アルフ様は私を不安にはさせない
学園で次の授業のために移動中、信じられないものを見た。
「――え?」
二階の廊下の窓から見える中庭。そこに2人の男女がいた。とても近い距離で、まるで何かを囁き合っているかのように見える。
1人はミリアさん。こういう光景をよく目にするようになったから、正直「またか」としか思わない。だけど……一緒にいるその人に思わず足が止まる。
「ルーシー様?どうされましたか?」
呆然と立ち止まった私に、アリシア様が不思議そうに振り向いた。
「いえ、なんでもありません。行きましょう」
慌ててアリシア様の隣まで近づく。最後に視界の端でもう1度2人の様子を見た。ミリアさんが、背の高いその人の胸に飛び込む――
その相手は、よく見覚えのある後ろ姿。どう見てもアルフ様だった。
******
放課後、一緒の馬車に乗るアルフ様はどこか上の空だ。
……なんなの?何かあるの?どう考えてもおかしい。
聞いていいものか、どう聞いたらいいのか、悶々と考えていると、切り出したのはアルフ様の方だった。
「ルーシー嬢、あなたに言っておかなければならないことがあります」
「……なんでしょう」
心臓がばくばく大きな音を立てる。
アルフ様のことを信じていないわけじゃない。今更私じゃなくて、もしかしてミリアさんのことが好きなんじゃ?なんて思う程鈍くはないつもりだし。ミリアさんと接触しているにしても、きっと何か理由があるのだと思う。だけど、それが何か分からないから、何を聞かされるのか、想像もできなくて……私は意味も分からずものすごく緊張していた。
「実は最近、ブルーミス男爵令嬢が執拗に俺に接触を図ってきています」
「え……」
一瞬で学園で見た中庭の光景を思い出す。
「あまりにもしつこく教室まで押しかけてくるので、最近はすぐに逃げるようにしていたのですが……なぜか探し出される。あれは野生の獣ですか……」
け、獣って……確かに、軽く捕食者の目をしている気がしないでも……ないけど。
「今日など不意を突いて抱き着かれて……!あれでも令嬢、突き飛ばすこともできずなんとか逃げ出したのですが……まかり間違ってあなたに誤解されてはたまらないので先に言っておこうと。……彼女は少し異常です」
思わず眉をひそめてしまった。ミリアさんは一体、何を考えているの?どうしてアルフ様にまで近づくの?あなたの愛するジャック殿下のために、一途に誠実にできる努力をしようとは思わないの?
――本当に、殿下のことを愛しているの……?
だけど、良かった。アルフ様のことを信じているとはいえ、やっぱり少しモヤモヤと胸に渦巻く気持ちがあったことに気付く。アルフ様が自分から全て話してくれたおかげで、何も心配することはないのだと落ち着くことができた。今日の強引な態度により危機感を強めたらしく、今後はできるだけダイアン様と共に行動し、1人にはならないようにすると言ってくださった。
……アルフ様はいつもそう。
「言わなくても大丈夫」だとか「これくらいいいだろう」とか決して思わない。もしかしたら中には知られたくないこともあるかもしれない。きっとミリアさんを脅威に感じているなんて、少し情けなくて黙っていたかった気持ちもあったんじゃないかなと思う。
アルフ様の、微妙な表情をじっと見つめる。
それでも、「もしも私が知ったとしたら」。いつもそうやって、まず私のことを考えてくれるのだ。
私がアルフ様の気持ちをとんでもない誤解で勘違いしていたと知ったあの時から。
いつだって私が余計な不安や悲しみを感じないようにと気を配ってくださっている。
「ルーシー嬢、今日はすごく疲れたので、レイスター家で休憩していってもいいですか?」
私の様子を窺うように見るアルフ様に思わず笑みが零れる。
「ふふふ、いいですよ。先日お話したミスリの薔薇が少し蕾をつけているので、是非見ていきませんか?」
アルフ様は疲れることや嫌なことがあると、こうしてレイスター家で一緒の時間を過ごしたがる。
――私との時間がアルフ様の休息になっているなら、こんなに幸せなことはないなと思う。
「もう蕾が?さすがですね!なかなか育てづらいと言っていたのに」
「マリエ様が丁寧にコツと注意事項を書いてくれてますから。不思議でしょう?一緒に育てる植物や土で匂いが全く違うんですよ?」
「匂いが?」
「ええ……残念ながら、どうやっても王妃様が作ったポプリのような香りにはならなくて――」
屋敷についた後も、バラの話をしながらガーデンテラスでお茶をした。無事にあの花が咲いたときにゆっくり堪能できるよう、このテラスから見える位置にミスリの薔薇を植えている。
多分アルフ様はバラにはそんなに興味がないと思うけれど、私があまりに喜んで話すものだから、ずーっと聞き役に徹してにこにこと笑顔で話を聞いてくれていた。
――――――――――
夜――。
レイスター家の面々がそれぞれ自室に戻りゆっくりと就寝前の時間を過ごしている頃。
ガッシャ―――――ン!!!!!
突然、屋敷中に何かが倒れるような大きな音が響き渡った。
「な、なんだ!?侵入者か!?」
「姉さん、大丈夫!?」
「え、ええ。私は大丈夫よ。一緒に下に降りてみましょう」
「あなた、これ……!」
「嘘でしょう……??」
音に導かれ、一つの部屋に集まった一家。
全員が言葉を失い、我が目を疑う光景が広がっていた……。
大きな棚の上段の中身がこれでもかと全て床に叩き落されて散らばりまくり、部屋中が大惨事になっていた。
「な、なにこれ、なんで――」
そんな呟きをものともせず、しれっとこちらを見る犯人。
「にゃあ~ん?」
「み、ミミリン…………」
家族全員が、脱力した。
そして家族4人がかりでなんとか部屋を片付け――あっという間に夜が明けた……。
「あれ?これって……」




