ルーシーの緊急事態
ミリアの話は到底信じられるようなものではなかったが、不思議と「そうかもしれない」とアルフレッドは思った。
アルフレッドは勘のいい男だ。今思えば少し不思議な違和感を抱くことが偶にあった。時戻りをして今は2回目なのだ、というミリアの話が本当だとするとしっくりくる。小さな小さな違和感。
アルフレッドは愚かではない。この荒唐無稽な話が事実だとして、しかしミリアの話が全て真実だと思うなんてことはない。
ただ、違和感とこれまでの事実を照らし合わせると、ルーシーがジャックの婚約者のままであり続けた未来はあったのかもしれないと思う。
「それは……もしもそれが本当なら、――これほど嬉しいことはない」
アルフレッドの頭にあったのは当然ルーシーのこと。自分がミリアと婚約関係だったという話が本当かどうかはもはや関係ない。自分がこの令嬢を好きになるなど想像すら出来ないのだから。しかしルーシーに関しては違う。
(もしも本当に時戻りがあったとして。そうでなければ彼女は殿下の妃になっていたのだとしたら……今の幸せはまさに奇跡だったわけだ……まさしく、これほど嬉しいことはない……!)
思わず顔が緩むアルフレッド。
正直ミリアには心底うんざりしていて、この自分への謎のアピールに本気で取り合うつもりはサラサラなかった。本当に心の底からどうでもいいのだ。ただルーシーにさえ誤解されなければなんでもいい。あまりにうるさいからもう好きに言えばいいとすら思っている。
(どうせ誰も信じないだろ……だって誰があの天使のようなルーシー嬢じゃなくこの女を選ぶと思う?そんなやつがいるわけがない)
事実、そうした男が1人いるわけだが、アルフレッドからすればあれはどうかしていると思っているのでカウントしない。
「アルフレッド様……私も嬉しい!!」
「おっと」
ポヤポヤと天使との幸せの奇跡を改めて噛みしめていると、なぜかミリアが抱き着こうと飛びついてきた。普通によけるアルフレッド。
「は……?えっ、ど、どうして……」
「は?」
何がどうしてなのか、さっぱり分からない。むしろアルフレッドからすればどうして自分が飛び込む彼女を受け入れると思ったのか……やはりこの女は異常だと思うばかりだ。
(そういえば、ルーシー嬢の戻りが遅い……生徒会でまたなにか仕事を押し付けられたか?今日は俺が先約なんだし、様子を見に行ってみるか)
その前に。
「ブルーミス嬢」
「!は、はい……!」
「時戻りの話、教えてくれてありがとう。ルーシー嬢に聞いてみるよ。もしもその話が本当なら、きっと秘密にしているのも苦しいはずだ……彼女は繊細で優しい人だからきっと気にしている……俺は全然気にしないって早く言ってあげよう……うん、そうしよう。もしも嘘なら別にそれでいいしな」
「は……?」
一瞬目を輝かせたミリアも、途中からブツブツと独り言を言い始めたアルフレッドをぽかんと見る。アルフレッドはもうミリアのことなど頭から消え去ったようで、さっさと教室から出ていった。ミリアのことなどちらりとも見ずに。
「なんなの……?なんなのよ……!」
ギリギリと苛立ちを隠せないミリア。でも――。
(いいわ、どうせパパが全部私のお願いを聞いてくれるから……!)
1人残されたミリアは、苦々しい気持ちを隠しもせずに歪んだ笑みを浮かべた。
*******
教室を後にしたアルフレッドは足早に生徒会室へ向かっていた。
しかし、途中何故か異様な雰囲気と騒がしさを感じ足を止める。
「急げ!すぐに場所を突き止めろ!手がかりは!?」
「殿下!学園内にはいません!」
「くそっ!やはり男爵の手のものか……!?1人で行かせるべきではなかった……!」
(なんだ……?)
アルフレッドは勘のいい男だ。
何か異常事態が起こっているのは明白であり、とてつもなく嫌な予感がする。そして
「私のせいだ……ルーシー嬢……」
憔悴したようなジャックの呟きを聞いた瞬間、アルフレッドは瞬時に混乱の中に飛び出した。
「殿下!」
「アルフレッド・バルフォア……!」
「どういうことですか!?ルーシー嬢に何が――」
そしてすぐにその場から走り出した。
―― ―― ―― ―― ――
レイスター家には不穏な空気が漂っていた。
「ンナアーウゥ!ナアオーン!ウウゥ」
ミミリンの只ならぬ鳴き方に屋敷にいたルリナは困惑する。
「ミミリン!?どうしたの!?」
こんな風になったミミリンは初めて見た。どうにか宥めようとしても威嚇される始末。
その姿になせが胸の底から湧き上がる胸騒ぎ……。
その時屋敷の扉が勢いよく開いた。
「奥様……!」
顔面蒼白のユリアの手には、握りしめてぐしゃりと潰れた手紙のようなもの。よく見るとユリアの向こうにはクラウスの部下。王宮からの使者……?
まさか夫に何かあったのか、そう思いサッと血の気が引いた瞬間。ユリアの悲痛な叫びが響く。
「ルーシーお嬢様が……学園で姿を消しました!恐らく、何者かによって連れ去られたようだと……!」
「ナアァーン!ナオーンン!」
もたらされた知らせに、ルリナは頭が真っ白になっていく。遠くでミミリンの異常な鳴き声だけが響いていた。




