戻って最初のイベントはお茶会です
今日は王宮の庭園で開かれるお茶会の日。
基本的には高位貴族か、裕福な低位貴族の子息令嬢が呼ばれている。
同年代の子ども達で交流を持ちましょうってことで開催されたお茶会だけど、ジャック殿下の将来の側近候補を見繕ったり、この年代の子供たちに将来有望な子がいないか?その資質を見たりする意味合いも大きい。
「ごきげんよう殿下、ルーシー様」
「ごきげんよう、アリシア様。今日は一緒に楽しみましょう」
にっこり笑って挨拶を返す。
このお茶会は王妃様主催なのだけど、私は一応ジャック殿下の婚約者として主催者側の人間扱いだ。殿下と並んで招待客の挨拶を順番に受けていく。王妃様が顔を出すのは会の後半になる予定。
1度目は私も殿下も一言も無駄な声を発さず、黙々と笑顔を貼り付け挨拶を返した。
けれど今の私達は友人。ボソボソと2人にしか聞こえない小声で、合間に気の抜けた会話を楽しんでいた。
「……ねえ、アリシア様は今日も絶好調ね。当たり前だけど1度目と全く同じで笑っちゃうわ」
「時戻りをしてまだ他の貴族たちと関わっていないからなあ。今日を境に少しずつ変わっていくんだろうな」
アリシア様はシャラド侯爵家のご令嬢で、ジャック殿下を慕って学園でも追いかけまわしていた姿が印象的だった。今も挨拶の一瞬で私を探る様にじーっと見ていた。おお恐ろし。覚えてる覚えてる、この感じ!「肩書だけの婚約者様」って私に向かって1番回数多く言ったのも確かアリシア様だった気がするわ。
「わっ、懐かしい~ユギース子爵家の長女だわ。ユギース子爵家は学園入学前に隣国に移住しちゃってこのお茶会以降会ったことがなかったのよね」
「ユギースは薬師の家だからな。移住理由は隣国の土が薬草栽培に適しているからだと言っていた。ハイサ病の薬を開発したのはユギース子爵だぞ」
「まあ、そうなの?」
薬。薬かあ。お父様の死を回避する手段の1つとして、ハイサ病の薬になる薬草を育ててみるのもいいかもしれない。薬を開発するのは1度目と同じくユギース子爵であるべきだから、ユギース家と前よりも繋がりを持つようにして……今日は長女のマリエ様と後で絶対お話ししよう。
「あれっ?あれは確か……」
ちらりと殿下を窺うと、厳しい目でその人物をじっと見つめていた。
「あれはアルフレッド・バルフォア。バルフォア侯爵家の嫡男で――ミリアの婚約者だった男だ」
彼、アルフレッド・バルフォアは1人つまらなそうな顔で挨拶の列に並んでいた。
そうそう、この人がミリアさんの婚約者だった人だわ!
栗色の髪の毛に空色の瞳の優しそうな美少年。まだ13歳だもんね。あと2年して学園に入学するころにはかなりの美青年に成長して、女子生徒からの人気も高かった気がする。
それにしても、ミリアさんが男爵令嬢なのに、婚約者だった彼は侯爵家だったのね?恋愛結婚ならばままある組み合わせではあるけれど、ミリアさんはのちのち殿下の恋人になったわけだし……政略結婚にしては身分差が大きい気がする。
「バルフォア侯爵家はもう少し後、没落間近というところまで落ちぶれる。そこで裕福なブルーミス男爵家のミリアと婚約するんだ」
「そうだったのね……」
「ブルーミス男爵は大喜びだったそうだよ。ただ私は、バルフォア家の没落騒動はアルフレッドの策略ではないかと少し疑っている」
「え?自分の家を没落寸前まで追い込んだっていうこと?」
「ああ。アルフレッドは……ミリアに異常に執着していたらしい。ミリアに話を聞いて私も驚いたものだ。あれは危険な男だ。君も気をつけろ」
なるほど。ミリアさんを手に入れるために家を陥れたのだとしたら確かになかなかのものだわ……。うーん、可愛い子って大変だ。そういえば学園でも、殿下以外にもたくさんの高位貴族の令息がミリアさんに夢中だった。婚約者でありながらそんな人気者の彼女を射止められなかった彼もなかなか不憫ではある。
アルフレッド様を見ると、目が合った。
驚いたのか、少しだけ見開いた空色の瞳がすごく綺麗に見えた。
「――悪い人には、見えないけど」
私の呟きに、殿下は盛大に顔を顰めた。
今日のお茶会はガーデンパーティー形式で、一応の席はあるものの自由に移動したり、ビュッフェスタイルのお菓子や軽食を自分で好きなだけ取り食べたりできる。
大体の挨拶も終わり、参加者は思い思いにお茶会を楽しんでいた。
そんな中、一通り参加者のご令嬢とお話をした後の私はというと。
「あーあ、なんだか1度目より疲れちゃったわ……」
……案の定不機嫌でいっぱいな様子のミリアさんに耐えかねて、会場からは死角になる庭園の奥の方へ1人逃げてきていた。
だって、めちゃくちゃ怒ってるんだもん!
参加者のなかでも最後の方に挨拶に現れたミリアさんは、それはそれは鋭い目つきで私を見つめた。その目が言っていた。「近い、ずるい、ふざけるな」って!(私の勝手な解釈だけど)もっと簡単に言うとものすごく睨んでいた。私のせいじゃないんだってば!そんなことは言えないので笑顔の仮面で対応したけどね。
「はあ……」
無駄に気疲れしてしまった……。
1度目の、ただ無感情に殿下の隣に座ってればいつの間にか終わったお茶会がほんのちょっとだけ恋しい。
思わず体が震えた。
殿下、あとでなんとかフォローしといてよね……。
「ここでいっか」
庭園の奥にぽつんと置かれたベンチに座り、ドレスのポケットの中からハンカチの包みを取り出す。それを膝の上にそのまま広げた。
ふふふ、1人でゆっくり食べようと思ってクッキーとマドレーヌをいくつか拝借してきたのだ!
「ん~!やっぱりおいしーい!」
婚約前ではなく、13歳に時戻りしてよかったことの1つ。
王宮お抱えのパティシエ、バルナザールさんとの絆がなかったことにはならなかったこと。
このクッキーもマドレーヌも、私が大好きだと言っていた味だ。最高。バルナザールさん大好き。今度王宮に行ったときにお礼を言いにまた厨房へ行こう。(そしてまたお菓子を貰おう!)
そんな風に1人ホクホクな気持ちでお菓子を頬張っていると、庭園の向こう側から不意に誰かが顔を覗かせた。
「――あ、レイスター嬢……」
呆けたように私の名前を呟いたのは、さっき気をつけろと言われたばかりのアルフレッド・バルフォアだった。