急展開
ジャック殿下もリロイ殿下もほとんど学園に来なくなってしまった。
リロイ殿下なんて一応留学生なんだけどそれでいいの?とは思うけれど、もちろんそれどころじゃないんだろう。国と国をまたいで行われている犯罪行為の解決を急いでいるのだから。
ジャック殿下からは1度簡単な手紙が届いた。曰く、ブルーミス男爵や関わっているかもしれない人達に警戒されないよう、普段通り過ごしてくれ、とのこと。そのため相変わらずミリアさんは自由気ままに過ごしている。そして、これも相変わらず私を見つけると不機嫌そうにむっとする。多分、側にいつもアルフ様がいるからかな……。
スミス様達はミリアさんに割く時間を調整して、生徒会の仕事に割く時間を徐々に増やしてくれた。恐らく慣れてきたんだと思う。さすがに仕事ができる人は違うわ……。おかげで私の負担は随分減ったけど、まだ手伝いがいらないとは言われない。
今日は珍しくミリアさんに誘いを断られたとかで、生徒会メンバーがきちんと揃っていた。だから私は、前日に自分が済ませた仕事の説明だけ終えればアルフ様とレイスター家でお茶する予定。アルフ様が授業のことだか何だかでちょうど教師に捕まっていたので、ほんの少しだけだしさっと生徒会室に行ってきたところだ。
ああ、考えなくちゃいけないことは多いけど、とりあえず久しぶりにアルフ様とのんびりできる……早く帰ろう。
そう思って、アルフ様がいる教室に入ろうとしたところで、中から声が聞こえてきた。
――ミリアさんの、声。しまった。油断した。
急いで2人の間に割って入ろうとドアに手をかけた瞬間、聞こえた言葉に思わず体が硬直した。
「君と私が愛し合う婚約者同士だった?ブルーミス男爵令嬢、頭がおかしくなったのか?」
――待って?ミリアさん、まさか……
「こんなこと、信じられませんよね。でも本当なんです!本当に私とジャック様、ルーシー様は時を戻って2回目をやり直しているんです!!言い伝えですもの、知ってるでしょう?時戻りの伝説」
ひゅっと息が詰まる。頭を殴られたような衝撃。どうして。時戻りの話は、3人以外の人には決して話さないと……約束を
一気に血の気が引いて、手も足も動かない。
「まさか、そんなことがありえるはずが……」
「ではジャック様にでもルーシー様にでもお聞きになって!でも、ルーシー様は嘘をつくかも……1度目の時も私がアルフレッド様の婚約者であることをよく思っていなかったから。私とアルフレッド様は愛し合う婚約者同士だったんです!……でも、私がジャック様にどうしてもと望まれてしまって……王族に望まれては断れないでしょう?それにあの時はルーシー様があまりにもひどくて、私もジャック様を放っておけなくて……今ではあなたの想いを受け入れられなかったこと、後悔しているんです……」
う、嘘ばかりじゃない……!
だけど、そんなことはどうでもよかった。別のことで頭がいっぱいだったから。
アルフ様に、時戻りのことが知られてしまった。アルフ様は信じないかもしれない。それほど荒唐無稽な話だから。私だって自分が体験したのでなければきっと信じない。
だけど……これは事実なのだ。アルフ様はどんなことでも私に包み隠さず話してくれているのに、私はアルフ様に、こんなにも大きな秘密を抱えている。
信じなかったとして、きっとアルフ様は今の話を私にしてくれる。けれど……その時、私は嘘をつくの?アルフ様に?でも……では1度目のことを話せるの?私はずっと、殿下の婚約者だったと?ずっと1度目のことを知っていて、あなたに秘密にしていたのだと?
「……本当に、時戻りを君たちがしたのだとして、ルーシー嬢や殿下の思惑で引き裂かれたけど、私達は本当は愛し合う婚約者同士だった……?」
「そうです!」
「それは……もしもそれが本当なら、――これほど嬉しいことはない」
頭が真っ白になった瞬間、思い切り腕を取られ引っ張られた。
驚きすぎて声がでない!必死でもつれる足で引きずられるような勢いで走る!
私を引っ張っているのは……ジャック殿下だった。
2人のいた教室を離れ、誰もいない校舎裏まできて殿下が私の手を離す。
死にそうに苦しくてなんとか息を整える。さっきまでの出来事が信じられなくて、私はその場にへたりこんだ。
「ルーシー嬢」
殿下は痛ましい顔で私を見つめる。なに?これってひょっとして、あの場から私を逃げ出させてくれたつもりなの?
殿下は私の隣にしゃがみ込む。
どっと疲れたし、手が震えて仕方ない。なんだか涙が出そうだった。
殿下はそんな私を、包み込むように腕の中に引き込んだ。
「……すぐに、ブルーミス男爵をあの件に関わったとして捕らえることになる。あとは証拠を見つけるだけなんだ。なかなか尻尾を掴めないが……必ずすぐに見つける」
殿下は低い声で静かに言った。あまり何も考えられない。
「アルフレッド・バルフォアがミリアに少しでも情を抱いているなら……そんな婚約はやめてしまえばいい。そんなやつのことは忘れたらいい。私は今度こそ君と向き合うことを誓う。だから……」
感情がぐっと胸に込み上げる。思わず私を包み込んだままの殿下に手を伸ばすと、殿下の言葉が止まる。
私はそのまま震えのまだ止まらない手で
――殿下の体をぐいっと押しやった。
その腕の中から逃れ、急いで立ち上がる。
「……アルフ様は、そんな人じゃありません。そんな器用な人じゃない。私に嘘をつく人じゃない。殿下、私を慰めようとしてくれているのは分かりますが、アルフ様のことを悪く言うのは止めてください!私は大丈夫です……ただ、時戻りのことを知られてしまって混乱してしまっただけで」
本当は私を慰めようとしてくれたんじゃなくて、殿下が慰めを欲していたのかもしれない。……きっと、ミリアさんの言葉を殿下も聞いたはずだ。
殿下はブルーミス男爵を捕まえるといった。きっと結論が出たんだ。だからどちらにせよ、もう殿下とミリアさんの未来はない。とはいえ、愛する人があんな風に話しているのを聞くのは辛かっただろう。私も同じだと思って一緒に連れて逃げてくれたんだろうということは分かる。殿下はアルフ様のことをよく知らないから……。
だけど、申し訳ないけど今の私に殿下を慰めている余裕はない。
「殿下、ごめんなさい。殿下の方が辛いのに、私が甘えてくよくよして、殿下に気を遣わせてしまって……これじゃダメですよね。まるでアルフ様を信用してないみたい。ありがとうございます。すぐにアルフ様と話します。時戻りのことも……全部」
私は殿下の返事を待たずに身を翻した。今更時戻りのことを誤魔化せと言われては困るから。だってもう秘密なんて持っていたくない。
――それに!今もミリアさんとアルフ様が一緒にいるかもと思うと気が狂いそうだわ?ミリアさん、あんな嘘までつくとは思わなかった!あ、ダメだ、段々ムカついてきた……!もっと多分色々ミリアさんに対しては怒らないといけないことがあるはずだけど、今はアルフ様とのことしか考えられない……!ゆ、許さないからな!嘘でもアルフ様とミリアさんが「愛し合う恋人同士だった」なんて言われたくなかったー!!どうしてあそこで硬直しちゃったのよ!私!さっさと入って止めちゃえばよかったんだ!ううう!!
「はは……慰めたつもりじゃ、なかったんだけどな……そうだよな、そんな虫のいい話はないよな……」
私はグルグルと思考を垂れ流しながら必死に走った。もうこれ以上ないくらい必死よ?普段運動なんて全然しないのに、たった今走ってへろへろなのに同じだけまた走るんだから……!
でも、全部秘密を打ち明けようと決めたら少しだけ体が軽く感じる。
「えっ!?きゃあっ――」
――だけど、私はアルフ様のところまで戻ることはできなかった。




