あっさり婚約解消できちゃいました
「まあ、ルーシー。発言を許します」
王妃様は凍り付いた空気をものともせず、いつも通りおっとりと言った。
自分の発言を無視されたように感じたのだろう。ミリアさんはまたぐっとこちらを睨んでいる。勘弁してよ……。ちょっとすでに胃がキリキリしてるんだからね!
「ありがとうございます。それでは申し上げます。恐れながら、先ほどのブルーミス男爵令嬢の発言は事実です。私は殿下から以前よりお話を伺っていました」
一応私は知ってましたよ!応援してましたよ!捨てられたわけじゃ、ないですよ……!
その瞬間、あれだけおっとりにこにこしていた王妃様が目をカッと見開き私の隣に立っていた殿下をギロリと見つめた。そのあまりの圧に殿下がびくりと体を震わせる。
ひえ~!怖いよ~!ごめんなさい!
でもそうだよね。まさか王妃様も私がミリアさんの言葉を肯定するとは思わなかったはず。ていうか誰も思わないよね?私も一瞬考えた。どうにかミリアさんの質の悪い冗談だってことで一先ず収めて、後からゆっくり話した方がいいのかな?って。でもそうすると、恐らくその後ミリアさんと殿下が婚約することは絶望的になるだろう。だってミリアさんの行動は不敬そのもの。下手すれば殿下との接近禁止だとか、王宮への立ち入り禁止が命じられるだろう。
これだけの人数が聞いてしまった。もう後戻りはできないのだ。
「ジャック。ルーシーの言っていることは真実ですか……?」
「…………はい」
随分長い沈黙の後、殿下はやっと答えた。その返事を聞いて、一気に周りが騒めく。
その後すぐにお茶会は終了となった。
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お茶会終了の後、殿下、ミリアさんと別室に連れていかれて個別に事情を聞かれた。殿下とミリアさんの中でどういう話になっているのか分からないから、私は殿下の気持ちを知っていて、かねてより相談を受けていたとだけ話しておいた。
まあ嘘はついていないよね。時戻りについて黙っているだけ。実際ミリアさんと婚約できるように協力するって約束もしてたわけだし。
私に対しては、それだけ。その後お父様が入れ替わりで陛下や王妃様と何事か話して2人で一緒に馬車に乗り王宮を後にした。
王宮を後にする際、馬車停めの側でミリアさんとブルーミス男爵が親子でなにやらはしゃいで話していた。
「でかしたミリア!お前の言っていたことは本当だったんだね!」
「だから言ったでしょうパパ!」
「それでは、あれはもういいんだね?」
「ええ、もういいの。忘れてちょうだい。それはそうと――」
なんと、私と殿下の婚約はびっくりするほどあっさりと解消する方向に進みそうだ。
え?本当に?問題なし?根回しして根回ししてやっとどうにか解消できるかどうかだと思ってたのに?と、正直かなり戸惑った。なんだか拍子抜けだわ……もちろん全然解消できないで苦しむよりはいいんだけど。
「ルーシー……今まで随分辛い思いをしていたんじゃないのか?気付いてやれなくて済まない……」
「いいえ、お父様、気にしないで。私は全然大丈夫だから」
馬車の中で涙目で謝るお父様に心苦しくなる。私、もしかして無駄に気を張っていた?頑張らなくちゃって思いすぎていたのかも。ひょっとして1度目も、さっさとお父様に相談して婚約なんて解消しても良かったのかもしれない。
涙目のお父様はそのまま爆弾を投下した。
「きっちり殿下との婚約は解消してきたからね!もう何も心配いらないよ!」
「えっ!?もうすでに解消済みなの!?」
得意げな顔のお父様は「早く帰って皆に報告しよう」と言って、にこにこ笑顔で私の頭を撫でた。さっきの涙目なんだったの?と思っちゃうくらいにはご機嫌の様子だった。
あまりにお父様が陽気で笑ってしまう。1度目にこの1年後には亡くなってしまっただなんて、なんだか悪い夢を見ていたみたい。今回は絶対に死なせたりしないぞ……!決意を新たにした私である。
「ルーシー!私の可愛い子!かわいそうに、ひどい目にあったわね……!」
「姉さん!大丈夫?あの馬鹿殿下め……!」
屋敷に帰り着くと、待ち構えていたお母様とマーカスが飛び出してきた。
それはそうとマーカス、もしも誰かに聞かれたら不敬で処罰ものよ!殿下のことを馬鹿って言うのは心の中だけにしなさい!
「あなた、婚約解消は恙なく成ったんでしょうね?」
「もちろんさ、ルリナ!王家との婚約だから最初は断れなかったが、こうなったらルーシーには僕が君を愛しているのと同じくらい愛してくれる男でなければ認めない!」
「あら、あなた以上に、ではないの?」
「僕の君への愛はあまりに重いから、越えろと言うのはさすがに酷さ」
「やだあ、あなたったら!」
すごくバカップルである。
今思えばこの両親を見て育って、よく愛のない結婚を受け入れられたわよね、私。我ながら恋愛に関して冷めていたわ。でも、愛のある結婚を目指すからには、この2人が今後の目標……!素質はあるはず!なんたってこの2人の子供だから!
心の中で気合を入れていると、そっとマーカスが寄ってきた。
「姉さん、大丈夫?傷ついてない……?」
おずおずと上目遣いで私を気遣う我が弟。なんていい子なのマーカス!
「マーカス、あなたはずっとそのままでいてね……!」
「?はい……?」
マーカスと連れ立って屋敷に入ると、するりと足元にミミリンが擦り寄ってきた。
「にゃーん!」
「ミミリン!かわいいでちゅね~!あなたも私を慰めてくれるの?なんて可愛い猫ちゃんかしら!可愛さが神!は~可愛すぎてどうにかなりそう」
「姉さん、さては全然落ち込んでいないね?」
落ち込んでなくて、なんかごめんね!
「さて、では結果発表をします」
家族全員がテーブルに着くとお父様が口を開いた。
お茶の用意をしてくれた侍女のユリアと家令のモルドだけは側に控えたまま。
お母様とマーカスがごくりと喉を鳴らす。
「――殿下は浮気野郎でした」
ひえっ!お父様の言い方がとても辛辣!
「やっぱりね!家族会議の後すぐに殿下の素行を調べてよかったよ。姉さんがいながら他の女を好きになるなんて正気の沙汰じゃない」
「でも女の影は見つからなかったのにね~?ルーシーちゃんを蔑ろにしてるのはよく分かったけど」
「どっちにしろ問題外だ」
お父様の発言を聞いて、お母様とマーカスが何事かボソボソと小さな声で話している。
何?2人ともなんて言ってるの?
「両陛下は多少婚約解消を渋りましたが、お父様が無事勝ち取りました!」
力強く拳を突き上げるお父様。か、かっこいいっ……!
「きゃー!さすがあなた!」
「ルリナの言う通りきっちり調査しておいたのが功を奏したよ!殿下がルーシーを蔑ろにしていた報告書を出したらもう嫌だとは言えないようだった」
「やっぱり何事も証拠は大事よね~」
ん?調査?報告書?
「ちょっと待って、なんのはなし……?」
「姉さんは気にしなくて大丈夫だよ。ほらっ!姉さんの好きなマドレーヌを買っておいたから、あっちで一緒に食べよう」
「マドレーヌ!食べるわ!何味がある?」
「プレーンとショコラとキャラメル風味」
「これは究極の選択ね……!」
お母様とお父様は盛り上がり、私はマーカスと一緒にマドレーヌを食べた。結局全部の味を2つずつ食べた。……さすがにちょっと食べすぎたとは思っている。
「みゃあお~ん!」
そうして我が家の婚約解消当日の夜は平和に過ぎていった。
――次の日。
なんと殿下とミリアさんが連れ立って我が家にやってきた。
昨日の今日で、いきなり家まで来ないでよ……!(一応先触れはちゃんとあった)




