そんな話は初めて聞いた
殿下はクスクス笑いながら、上目遣いでこちらを見る。
……その顔やめろ、可愛いな、外見天使。(中身はくそやろう)
「君もそういう顔でそういうことを言うんだね……我儘で傲慢でいけ好かないだけの、その辺によくいるつまらないご令嬢と同じだと思っていた」
「はあ」
とんでもないことを平気な顔で言い放つ殿下。
私以外にはちゃんと優しい王子様だと思っていたけど、周りのご令嬢を一括りにそんな風に思っていたのか。ていうか本当にものすごい言われようだ。私に対しては初対面からずっと嫌っていたみたいだったけど、どの時点でそこまで嫌うほど我儘で傲慢でいけ好かないと判断したの……?とりあえず、文句を言う気も起きない程私や他の令嬢への偏見がすごい。
「私のことが大好きな君がまさかそんなことを言うなんてね。ミリアのことを聞いてようやく吹っ切る気になったのかい?」
「は?」
「ん?」
今この人、なんて言った……?
殿下も私のぽかんとした様子に違和感を抱いたようで、不思議そうに首を傾げている。
いやいやいや。
「あの……誰が誰を大好きですって……?」
「君が、私をだろう?」
「……私、殿下のことを好きだったことなんてありませんけど」
「えっ」
殿下は私の言葉に口をあんぐりと開けた。心底びっくりしたみたいな顔してるけど、こっちがびっくりだよ……!!
「……強がっているのか?……と、思ったけど、どうもそうでもないみたいだね……」
「はい」
とりあえず即答すると殿下は両手で顔を覆った。
「そもそもどうしてそのような勘違いを?」
「勘違い……それは、だって、君が」
「私、1度でも殿下のこと好きだとか言ったことありましたっけ?」
「それは……ないな」
「そうですよね?好きだとか以前に、私達ろくな会話したことすらほとんどないんですもの」
「なんてことだ……」
そう呟いたきり頭を抱えてしまった様子を見るに、どうやら本気で私が殿下を大好きだと思いこんでいたようだ。いやいや。今までの私達の関係でどうしてそう思えたのよ。頭の中お花畑か。
項垂れたままの殿下を無視して目の前のカップケーキを食べる。
お、クマさんがチョコ味でウサギさんがイチゴ味ね!うーん、やっぱり美味しい!あるはずのお茶会がない日は嬉々として厨房に入り浸るくらいには、私はこの王宮お抱えのパティシエが作るお菓子が大好きだったのだ。
しばらくそうしてお菓子を堪能していると、殿下がおもむろに口を開いた。
「母上が……母上が言ったんだ」
「はい?」
「この婚約は私に一目ぼれした君がどうしてもとレイスター公爵にねだって結ばれたものだと」
「は……?」
思わずお菓子をすくったフォークを口に運ぶ手が止まる。
「当時10歳とはいえ、その頃からご令嬢達の媚を売るような態度や、他の令嬢を蹴落とそうとするような醜い姿ばかり見ていてうんざりしていたんだ。そこにきて君との婚約が君の気持ちで成ったと聞いて……権力を使って自分の我儘を通すとはなんて奴だと、会う前から君のことが大嫌いになった」
なるほど、それでさっきの「我儘で傲慢でいけ好かない」に繋がるわけか。なんとなく読めてきたぞ。
きっと王妃様は良かれと思ってそんなこと言ったんだろうな~。妃教育でよく会っていた王妃様を思い浮かべる。王妃様と国王陛下は政略結婚ではあったものの互いに会った瞬間恋に落ち、恋愛結婚の夫婦も真っ青のラブラブっぷりだ。もちろん陛下は側室も愛妾も持たず王妃様一筋。公務はばっちりこなすものの、元々おっとりと優しく可愛らしい人だから、きっと「自分たちみたいになれるように」とかなんとか考えたのではないだろうか。
……完全に逆効果ですよ、王妃様!息子の気持ちを見誤りすぎている……!
「それで、私に対してずっと嫌悪感もあらわな態度だったんですね」
「すまない」
「とりあえず、誤解が解けたようで何よりです。ありもしない恋心を疎まれるなんてさすがに遠慮したいので」
「すまない」
「でも、もしも私が本当に殿下をお慕いしていたとして、ここまでの態度でさすがに恋慕も消えてなくなっていると思いますけど」
「すまない」
「それから、あと1つ言わせていただけるなら。もし殿下の勘違いが勘違いではなく事実だったとしても、それでも一応婚約者。殿下の態度は決して許されるものではありませんでしたよ」
「すまない……」
さすがに自分の勘違いに気付いていたたまれないようで、殿下はどんどん俯くばかり。「すまない」しか言わなくなっちゃったし。
まあいいか。本当に殿下に恋をしていたなら今までの仕打ちは耐えられなかっただろうけど、私は幸いそうではない。言いたいこと言えて少しスッキリしたし。
「まあそうやってご令嬢方を穿った見方しかできなかった殿下に、ミリアさんという最愛が見つかって良かったではありませんか。あのまま結婚する羽目になっていたらきっとこうして誤解が解けることもなく、仲の悪い夫婦になったのは目に見えていますし。私も誤解が解けて良かったです。……ある意味ミリアさんのおかげですね」
なんたってミリアさん、可愛いし。やっぱり可愛いって正義よね。もちろん恋愛対象というわけではないけれど、可愛い子って癒されるのよね。思い出して思わず顔が緩む。こんな出会いでなければミリアさんとも仲良くなりたかったな~。
よし、殿下と婚約解消したら今度こそ可愛い女の子のお友達をたくさんつくるぞ!
そんな風に決意していると、なぜか殿下は目を丸くして呆然としていた。
「殿下?大丈夫ですか?」
「――ああ、いや、すまない。つくづく君のことを誤解していたと思って。……実は、時戻り前、ミリアは令嬢方に随分と嫌がらせを受けていたようなんだ」
「まさか、それを私が行っていたと思ってたんですか……?」
「だが、ミリアがそう……いや、君はそんなことしそうにないよな。本当にすまない」
さすがに心外である。……まあもういいか。全部誤解ってわかってもらえたわけだし。怒っているのって疲れるのよね。
それにしても、ミリアさんってそんな酷い目にあっていたの?聞いたことなかったから知らなかった。私に友達がいないから誰にも教えられなかったのかしら?さすがに耳に入りそうだけど。
まあ男爵令嬢が婚約者のいる王子様の恋人だなんて、確かにご令嬢方は面白くないだろうし、格好の餌食よね。もちろん悪いことだけど、ある意味当然だし仕方ないことだとも思う。
「……とにかく、私が言うことではないが誤解は解けた。これからは友人として、私が無事ミリアと結婚できるように協力してくれないだろうか?」
この王子様、私に気持ちがないと分かった途端図々しいな!
まあ協力するのはいいけど!言っとくけど、それとこれとは別で私への仕打ちを全部なかったことに出来るわけじゃないんだからな!
「……その代わり、私の父を助けるのにもいざと言うときは手を貸してくださいね?」
「もちろんだ」
とにもかくにも、殿下なんかと絶対関わらないと決めた私の誓いはものの数十分で終わることとなり、私と殿下は通算9年の付き合いにして友達になったのだった。
あってないような9年だったけどね!




