バレンタイン小話
ハッピー・バレンタイン(*^▽^*)
バレンタイン。
それは世の乙女たちが愛する恋人や、憧れの男性に愛情をこめて甘いお菓子、主にチョコレートを贈る日。
アルフ様と結婚したときから覚悟していた。きっと彼はこの日にたくさんのチョコレートをもらってくるんだろうなって。
本音を言うと面白くはない。私という妻がありながら他の女性が愛情を贈るのよ?それが恋慕などではなくただの憧れだとしても良い気持ちでいられるわけがない。
だけど、恋人がいようが婚約者がいようが妻がいようが、モテる男はモテるのだ。中には本気で「この機会に憧れのあの人とどうにかなれるかも、きゃー!」なんて不届き者もいるかもしれないけれど、想いを寄せられることは不可抗力といえる。
ましてやアルフ様は次期バルフォア侯爵であり、将来有望な騎士様である。おまけにとっても素敵な男性なんだもの。立場的にもあまり淑女を無下にするわけにもいかず、なかなか断ることはできないだろうな~と。
想像するだけで正直ムカムカもやもやするけれど、素敵な夫をもった妻としてどっしりとかまえておかなくちゃ!とずっと心の準備をしていた。
していたのだけど──。
「なに、これ……?」
覚悟を決め、アルフ様をお仕事に送り出し。屋敷でそわそわとしていた私は、ちょっとよく分からない事態に陥っていた。
◆◇◆◇
「ルーシー、ただいま!」
「おかえりなさいませ、アルフ様。あの……今日は、その」
もじもじと言い淀んでいると、察したアルフ様が満面の笑みで私に袋を差し出した。
「ルーシー、これ」
「えっ?」
渡された袋の中身をアルフ様の許しを得て開けてみると、中はチョコレートだった。
やっぱり、と少しもやッとした気持ちが湧き上がる。ダメダメ、アルフ様は隠さず私に渡してくれたんだから、嫉妬してはダメよ。
なんて思っていると、
「これ、俺が作ったんだ!」
思わず顔を上げると、輝かんばかりのドヤ顔を浮かべたアルフ様が期待に満ちた目でこちらを見つめていた。
「え?アルフ様が?えっ……?」
「バレンタインって、最近では男から愛する女性に贈ることも増えてきてるんだって。逆チョコって言うらしい。こないだそれを騎士団の連中から聞いてさ、絶対にルーシーにあげようって決めてたんだ」
嬉しそうに説明するアルフ様。私の手の中にはまるで売り物のようなチョコレートが……。
逆チョコの話は私も聞いたことがあった。私をべたべたに甘やかすアルフ様なら納得だとも思う。だけど。まさか手作りだなんて……!
「ルーシー?気に入らなかった?」
黙り込む私を、アルフ様が不安そうな顔で覗き込む。
「まさか!嬉しすぎて……感動しちゃった」
本当に、ちょっと泣きそうだった。なんて可愛い人なの?愛しすぎる……!
「良かった!絶対に喜ばせようと思って頑張ったんだ!味も美味しいと思うよ?」
「ふふふ、楽しみだわ!それにしても、いつの間に?どこで作ったの?というかアルフ様ってお菓子なんて作れたの?」
「それは後で教えてあげるね。あと、気になってると思うから先にこたえるね。俺今日、誰からもチョコレート貰ってないよ」
ルーシー、最近そわそわしてたよね、気にしてたんでしょ?とにっこり笑顔のアルフ様。全部気付かれてた……!以前ちょっとバレンタインの話になって、毎年たくさんもらっているという話は聞いていたから……気になったって仕方ないでしょ?
「それにしても、できるだけ断ろうとは思ってたんだけど……全然誰からも声すらかけられなかった。貰っても困るしいいんだけど、全く何もないと何もないでなんだかちょっと複雑な気分……いや、欲しかったわけじゃないんだけどさ」
なんだか釈然としないような微妙な表情で首を傾げるアルフ様。
「あのね、アルフ様。そのことなんだけど……」
「え……?なに、これ……?」
そうよね、そうなるよね?ほとんど私と同じリアクションを見せるアルフ様に思わず苦笑する。
私達の目の前には、屋敷の一室の一部を陣取る、高く積まれた小さな箱や袋の山が――。
「これ、全部チョコレートみたいなの」
「全部……!?」
「おまけにね、これ全部……私宛なの」
「は!?」
呆然と目を丸くするアルフ様。そうなるよね?私もそうなった!
「まさか、これだけの数の逆チョコ……!?――いくら俺のルーシーが天使だとはいえ……許せない……!」
「あっ!ち、違うの!」
空色の瞳が一瞬で仄暗く光るのを見て、慌てて否定する。
私だって最初は、アルフ様が受け取らないかもしれないことを見越して屋敷に贈りつけてきたのかと思った。「なんて図々しいの……?」とモヤモヤしたけれど、よく見るとその全部が私宛で。
そのことに気づいた後は私もアルフ様と同様、まさか逆チョコ……?と顔が引きつったけれど、それも違った。
「これ、見て」
1番近くのチョコレートの箱を手に取り、そこに添えられたカードを開き、アルフ様に差し出す。
どこぞの令嬢の端正な字で、丁寧に書かれているメッセージ。
――――――――――
(中略)
ルーシー様とアルフレッド様のお噂は以前より知っていました。
つきましては是非わたくしとも仲良くしていただけたらと思い――
(中略)
というわけで、わたくしは今どうしても結ばれたいお方がいるのです!
これまで交流もなく、いきなり不躾だとは分かっておりますが、
どうか、どうかルーシー様の恋愛成就のお力をわたくしにも授けてくださいませ……!
…………
……
――――――――――
「……なに、これ?」
「びっくりするでしょう?この中の6割は私とアルフ様の仲の良さに……その、憧れてて、純粋に私と仲良くしたいっていう内容で、残りの4割はこのメッセージみたいに私に恋愛成就の力を期待しているものみたいなの……」
今回の騒動で知ったのだけど。どうも私とアルフ様の夫婦と仲良くすると、夫婦円満や恋愛成就のご利益があるという噂が広まっているらしいのだ。
なにそれ?そんな力あるわけないじゃない?
私とアルフ様はお互い目を見合わせて首を傾げた。
「……まあ、ルーシーに近づこうとする害虫じゃないならいいや」
が、害虫って……相変わらずアルフ様はアルフ様ね……。
「それよりもさ、その、あのさ……ルーシーからのチョコレートは、もらえるのかな?」
恥ずかしそうに聞かれるも、その言葉にドキリとする。
「えっと、一応、準備はしてるんだけど……まさかアルフ様がこんな素敵な手作りチョコをくださるなんて思わなかったから……」
なんだか私も恥ずかしくて、顔に熱が集まるのを感じる。
「まさか、ルーシーの手作り……?」
コクリと頷くと、アルフ様の顔がみるみる緩んでとろけるような笑顔になった。
「ルーシー!嬉しい!今すぐ食べたい!どこにあるの!?」
「あの、あんまり期待しないでね?正直アルフ様からのチョコレートの方がずっと素敵で……ちょっと渡しにくいんだけど……」
「そんなことない!ルーシーの手作りチョコが食べられる日が来るなんて……!俺は本当に幸せ者だ!!」
「ふふふ、逆チョコまでもらえて、そんなに喜んでもらえて、私の方が幸せ者だわ!」
本当に嬉しそうににこにこと笑うアルフ様に、ちゅっちゅっと顔中にキスの嵐を浴びながらチョコレートを渡すために部屋を後にする。お返しのことも考えなくちゃいけないけど、それは明日以降でいいわよね。
まだ渡してもいないのに、あまりにも喜んでくれるものだから、私もどんどんうきうきしてきた。この後アルフ様の手作りチョコと私の手作りチョコの食べさせっこなんてしちゃってもいいかも!きゃー!
「――これは、今夜の夕食もきっと温かいうちに食べてはもらえませんね……」
イチャイチャと部屋を出ていく主人夫妻の背中を見つめながら、ユリアはぽつりと呟いたのだった。
――――――――――
☆おまけ
アルフレッド手作りのチョコレートのあまりの美味しさに目を丸くしたルーシー。
後日説明してもらったところによると、なんとアルフレッドはルーシーの親友・王宮おかかえパティシエのバルナザールさんに協力を仰いでチョコレートを作っていたのだった!
「王宮の厨房に入り込んでチョコレートを作る騎士……シュールだわ???」
ルーシー溺愛で有名なアルフレッドに絶対無駄だと分かっている横やりを入れるよりは、それほど旦那様に愛されるルーシーと仲良くしたい!あわよくば恋愛成就にあやかりたい!と思うご令嬢たちなのでした。
あと多分ルーシーは散々イチャイチャしたあとに「こんなにたくさん……お返し、どうしよう……」と頭抱えたはず。




