誘拐されてしまったようです
突然何かに覆いかぶさられた!と驚いた次の瞬間、気がつくと感じたのは痛みだった。
いや、本当に痛い……何?あああ、すっごく痛い!あと体の右半分が冷たい。なんだか窮屈だし、痛いし、寒いし、あー、頭がぼうっとする……
――ハッと覚醒する。目を開けてもまだ頭が混乱していて、自分が今どうなっているのかなかなか分からなかった。
体が冷たいのは……右向きに冷たい土の上に寝転がされているからだ。
段々意識がクリアになっていく。
窮屈なのは腕を後ろに縛られ、ついでに足首も揃えて縛られているからだったし、痛いのは……今のところ自分でもちょっとよく分からないけど、とりあえず全身がキシキシと痛い……。
「誘拐、されたってこと……??」
自分の置かれている状況が信じられなくてとりあえず声に出してみる。だけど実際改めて確認するまでもない。
もうこれは誘拐だ。絶対誘拐だ。
学園で、誰かに後ろから襲われてここまで連れて来られたんだ……。
とにかく、せめて冷たいのだけでも……と、なんとか身を捩り体を起こす。結構しっかりきつく縛られているけれど、柔らかい布かタオルのような物をかませているみたいで、縛られている部分自体に痛みはない。そのまますぐ側の壁に体を預けて部屋中を観察してみた。
天井がすごく高くて、向こうの方に小さな窓はあるけれど部屋全体はジメジメしていて薄ら暗い。もしかして地下室なの?天井の高さが普通の1階の天井高さってことなのかもしれない。
あれ?いくら床が外の地面より低くても、天井が1階の高さにある場合って地下室にならないのかな……?地下室についてよく考える機会なんてなかったからちょっと分からないんだけど。
とりあえず、閉じ込められるには少し変な部屋だなと思うだけ。イメージ的にはもっと完全にこじんまりとして暗い、いわゆる一般的な地下室の方がそれっぽいわ?というかこんな部屋の造り見たことがない。
窓がある方とは反対方向の、私のいる場所のすぐそばに鉄格子がある。その向こうに数段の段差と、木製の扉。
窓の方は奥が広い。段々目が慣れてきて頭もすっきりしてきた。体は相変わらず痛いけど。目を凝らして、向こうの方をよく見る。
何かあるのよね……あれ何?それから、目が覚めてからずっと妙な違和感がある。
その答えはすぐに分かった。
「……嘘でしょう?」
だから、下が土なのか!
窓側の奥の方にあったのは。所狭しと咲き誇る、大量のミスリの薔薇だった。
――これは、密輸どころじゃない。この異様な光景、これは明らかに許可を取って育成している物じゃない。数がありえない。リロイ殿下の話を思い出す。『庭園の一角をミスリの薔薇でうめるだけでも10年はかかるんじゃねえかな?』
……一体、どれほどの年月をかけてこの量を育て上げたのか。そしてミスリの薔薇の存在に気付いた瞬間、違和感の正体も分かった。
この部屋中に、覚えのあるいい香りが充満している。
例のお茶の香り立つ匂いと、そして……王妃様の作っていた、ポプリによく似た匂いも混ざっている――。
まさか。
王妃様が体調を崩され倒れたのも、ミスリの薔薇に関係が……?
「おや、もう目が覚めたのかい?」
突然聞こえてきた声に慌てて振り返る。扉が開き、1人の男が入ってきた。ミスリの薔薇に夢中になりすぎて気がつかなかった。
私に声を掛けてきたのは、ミリアさんの父親、ブルーミス男爵だった。
「この部屋はいいだろう?美しい薔薇に、その薔薇のいい香り!君のような高貴で可憐なお嬢さんにぴったりだ」
黙ったままの私に向けてにこにこと笑顔で話し続ける男爵。
「お気に召していただけたかな?」
「……私をこんな風に閉じ込めて、ただで済むと思っているのですか?」
男爵は愉快そうに笑う。
「大丈夫!君はこれからなぜかみるみる弱っていき、謎の不審死を遂げるんだ。原因は誰にも分からない!私が関係しているなど誰も気がつかないよ!ああ、君の死体はどこへ運ぼうか。君のような美しいお嬢さんの願いは出来る限り聞かなくてはね?――自分が発見される場所くらいは選ばせてあげよう」
――そうか。
男爵は知らないんだ。ミリアさんに聞いていない。私と殿下が、自分の娘と3人で時戻りをしたこと。今はまだ知られていないはずの不審死の原因を知っていること。
リロイ殿下がミスリの薔薇の件を調べていることも、私達がお茶の件で男爵を怪しんでいることも、何も知らないんだわ……!
殿下はさっき、あとは証拠を見つけるだけだと言っていた。きっと男爵がいつ隙を見せてもいいように見張りをつけているはずだわ。私が男爵によってこうして攫われたことにもきっとすぐに気づいてくれるはず……。
私は怒りに燃えていた。誘拐されたから?いいえ、今はそんなことどうだっていい。
男爵がこんなことをペラペラ話しているということは、男爵は全てを知っていたということ。
お父様はあのお茶を同僚にもらったと言っていた。その同僚はどこまで知っていたのか?分からないけれど、今確実に言えるのは、
1度目にお父様が亡くなったことに、少なからず男爵が関係しているということ……!!
お父様があのお茶を屋敷に持ち帰ったのは、ほんの少しの偶然が変えた運命の1つだった。1度目はあんなお茶をお父様が持っていたことすら知らなかった。職場で飲んでたんだもんね。気づけるわけがない。気づいたって、あんな美味しいお茶に問題があるなんて何も知らないあの時点で誰が考えるの?
ミリアさんがあのタイミングで私に同じ種類のお茶を渡してきたことを考えると、お父様の手に渡ったのは男爵の意図した結果というわけではないのかもしれない。
それでも、男爵がこのミスリの薔薇の毒を広めたことは恐らく間違いない。
「男爵、どうしてこんなことを?」
男爵は声を上げて笑った。
「どうして?君が今なぜこうなっているのかを聞きたいのかな?その答えなら簡単だ。娘の幸せを願うのは父親として当然のことだろう?」
「ミリアさんの願い……?」
「あの子はね、君が羨ましくて仕方ないんだそうだよ」
ミリアさんが、私を羨ましい……?
私の婚約者だった殿下の愛を受けて、男爵令嬢でありながら妃候補になっているのに?
愛する人が自分を選んでくれたのに、その上で私の何を羨むというの……?
時戻りの前、あの結婚式前日の夜。殿下が私へミリアさんの愛を訴えるのを聞きながら、嬉しそうに顔が緩むのを隠しきれないでいたミリアさんを思い出す。
あなたはあんなに、幸せそうだったじゃない……。
いつも読んでくださってありがとうございます!
相変わらずお返事止まってますが感想は全部読ませていただいていてめちゃくちゃ励みになってます。ブクマ、評価ポイントなども本当に嬉しいです…!
そろそろこのお話もクライマックスに向かってます^^
よければこれからもブクマ、評価ポイント、ご感想など頂けると嬉しいです(*^▽^*)
よろしくお願いします!^^




