お茶会でまさかの
アルフレッド様は少し迷うようなそぶりを見せたあと、ゆっくりこちらに近づいてきた。
「あの、お隣失礼してもよろしいですか?」
「あ、はい、どうぞ」
思わず返事をしてから気が付く。――私、齧りかけのマドレーヌを手に持ったままだわ。
一瞬どうしようかと迷って、まあいいかと思いなおす。アルフレッド様が隣に座るのを横目で見届けながらもうひと口マドレーヌを頬張った。
「ふふっ……マドレーヌ、お好きなんですか?」
アルフレッド様は顔を真っ赤にして肩を震わせている。
え、私、もしかして笑われているの?さすがに恥ずかしくなって俯いた。顔も熱い。ちょっと赤くなってるかも。やだ、時戻り前はいつだって無表情だって怖がられていたこの私が?一歩家の外に出れば何にも動じることはなかったのに!……動じるようなことが起こる程、他人と交流がなかったというのは気づいてはならないことである。
彼はそんな私の様子を見て、
「ああ、ごめんなさい、あまりに美味しそうに食べていらっしゃるから思わず……失礼いたしました」
そう困ったように笑い、丁寧に頭を下げた。
「……いえ。あの、マドレーヌも他のお菓子も好きです。よかったら一緒に食べますか?」
「え?いいんですか?」
「私のハンカチの中のものでよければ」
彼はもう1度おかしそうに笑って、差し出したマドレーヌに手を伸ばした。
「――まあ!それであなたはどうしたんですか?」
「どうにか誤魔化そうとして、同じ物を作って置いておけばいいんじゃないかと厨房に入りました。それで……」
「それで?」
「もちろん大失敗。卵は5つも無駄にして、厨房は粉まみれになり大惨事。あれほど素直に怒られておけばよかったと思ったことはありません」
「ふふふ、結局余計に怒られてしまったのですね」
「その後ひと月も甘いものを食べさせてもらえませんでした」
私はアルフレッド様とすっかり打ち解け、仲良くなっていた。
殿下には確かに気をつけろって言われたけど、こんなに人懐っこい人の一体何に気を付けたらいいの?
今は彼が軽い気持ちでつまみ食いしたお菓子が実は大事なお客様にお出しするはずのものだと分かってゾッとしたときの話を聞いていたところ。結局お菓子は人気の菓子店のものを慌てて買いに走ったらしい。
アルフレッド様は甘いものがお好きなんだとか。私と同じね!おかげで話もよく合った。ハンカチに包んだクッキーとマドレーヌはとっくになくなっていたけれど、私たちはそのまま2人でおしゃべりしていた。
――この人が危険な男?こんなに無邪気に笑う人が?
殿下よりよっぽど純粋な人に見えるけど……?なんて、そんなことは言えやしない。まあ、ミリアさんを巡る男同士、何か相容れないものもあるのかもしれない。
「名残惜しいですがそろそろ戻りましょう。王妃様がいらっしゃる頃だわ。楽しい時間をありがとうございました」
彼は何か言いたそうに何度か口を開いては閉じてを繰り返し、それでも何も言わずに頷いた。
ビュッフェ会場の方へ戻ると、私を見つけた殿下がすぐに側に寄ってきた。げ、と顔に出してしまったのは許してほしい。だってなんだかすごく怒ってる!やめてよもー!
さっきまで一緒にいたアルフレッド様はいつの間にかいなくなっていた。
「おい、今までどこにいたんだい?というか君、まさかあの男とずっと一緒にいたのか?」
「あの男って?」
「分かってて言ってるだろ……アルフレッド・バルフォアだよ。あの男、ミリアだけじゃなく君にまでちょっかいかけようとしているのか?」
殿下は険しい表情のままブツブツと文句を言っている。
「ねえ、そのことだけど――」
私の言葉は、ざわりと一瞬で変わった空気によって途切れた。
にこにこと穏やかに微笑んでいるけど、気品たっぷりで緊張感が漂う。殿下に似た濃紺の瞳がキラキラ煌めいた超絶美人な色気と愛嬌を併せ持った人。王妃様が会場にいらっしゃったのだ。は~!今日も綺麗な王妃様。素敵!
その場にいた全員がすぐに礼をとる。もちろん私も。殿下も隣でそっと頭を下げた。王妃様はそんな周りの様子ににっこりと微笑み、ゆるく首を傾ける。
「まあまあ!皆どうか顔を上げてちょうだい。そんなにかしこまらないでね?今日は楽しんでくださっているかしら?」
柔らかで優しい声が聞こえ、顔を上げた皆がほうっと表情を緩めた。その時だった。
「――王妃様!!!」
和やかだった空気をぶち壊すように、その場にそぐわない大声がキーンと響く。一瞬、何が起こったか分からなかった。王妃様の側に控えた護衛と侍女が慌てて体を前に出し、次の瞬間警戒モードに入る。
厳しい顔をした一際体の大きな護衛が手を伸ばそうとするが、その前に王妃様が合図を送り止めさせる。喚いているのは参加者の一人……不審人物ではないという寛大な態度だ。今この瞬間切り伏せられていてもおかしくはなかった。冷や冷やする!
あろうことか、王妃様に飛びかからんばかりの勢いで走り寄ったのは、ミリアさんだった。
ちょっと待って?まさかの出来事過ぎて頭が働かないんだけど……!
事態が飲み込めないのは全員一緒のようで、空気が冷え切り、全員が体を強張らせ固まっている。隣の殿下でさえ目を見開き口をぽかんと開けていた。
「王妃様!聞いてください!私……私とジャック様は、愛し合っているのです!私たち2人の仲を認めてはくださいませんか!?」
う、うそでしょ~!?
頭をぶん殴られた気分で、思わず眩暈がした。2,3歩よろめき、なんとか踏みとどまる。ミリアさん、なんて思い切ったことするの……!ていうかこれって普通にアウトよ!殿下は時戻り前によくよく話し合ったりしなかったの!?王妃様はどうでるのかしら……?結構な人数の貴族の子ども達が聞いてしまっている。これはなかったことにはできない。
一瞬で頭の中に色んな思考が巡った。ふと目をやった先にアルフレッド様がいて、なんだか現実逃避の様にじっとその表情を見つめた。
あんまりじっと見つめすぎたからか、またアルフレッド様と目が合った。
その瞬間、何かを期待するようにその目が輝いた。え!まさか私にミリアさんと殿下を引き裂くことを期待してるのかな!?無理だからね!そりゃ私は(一応)殿下の婚約者だけど!そもそも2人がくっつくために時戻りまでしたんだから!残念だけど、アルフレッド様の失恋はどう頑張っても確定ですよ……!
なんだか胸が痛いな。おまけに気付いてしまった。きっと私が動かなくちゃこの場は収拾つかないんだろう。王妃様もじっと様子を窺うばかりで何もおっしゃらないし。
あーあ、どうしてもっと穏便にできなかったのか。あれ?しかもこれって結局私の名誉ちょっと傷つかない?大丈夫?いや、やっぱりあんまり大丈夫じゃないぞ……!
しかし、起こってしまったものは仕方ない。
呆けたままの殿下が使い物になりそうにないことにため息をつきながら、仕方なく私は姿勢を正した。
「恐れながら王妃様、発言をお許しいただけますでしょうか?」
殿下、ミリアさん、この貸しは高くつくんだからね!