久しぶりのマリエ様!と、隣国のバラ
年明けぶりに、マリエ様がグライト王国へ帰ってきた!
「マリエ様!お久しぶりです!」
「ごきげんよう、ルーシー様。お元気そうで良かったです」
アリシア様も含めた私達3人は、いつものようにシャラド侯爵邸に集まっていた。
の、だけど……
ほんの少し顔をひきつらせたアリシア様はその人を見て思わずといった風に呟いた。
「あの?どうしてリロイ殿下がうちに……?」
にこにこと、当然のような顔をしてマリエ様の隣にちゃっかり座っているリロイ殿下!
アリシア様がこれほど淑女じゃなかったらきっと絶叫してたわよ?
苦笑するマリエ様の隣で、殿下は平気な顔で言った。
「だってマリエも俺の友達だからな!ルーシーも友達だ。てことは、2人の友達も俺の友達だろ?」
何理論なの……?思わずじとりと睨むも、殿下はにかっと笑顔で返してきた。だめだこりゃ……。
もうこの際、殿下のことは気にしないことにする。目を丸くしているアリシア様には申し訳ないけど仕方ない。殿下も自分で勝手にマリエ様に付いてきておいて、不敬だなんだと言うこともないでしょう。元々そういうことをおっしゃらない人だし?
それよりも!
「マリエ様、また薬草茶をたくさんいただいて……ありがとうございます!」
マリエ様はグライト王国に帰ってくるたびに薬草茶や珍しい植物などをお土産に持ってきてくださるのだ。そしてさすがユギース家の薬草茶。これがよく効く!味も美味しければ疲労回復効果も高く、レイスター家はここ数年風邪すら引かない。
お父様の危機だった、あのハイサ病の頃から、我が家の健康はユギース家に作られています……!!
もう、現在のユギース家があるミラフーリス王国の方角へは足を向けて寝られないと本気で思う。
「いえ、私がお2人に差し上げられるものなんて、これくらいしかなくて……」
照れたように謙遜するマリエ様も相変わらず可愛い!!
「これうめーなあ……!」
1人マイペースにシャラド侯爵家のお菓子を堪能するリロイ殿下をよそに、私達3人は今日もまた楽しい時間を過ごしていた。
殿下、分かるよ!シャラド侯爵家のお菓子って本当にいつ頂いても美味しいのよね!
そういえば、とふと思い出す。
「マリエ様、いつだったか陛下が新種のバラを王妃様に贈っていたのだけど、御存じありませんか?隣国からだと聞いたので、ミラフーリスのものかなと思うのですけれど……」
土が薬草栽培に適しているからとユギース家が移住する程であることからも分かる通り、ミラフーリス王国は薬草以外でもたくさんの木や草花が豊富な植物大国だ。新種の花や薬草の多くはミラフーリスで発見されている。
もちろん植物には色んな種類があり、逆にミラフーリスの環境ではどう頑張っても育たないものなどもあるけれど。
王妃様が見せてくださったポプリの匂いの特徴や、土が合わず全て枯れてしまったらしいことなどを伝えるとマリエ様はすぐに分かったようだった。
「その時期の新種で陛下が王妃様に贈ったもので、グライト王国では育てにくいものならば多分……」
「ミスリの薔薇だな」
さっきまでお菓子に夢中だったリロイ殿下が顔を上げる。
「ミスリの薔薇というんですね。そのバラを分けていただくことはできませんか?」
「なぜ?」
間髪入れず問いかける殿下に少し戸惑う。どうしてそんなに険しい顔をしているの?
「王妃様がとても気に入ってらしたんですが、先ほども言ったように全て枯れてしまったらしくて。とても落ち込んでいたので、私が育ててプレゼントできないかと思ったのですけど……」
マリエ様はちらりとリロイ殿下の様子を窺う。殿下は私をじっと見つめていた。なに……?ミスリの薔薇にはなにかあるの……?
やがて殿下は、はーっと大きく息を吐いた。
「マリエ、ルーシーに少し分けてやれ」
「よろしいのですか?」
「ルーシーなら大丈夫だろ。お前がちゃんと注意事項を伝えろよ?……ルーシー、ミスリの薔薇は少し特別なんだ」
「特別、ですか?」
殿下は頷く。
「詳しくはマリエに聞いて。絶対に注意事項は守れよ?それから、ルーシーが育てたバラを加工した物や切り花としてきちんと処理して贈るのは許すけど、人が育てるために譲るのはダメだ。これから少しずつ流通もしていくことになるけど、基本的には取り扱う商人にも許可が必要になるものだからな」
……なんだか思った以上に物々しいんですけど?
「それ、本当に私が分けていただいても大丈夫なのですか?」
「今は王族が許可すれば良いことになっている。グライトの陛下はきっとミラフーリスの陛下か、うちの兄王子の誰かに許可をもらったんだろう」
そんなものなのかな?……まあ、私から人に贈るのは王妃様だけにしておこう。
「あれは育てるの大変だぞ?頑張れよ!ミラフーリスでも数を増やすのは難しいんだ。多分、グライト王国で多くを育てようと思ったら、庭園の一角をミスリの薔薇でうめるだけでも10年はかかるんじゃねえかな?」
そ、そんなに!?確かに、それだけ繊細なものならば王宮のお抱え庭師が枯らしてしまっても無理はないのかも……。
「ルーシー様はギュリ草を育てたこともあるんですから、注意事項を守って少ない数を大事に見ていればきっと大丈夫ですよ。数を育てようとするとぐっと難易度が上がるんです」
余程不安そうに見えたのか、マリエ様が励ましてくれた。
「ねえ、そろそろ植物以外の話をしてくれません……?私だけついていけませんわ」
不満げなアリシア様の声に、そこでミスリの薔薇の話は終わった。
帰る頃にはアリシア様とリロイ殿下もすっかり仲良くなっていた……。
リロイ殿下のコミュニケーション能力の高さ、おそるべし!
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後日、帰国したマリエ様から約束通りミスリの薔薇が届けられた。
中心から外に向けて、濃いピンクから徐々に薄い紫色に変わっている、すごく珍しい花ビラ……とても神秘的で、想像以上に美しかった。
これは確かに、王妃様が喜びそうだわ。
実はミスリの薔薇自体はずっと前からミラフーリスでは認知されていたものらしい。しかしあまりにも育てるのが難しいため、生育条件などがはっきりした時点で他国に向けても新種として発表されたのだとか。
「そういえば、王妃様が見せてくださったポプリのような強い香りはないのね……」
その謎はマリエ様が同封してくださった注意書きですぐに解けた。なるほど、確かにこれは大変だ。流通に慎重になるわけも分かった。
――3人の前では言えなかったが、これは王妃様のお見舞いとして贈りたくて頂いたのだ。
王妃様が倒れ、あまり起き上がれない状態であることは伏せられている。とはいっても高位貴族には知られているはずなので、アリシア様はもしかしてご存じかもしれないけれど。
ミスリの薔薇を綺麗に咲かせて、王妃様に贈ったらきっといいお見舞いになるはずだ。
「よーし!」
「お、ルーシー様、やる気ですな!」
オズバンドが嬉しそうに笑う。
薬草栽培を止めてしまってから随分経ってしまっている。我が家の庭師、オズバンドとの久しぶりの共同作業だ!
私は注意書きを見ながら、丁寧に苗を植え付けていった。




