見たままではないもの
生徒会室で殿下に不穏な事件の話を聞いて数日。
学園で、これまた不穏な話が密かに広まっていた。
いわく、『ルーシー・レイスター公爵令嬢が、ミリア・ブルーミス男爵令嬢をいじめているらしい』とか。何それ?
「全く、馬鹿な噂ですわね。ルーシー様があの方を虐げる理由があるなら教えてほしいものですわ?」
憤慨するアリシア様に、ちょっとだけ心が温かくなる。
正直なところ、話は広まり私自身の耳にも入る様になったものの、何もそれを皆が信じているわけではない。大体は噂を聞いた上で、「何を馬鹿なことを、そんなわけがない」という感想までが話のセットなのだ。
――私、2度目の今回は友達がたくさんできて本当に良かったと思う!皆大好き!ありがとう!
信用されないのも、人に悪く思われ言われるのも、それが辛いと言うことは身をもって知っているから……。
そして、最近の変化はもう1つ。殿下は学園に来ている間もミリアさんに自ら関わることを控えるようになり、代わりの様に殿下の側近の何人かが彼女に侍るようになった。
殿下は随分参っているみたいだったから1度距離をとるのは悪くない判断かもしれない。でも、側近の方は?どうしちゃったの?
ほんの少しだけ、1度目の光景がよぎりモヤモヤとする。
彼女に侍っている、その筆頭がディオ・スミス侯爵令息だ。そう、私がまだアルフ様の婚約者候補になる前、お見合いラッシュの際に一度一緒に出掛けたあの方。
スマートな優しさと整ったお顔立ちは相変わらずで、そんなスミス様にかいがいしく世話を焼かれて、最近のミリアさんはとてもご機嫌のようだ。
「ミリアさんもスミス様も、一体何がどうしてそうなっているのかしら……?」
食堂でいつもの5人で昼食をとっている時に、少し離れたテーブルでスミス様と談笑するミリアさんを見ながら思わずぽつりとこぼす。それを聞いてアルフ様が言った。
「あれは……ひょっとして、殿下の為ではないでしょうか?」
「殿下のため?」
よく分からなくて、アリシア様と目を見合わせる。
「最近のブルーミス嬢の行動は目に余りますからね……それでも彼女は一応殿下の婚約者候補だ。その言動がこれ以上行き過ぎないように自分が1番近くにいることで行動を制限しようとしているか、もしくは単純に彼女の目的を探ろうとしているか……」
「行動の目的、ですか?」
「彼女の言動はあまりに不可解ですからね。せっかく殿下の婚約者候補になったというのに、あっちにふらふらこっちにふらふら、あれじゃあ自分の首を絞めるか、殿下の評判を落とすことにしかならない。一体何を考えてあんな行動をしているのか。……何も考えてないのかもしれませんが」
それを聞いてダイアン様もルッツ様も頷く。
「確かに、例えばもしもアルフレッドやルッツが殿下の立場だったりしたら私もそうするかもしれませんね」
「僕も分かるな~!こういうのって、本人が動いても本音なんて隠されて終わりですしねっ!自分に気があるんだなって思うとああいう女の子は口が緩むものだし~」
「それに、あそこまでひどいと婚約者候補になったこと自体、なにか裏があるんじゃないかって疑いたくもなりますしね」
もはや、ミリアさんの行動は彼女の殿下に対する愛情にさえも疑問を与えているようだ。
「もちろん、アリシア嬢がいる今は何があっても他の女性の側に侍ることはしたくありませんけどね」
ダイアン様はアリシア様に甘い視線を送りながらそう続けた。予想外の流れ弾に真っ赤になるアリシア様!
うーん!ご馳走様です!
ふと、1度目のダイアン様やルッツ様を想いだす。
2人とも、ミリアさんの側で親しくしていたのは……もしかして、そういうことだったの……?
今となっては分からない。だけど、この3人は本当に仲が良くて。
アルフ様の婚約者だったミリアさん。その上で、彼を蔑ろにして殿下と堂々と恋人同士になっていた。そこに他の信奉者と同じように彼女に侍るダイアン様やルッツ様……。
お2人が、アルフ様の立場も心も踏み躙ってミリアさんに傾倒していたなんて、どうしても違和感がある。
1度目に私が見ていたものは、見たままのものばかりではなかったのかもしれない。
顔を上げると、食堂の外の廊下にジャック殿下の姿が見えた。なんとも言えない顔でミリアさんとスミス様を見つめている。
「あっ!ジャック様〜!今日はいらしてたんですねっ!こっちに来てください〜!」
ミリアさんの大きな声が食堂中に響く。彼女の中に、妃教育は全く残っていないようだ。
「ミリア、すまない。これからまた城に戻らねばならないんだよ」
「そうなんですか?今日も大変なんですね……」
「ごめんね?今度ゆっくり時間を作るから、またカフェにでも行こう」
「はい!うふふ、それで許してあげますねぇ〜」
嬉しそうににこにこと笑うミリアさん。
殿下はスミス様に頷きかけるとその場を去っていった。
ミリアさん、あんなにやつれた殿下を見て労りの言葉1つ出てこないの?あなたの愛する人でしょう?本当に何とも思わないの……?
夜。自分なりに今回起こっている事件のことを少しだけ調べた。今はまだ全ての不審死に関連性があるとは考えられていないから、ほんの少ししか分からなかったけれど。
そして、あることに気づく。
「同じだわ……」
亡くなっているのは皆、1度目でも命を落としたり、いつ亡くなってもおかしくない程長く症状に悩まされ衰弱していた人達だった。
確かにこれは、きっと無関係じゃない。
なぜか、無邪気にジャック殿下に笑いかけた食堂でのミリアさんの姿が思い浮かんだ。
底知れない気味の悪さがずっと、あの笑顔を見てから付き纏っている。




