それからの穏やかな日々
ブルーミス男爵や夫人。ミリアさんの訃報は私の耳にも届いた。しかしその事実をそのまま世間に公表することはできない。当たり前だと思う。王家の信用問題にもなることだから。
結局、情報は多少操作されることになった。事件に深く関係するミスリの薔薇の存在は伏せ、禁止されている毒物を作り流通させた罪でブルーミス男爵やミリアが罪人となったことと、それに伴う処刑だけが伝えられた。
これにより今まであまり関連性があるとは考えられていなかった数件の不審死事件が紐づけられ、関わった者の洗い出しが行われている。
……ミスリの薔薇の毒をブルーミス男爵から入手し、被害者に渡した者がいるはずだから。
もちろん、数年前にお父様にあのお茶を贈った同僚もその対象だ。
どうもその人は自分の仕事のミスをお父様にフォローしてもらったことで、理不尽な逆恨みをしていたらしい。
「恥をかかされた」「自分の方が有能なのに」
そんなちっぽけなプライドで犯罪者の仲間入りだ。貴族社会は本当にどろどろしている。
バルフォア侯爵が一時期体調を崩す原因となった薬草茶も、ミスリの薔薇の毒の混入したものであると証明された。件の薬草店の店主の捜索も続けられている。……ただ、恐らく店主はとっくにこの世にはいないのではないかなと思う。
店主が行方不明になったと同時に、お父様や私が手にしたお茶の流通の話もパタリとなくなっていたため、本当に偶然にその毒を手にするような人はいなかったようだ。それだけが救いだ。
王妃様は療養中。もうずいぶんお加減はいいらしい。リロイ殿下は留学を止めてはいないが、ミラフーリスに帰ることが増えた。恐らく、ブルーミス男爵と繋がっていた貴族を調べているのだと思う。
私は――。
「ルーシー様!もうお加減はいいんですの?」
教室につくなりアリシア様が驚いた顔で飛びついてきた。
「ええ、もうすっかり!元気だけが取り柄だったのに、何日も学園を休む羽目になるなんて恥ずかしいです」
……私の誘拐騒動はなかったことになっているため、風邪を拗らせて療養しているということになっていたのだ。
私はすっかり日常に戻っていった。実際に被害者の1人であるお父様はともかく、この先は私の関与するべきことではない。
「ルーシー!迎えに来たよ、帰ろう」
放課後、私を迎えに来たアルフ様の以前より砕けた態度に、アリシア様が少し嬉しそうにニヤニヤしている。
そんなに揶揄うような態度とって……可愛いけど!後で自分もお返しされるって分かってるでしょ??
ダイアン様とのことを少しでも揶揄うと顔を真っ赤にしてすぐに涙目になるアリシア様。そんな顔が可愛すぎて、ダイアン様が他の男子生徒の目から彼女を隠すのに必死になるまでがワンセットなのだ。ふふふ!思い出すだけで微笑ましくて笑ってしまう。
馬車に乗り込むと、すぐにアルフ様は私の隣に座った。
これまでは向かいに座っていたのに、最近は前にも増して私の近くにずーっとアルフ様がいる気がする。これでクラスまで一緒だったらさすがに周りにうっとうしいと思われたかもしれないわね……あれ?だからクラスが違うの?そんなわけないよね?
「ルーシー、大丈夫だった?久しぶりに学園に来たけど……平気だった?」
心配そうに眉根を寄せて顔を覗き込んでくるアルフ様。
……私が学園で攫われたことで、トラウマになっていないか、恐怖を感じてしまっていないか気にしてくれている。
でもね、全然大丈夫だったの。
「何度も言ってるけど、アルフ様がすぐに来てくれたからもう恐怖心なんて残ってないのよ?それに……もしもまた何かあっても、アルフ様が守ってくれるんでしょう?」
いつだって私を気にかけ、優先し、側にいてくれるアルフ様。それがどれほど心強いか、きっと本人には半分も伝わっていないと思う。アルフ様がいるから、何があっても大丈夫だって心の底から安心感がある。
甘えた気分でその肩に頭を乗せる。何度もそうしているからか、まるで馴染んでしまったようにすっぽりと収まりがいい。そうしているとアルフ様の匂いがしてちょっとだけ眠くなってくる。
アルフ様がいつだって全力で甘やかしてくれるから、私はすっかり甘えん坊になってしまった。屋敷にアルフ様がくるといつもミミリンがベッタリくっついて甘えるんだけど(お父様が悔しくて時々泣いている)、ミミリンにも負けていないと思うわ?
「ルーシー、本当に可愛い」
そう言って腕を回し、もっと私を抱き寄せる。
最近気づいたことがある。多分私はずっと心のどこかで、1度目に殿下に選ばれなかったことを気にしていた。自分がまるで魅力のないつまらない人間であるような感覚がどうしてもなくならなかった。
「本当に可愛い……愛してるよ」
アルフ様はそう言って、頭や額、頬にどんどんキスを落とす。そして最後に、唇にも。
こうやって「可愛い」とか、「愛してる」って言葉を貰う度に、しこりのように残っていた感覚が消えていく。
――多分もう、私はこの人なしでは生きていけない気がする。
結局、時戻りで私だけが願いを叶えた。お父様は元気で、アルフ様に愛し愛される喜びをこれでもかと教えてもらっている。
『私は彼女を心から愛しているんだ。だから君とは結婚できない』
あの日、殿下にそう告げられた結婚式前夜。こんな幸せが待っているなんて想像もできなかった。
『私も悩んだんだ。だが、どうしても彼女以外を伴侶に迎えるなど考えられない』
――殿下は、大丈夫だろうか。
時戻りをして今日まで、色々なことがあった。殿下があの日、あれほど望んでいたミリアさんは、もういない。
どれほど辛いだろうか。きっとものすごく苦しんでいるだろうと思う。
だけどその気持ちに寄り添うのは、もう私の役目ではない。
……いつかまた、殿下に愛する人が出来ればいいと思う。
そう願いながら、私をぎゅうぎゅうと抱きしめる愛しい人を見る。
目が合うと、また何度も何度もキスされた。
……って、長くない!?多くない?!なんだか秘密を告白したあの日からものすごくスキンシップが過剰なんですけど……!
「――アルフ様!」
「なあに?」
ちょっと1回文句言っておこうかと思ったけど、あまりに嬉しそうに首を傾げるものだから何も言えなくなってしまった。
なんか、ずるいわ……!
――――――――――
そうしてすっかり平和な毎日が戻り、アルフ様に甘やかされてあっという間に時間が過ぎていった。
――気がつけば、明日、私はついにアルフ様のお嫁さんになる。
『出来ることなら私だって、私を愛してくれる人と結婚したい!』
時戻りの星花に願った私の願いが、ようやく叶う日が来たのだ。




