アルフレッドとジャック
アルフレッドはブルーミス男爵の屋敷の近くへ戻った。
ジャックが騎士団とともに屋敷の中を検めているはずだ。
ミスリの薔薇の特殊性については、アルフレッドもルーシーから聞いて知っていた。珍しく薔薇の話を嬉しそうに話すルーシーは可愛かった。
やっとその腕の中に取り戻すことができた後、ルーシーはあの部屋にある薔薇のことをとても気にしていた。だからすぐに気がついた。
アルフレッドは勘のいい男だ。
何が起こっているのか、自分には正直よく分からない。ただ、どうやら自分も渦中の人間であることは分かった。
それならば、少しくらい自分にも責める権利があるはずだ。
屋敷の側まで来た時点で、外に出ていたジャックを見つける。向こうもすぐにこちらに気付いたようだ。目が合った。
ジャックは共にいた騎士団員に何事かを告げるとこちらへ歩いてきた。おそらくアルフレッドの父親も屋敷のどこかに入っているのだろう。これが数年後ならば自分も騎士団員としてジャックと共に動く立場にあり、今日のようにはいかなかったかもしれないと思う。
「バルフォア侯爵子息……ルーシー嬢を助けてくれてありがとう」
信じられないことにジャックは、軽くとはいえ頭を下げた。しかしアルフレッドはそれを止めることもしない。通常であればこの王子の側近か誰かに不敬だと咎められるような態度であるが、今のアルフレッドにはそんなことはどうでもよかった。
「あなたに礼を言われる筋合いは有りません」
冷え冷えとした物言いに、ジャックは少し体を強張らせる。
「それよりも。殿下、ルーシー嬢を利用しましたね?」
ルーシーが攫われたことは公にはならなかった。アルフレッドがすぐに助け出したこともあり、ルーシーが姿を消した時間はごく僅かで済んだ。その事実を知る者もジャックをはじめとした王族、ジャックの私兵、騎士団の幹部数人。そしてアルフレッドやレイスター家の人間のみ。
貴族の令嬢が誘拐されたとなれば、それは醜聞にしかならない。実際には何もなくとも、これ幸いとばかりにありもしないことを吹聴しだす者が必ず現れる。そして「そうではない、何もない」と証明することは不可能だ。
アルフレッドは何がどうなろうとルーシーを手放す気などサラサラないが、2人の婚約にケチをつける者も出てくるだろう。貴族社会はあまり美しいものではない。
ルーシーの為にも、この誘拐は「なかったことに」なった。
しかしミスリの薔薇は人を殺した。あれだけの証拠もあの部屋に咲き誇っている。男爵や一族の極刑は免れないだろう。
(時戻りが本当だとして、そうまでして結ばれたかったミリア・ブルーミスの行く末を考えると、殿下も不憫ではあるのかもしれない)
事件が最終的にどのような決着を見せるのか。
しかし今はそれどころではない。アルフレッドはじっとジャックを射抜くように見る。
「利用、か……そうだな、認めよう。私は彼女を利用した。ただ、そうしたくてしたわけでは決してない」
苦しそうに顔を歪める様子を見るに、恐らく嘘ではないだろう。それでも、許せない。王族として正しい選択だっただろうと言うことも分かる。それでも……。
「あなたはきっと正しい。ルーシー嬢も気にしないだろう。彼女は聡明な人だから。だけど……私だけはあなたを許さない」
男爵につけていた見張りはその怪しい行動を事前に察知していた。まさか学園などという場所で貴族令嬢を誘拐するとは思わず、その暴挙を許してしまったが、止めようと思えばすぐに止められた。ただ、その時点では何もせずジャックの判断を仰いだ。もともと例の不審死事件にミスリの薔薇を絡めて調べていたのはジャックだけ。動いているのもジャックの私兵や彼に与えられた影だけだった。その時点で全ての責任はジャックの背にのしかかっていた。
『しばらく様子を見る』
攫われた先を突き止めようと焦り苛立つ中でも、ジャックはどこか冷静だった。
『このままミスリの薔薇をどこかに隠し持っていないかまとめて調べるんだ。確実に男爵家にミスリの薔薇があると言えない以上、今踏み込めば全て闇に葬られる可能性がある』
それは、為政者としては間違った判断ではない。
「……すまなかった」
ジャックからすれば、なんのしがらみもなく自由に動けるアルフレッドが羨ましくもあった。結果的にはルーシーが捕らえられていた場所にミスリの薔薇は存在し、事件も解決することになりそうだとはいえ、アルフレッドの行動は下手すれば全てを水の泡に帰すものだ。本来ならばアルフレッドこそが糾弾されても仕方ない立場である。
それでもジャックはアルフレッドの非難を甘んじて受け入れた。
アルフレッドがすぐに踏み込まなければ、ルーシーが無事に戻らなかった可能性もあったのだ。
(考えるだけでも、ゾッとする……)
ジャックとて、何もルーシーを危険にさらしたかったわけでない。
予想外に殊勝なその態度に、アルフレッドもそれ以上の言葉を控えた。本当は殴ってやろうかと思っていた。ルーシーに何かあったら殴るだけでは済まなかっただろう。
ルーシーと出会ってからのアルフレッドにとって、彼女が自分の全てだ。ルーシーさえ自分の隣で過ごしてくれるなら他に絶対に譲れないものなどない。
今回のことで万が一ルーシーとの婚約がなかったことになるくらいならば、貴族なんて辞めてもいいと思っていた。だから何も考えずにルーシーの元へ向かった。頭にあったのは、ルーシーの無事を祈る気持ちだけ。
それでもジャックへの怒りをここで収めたのは、単純にルーシーが気にするといけないからである。
彼女は繊細で、優しくて、そして強い人だから……。
せめてもの反抗としてジャックにその場を辞する挨拶もせず、アルフレッドは踵を返した。
ルーシーが目覚める前にレイスター家へ戻るために。
(彼女が目を覚ましたら、話を聞いてあげよう。彼女の秘密ごと受け入れる準備があると示そう)
怒りを収めたアルフレッドの中にあるのはルーシーへの深い愛情だけ。
(どうやって話そうかな……とりあえずパターンAからDまで考えたけど……どれが一番彼女の負担を減らせるか……あとできればこの機会に是非…………ふふふふふ!)
……あとほんのちょっとの下心である。
アルフレッド速攻で怒りを収めてますが、基本的にはルーシーのことを考える方が忙しいので、「なんか殿下も辛そうに反省してるしとりあえず俺は怒ってるって分からせたらもういいや」てところですね!




