くの人が見つけてくれてね。とにかく一緒に行こう」


 信じられなかった。道理で家に帰ってこないはずだ。あの後、白人の奴らにやられたに違いない。


 病院につくと、すぐさま俺はクレイのもとに走った。


「クレイ……!」


 そこには、意識が戻らず、静かに眠っている兄の姿があった。


「誰かにひどくやられたみたいなんだが、犯人は分かっていなくてね」


 俺の後ろから病室に入ってきた警官が言った。


「犯人は白人の子供たちだよ! 『KKK』って旗を持ってた!」


「そうか、気の毒に。全力で捜査に当たるよ」


 そう言った警官の口がにやりと吊り上がる。そう見えただけかもしれない。

 だが、まさかコイツは……全て分かってて逮捕しないんじゃないかと疑いたくもなる。もしそうであれば、人種差別は警察にも残っているのかと、俺は怒りを覚えた。


 次の日。俺は学校に行き、仲間たちにすべてを伝えた。

 彼らの方もいくつかの情報をすでに持っており、それらをつなぎ合わせて導き出した真相はこうだ。


 クレイは、俺達に対して「白人たちからは二度と近づかない事」を条件に、自分の身を犠牲にすることで決着とするように頼んだ。まさか意識が戻らなくなるほどに暴行が激しくなるとは、クレイも白人たちすらも予想していなかったはず。

 だがそれでも、クレイはこれで終わらせてくれと頼んだ。全ては、まだ小学生である自分の弟と、その仲間たちを守るために。


 その事実を知った俺たちは大いに泣いた。マークは鼻水を垂らしながら、俺をきつく抱きしめる。


「クレイ。悪かった。お前の兄貴は腰抜けなんかじゃなかった。最も尊敬するべき大きな男だ」


 その瞬間、みんなの気持ちは一つにまとまったのだ。クレイの仇を討つ、と。


 ……


 俺たちはそこから毎日、あの白人の集団の情報を手当たり次第に嗅ぎまわった。学校帰りにはみんなで俺の部屋に集まり、情報の交換をする。

 仲間の一人にトニーという奴がいて、彼は俺たちのためにたった一人で武器を調達してきた。近所のホームセンターでバットやナイフを盗んできたり、一番驚いたのは他人の家に忍び込んで銃を仕入れてきたことだ。

 小柄で、すばしっこいトニーは盗みが得意だった。後にトニーは、魔法のようなブツ調達の才能からウィザード(魔術師)のあだ名で呼ばれることになる。


 ある日、俺達はついに奴らの居場所を突き止めた。奴らは中学生で、驚いたことにクレイと同じ学校の生徒だった。

 その晩、ついに見つけたぞと俺達のテンションは最高潮にまで上がり、みんなで俺の部屋でビールを飲んだ。初めは苦いばかりだったが、最近ようやく分かってきた、癖になる美味さだ。


 クレイの為に戦うことを誓ってくれたのはぜんぶで 十一人。

 全員がクレイの好きな色であった真っ赤なバンダナを口に巻き、右腰からもう一枚の真っ赤なバンダナを垂らす。当時から問題となっていたギャング、クリップスとブラッズのうち、同じ赤色をシンボルカラーとしているブラッズにあやかって「B.K.B」と名乗ることになった。

 これはBig.Kray.Bloodの頭文字を取ってマークが名付けた。ビッグクレイというのは尊敬するべきクレイにみんながつけてくれたニックネームだ。

 子供ながらに考えた幼稚な名前だが、みんな誇りを持ってB.K.Bの名乗りを受け入れた。


 いよいよ決行する、なんちゃってKKK壊滅作戦の主旨はこうだ。

 まず、下校時間に仲間の一人が奴らの中学の校門辺りでそいつらが通過する瞬間を見張る。

 顔は大体覚えているので、数人ほどを見つけたら合図を送り、その後ろを全員でつける。途中から二、三人が先行して、誰もいないような場所にそいつらを挑発しながら誘導する。そこで前後から十一人全員で挟み撃ちにし、一網打尽にする。

 単純で穴だらけのちんけな作戦だが、馬鹿なガキにしか過ぎない俺達は、まるで勝利を確信したかのように盛り上がった。


 決行は三日後の放課後とし、みんなはそれぞれ武器の手入れや使い方の練習、筋トレなどをしてその日を待った。


 俺はその間、毎日クレイの見舞いに行った。


「クレイ。必ず仇はとるから」


 兄は相変わらずの昏睡状態で、意識が戻ることはなかった。


 ……


 そして、いよいよその日がやってきた。

 俺たちは目的地へと向かい、校門付近に見張りを立ててそばの茂みに身を隠す。


 作戦は順調に進んだ。見張りのトニーが奴らを確認し、短い指笛を吹いて追跡を開始する。後ろの本隊と先行する挑発部隊が上手く連携を図り、誘導地点として予定していた空き地に敵をおびき寄せることに成功した。

 だが、一つ問題があった。下校途中だったこともあり、この前来ていた連中の他にも多くの生徒がついてきてしまったのだ。ざっと、二十人以上はいる。


 しかし、そんなことは関係ないと、俺達十一人は誰一人として怯まなかった。それどころか全員が勇ましく奴らに怒号と雄たけびを浴びせ、手にした武器を空高くつき上げたのだ。これほどに仲間とは頼もしいものなのかと思った。


「やってやろうぜ、みんな!」


 バンダナで口を覆い直し、いよいよ戦闘態勢に入る。

 しかし、相手の白人達は言い返したり憤ったりするでもなく、なぜか怖気づいてしまったようだ。


「やべぇよ……見ろ、あいつらギャングの構成員だったなんて……」


「赤いバンダナ。ブラッズだ……殺されるぞ」


 そんなことを口々につぶやいている。なるほど、ギャング相手だと分かるとブルっちまうのか。実際には俺達の格好はおままごとに過ぎないが、情けない連中だ。

 だからといってクレイの仇に容赦などしない。


「よっしゃぁぁぁぁぁぁっ! ぶっ殺す!」


 やはり最初はこの男だ。マークが野太い声を上げ、一番槍として突進した。次々と仲間がそれに続いて突撃を開始する。

 いくら相手が中学生だろうと、人数が多かろうと、ビビり上がっている。そしてこちらは武装していて士気も高い。勝敗は初めから、火を見るよりも明らかだ。

 俺たちは縦横無尽にその試合会場を駆け巡り、敵を殴りつけ、蹴り飛ばし、ボコボコに痛めつけてやった。奴らは大した抵抗もできないまま、その場に倒れる者、逃げ出す者と様々だ。


 あっという間に決着がつき、辺りには俺たちの「B.K.B!」の声がこだました。

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