感激!体感4年ぶりの奇跡の再会
ジャック殿下とミリアさんが無事婚約を結べるように協力をする――。
私に求められることは、「とりあえず婚約者でいること」だ。
ミリアさんは男爵令嬢。過去に男爵令嬢から王妃に上り詰めたご令嬢もいないではないし、現国王夫妻、とりわけ王妃様は恐らく殿下の想いを無下にはしないだろう。私と殿下は政略結婚とはいえ、裏を返せば「他国の姫君を娶る必要がある程政略を必要としていない」状況である。別の形で我が家が王家の後ろ盾であることを明言すれば問題はないはず。
ただし、お披露目がまだとはいえ一応正式な婚約を結んでしまっている以上、「ハイ、じゃあ解消で!」とはいかない。残念ながら段階を追って準備を整えるという必要があると思う。
それに、ミリアさんを迎える準備が出来る前に婚約を解消すれば、すぐに「自分の娘を婚約者に」と望む家が数多出てくるだろう。
それを防ぐためにも、とりあえずは私が婚約者のままでいて、「防波堤」の役割をしてほしいわけだ。
テーブルに置かれた1枚の紙を手に取る。招待客リストだ。
私の「防波堤」最初の仕事である。
数日後、この王宮の庭園で私達と同年代の貴族の子息令嬢達を呼んだお茶会が開かれる。記憶にもある。正式な婚約披露パーティーは15歳で行うとはいえ、基本的には私が殿下の婚約者であることは決まっていて、そのお茶会にもパートナーとして参加していた。2度目の今回もそうなるわけだ。
どうやらこの日の殿下とのお茶会で、私と殿下は招待客を確認するように言われていたらしい。
「あら?このお茶会にミリアさんも来ていたんですね」
「そうだ、学園でミリアと親しくなった後に言われた。私とミリアの最初の出会いは実はこの茶会だったらしい。確かに可愛らしいご令嬢と話した記憶はあったんだが、それがミリアだったと聞いたときはまさに運命だと思ったものだ」
頬を染めてうっとりとそんなことを話すジャック殿下。
乙女か!あとかなり堂々と惚気始めたけど、解消予定とはいえ一応あなたの惚気聞かされているの、婚約者なんですけどね……?
それはそうと。
「ミリアさん、私が婚約者として殿下の隣でお茶会に出席するの、許せるのかしら……?」
「……」
殿下はまさかのだんまりだ。
私は時戻りの際の彼女の様子でもう分かっている。彼女は……ものすごーく独占欲が強いのだ。
「殿下……きちんとミリアさんへフォローしておいてくださいよ?仕方ないこととはいえ、きっと悲しむと思いますよ?」
「……分かっている」
「今回は仕方ないですけど、早くミリアさんを婚約者としてお茶会や夜会に出席できるように頑張りましょうね」
そして、私のお父様の命を救うのもどうか一緒に頑張ってくださいね!
そんな願いを込めてにっこり笑いかけると、なぜか殿下は目を丸くした。今日1日でこの人何回この顔をするんだろうか?
「君は……そんな風によく話す人だったんだな。本当に今まで私は何を見てきたんだろうな」
正直それはもう本当に別にいいんだけどな。
******
お茶会が終わる時間が近づくにつれ、私はものすごくそわそわしていた。
「気持ちは分かるが少し落ち着け。君にとっては4年ぶりの奇跡の再会でも、君の父上にとっては数時間ぶりなんだからな」
「分かってますけど……どうしてもちょっと緊張しちゃって」
まあそうだろうなと苦笑する殿下。
殿下とのお茶会の後は、いつもお父様が私を帰りの馬車までエスコートしてくれていたのだ。お父様はこの国の高位文官だ。私のことが大好きで、少しでも一緒に過ごしたいからと仕事の合間に迎えに来てくれていた。
……来年、14歳になる年に亡くなってしまったお父様。
体感としては4年ぶりに大好きなお父様に会えるのだ。緊張しないわけがない。
「君はいつも無表情で、冷たい目をしていて、近寄りがたいと周りは皆口を揃えて言っていた」
「はい……?」
え?いきなり何?
「誰かと笑いあっている姿もほとんど見たことがないし、リラックスしているようなところも見たことがない。我儘で傲慢で、冷たい人形のような人なのだと思っていたんだ」
ええー?それ、ほとんど殿下のせいだと思うんですけど……?
突然始まった悪口のオンパレードに、だけど殿下の表情はなぜか穏やかで戸惑ってしまう。
よほど私が微妙な顔をしていたのか、殿下はふっと笑った。
「まさかそんなにも君がよく喋り、表情をくるくる変えて感情豊かな人物だとは夢にも思わなかったんだ。君をそんな風にさせていたのはきっと私だったんだろうな。……何年も、君という人間を決めつけて、踏みにじるような真似ばかりして本当にすまなかった」
まさかの謝罪である。こうして話してみると殿下も悪い人ではないんだよね。かなり盛大に拗らせていたってところだろうか。
「……私も、はっきり嫌いだなんて言ってすみません。あの時は興奮してあんな風に言いましたけど、嫌いだとは思っていませんよ」
あの瞬間は本当に大嫌いだと思ったけど、それは黙っておくことにする。
「ははは!そうだな、嫌わずに友人として親しくしてくれれば嬉しいよ」
「――ルーシー」
はっと息を呑み振り返る。
「お父様!」
呼びかけられた声の先に、その人は立っていた。
思わず駆け寄り、飛びつくように抱き着いた。
――お父様!本当に、本当に生きてる!
時戻りをしても、この目で見るまで安心できなかった。
大きくて温かくて、大好きなお父様の匂い……。
ぎゅうっと首に回した腕に力を込めて縋りつくと、お父様も私を抱きとめて大きな手で頭を撫でてくれる。本当にまた、お父様に会えるなんて!!胸が詰まって息が苦しい。
「え!?ルーシー!?なんで泣いてるの?……まさか、殿下が何か……?」
「!?わ、私は何もしていない!!!」
私が泣いて泣いて否定できないもんだから、殿下はしばらく無意味にネチネチ言われていた。
ごめんね殿下!
――――――――――――――
――その夜、ルーシーが寝静まった後。
レイスター公爵家には重い空気が流れていた……。
テーブルを囲むのは3人。
父、クラウス・レイスター
母、ルリナ・レイスター
ルーシーの1歳年下の弟、マーカス・レイスター。
「みゃー!」
あと猫のミミリン。
「では、家族会議を始めます」
娘ラブのクラウス・レイスターは、妃教育の成果もありすっかり家族の前以外で感情を見せなくなっていたルーシーの王宮での突然の涙を、本人の「なんでもないから」の言葉で片づけられるような男ではなかった。
「ルーシーちゃんがあなたに縋りついて号泣したっていうのは本当のようね……」
「夕食の席でも妙にテンションが高かった。いつもの姉さんの2割増しだった。無理して元気に振る舞っていたんじゃ?くっ……なんて健気な姉さん……っ!」
「ルーシーは否定したが、どう考えても殿下のせいとしか思えない。くそっあいつめ……やっぱり1発殴って帰ればよかった」
「とにかく!何があったのか調べましょう。今までは辛い妃教育もルーシーちゃんが何か言ってくるまでは見守りましょうのスタンスだったけれど、そうも言っていられないわ」
「僕は最初から殿下は姉さんを任せられるような男じゃないと思ってたんだ!」
「にゃおーん!」
勘違いのような勘違いではないような内容の会議を続け、レイスター家の夜は更けていった。