学園生活、そして一方で
朝、屋敷の前にバルフォア家の馬車が着く。
「ルーシー嬢!おはようございます」
「おはようございます、アルフ様」
輝かんばかりの笑顔のアルフ様がわざわざ馬車から1度降り、私をエスコートするためにエントランスまで迎えに来てくれる。入学後から毎日これで、もはや日課だ。この笑顔を見ると「あ~今日も1日始まったな」と思うようになってしまった。
さて、今日も素敵な1日になりますように!
「にゃあーん!にゃおん」
ミミリンはすっかりアルフ様が大好きなようで、私の登校に合わせて必ずアルフ様を迎える。今日も足元すりすりして親愛のマーキングだ!
「ミミリン様も、おはよう!」
愛らしいミミリンにもご満悦で挨拶するアルフ様。ねえ、ずっと思ってたけどどうしてミミリンまで「様」付けなの???
最初は一緒に出迎えていたお父様はすっかり拗ねて顔を見せない。
「ルーシーもミミリンもアルフレッドの味方……」
味方も何も婚約者だしね?そもそもお父様とアルフ様も別に敵じゃないでしょ?何と戦っている気分なの?
まあそのうちひょっこり顔を出し始めるだろうから特に気にしない。デビュタントの時に言っていた通り、なんだかんだでアルフ様を気に入っているから。きっとこうやってじゃれるように文句言っているのが楽しいのだ。
学園に着き、門の前でまたアルフ様の手を借りて馬車を降りる。
途端にざわっと周囲が色めきだつ。これにももはや慣れた。
「今日もバルフォア様とレイスター様は麗しいわ……」
「美男美女ずるい」
「ああ~俺もレイスター嬢の手を1度でいいから握ってみたい」
「馬鹿、武のバルフォアの次期当主様に殺されるぞ!」
「バルフォア様はレイスター様の隣にいる時が一番素敵だわ……」
ひそひそと何事かずっと囁かれている。うーん、敵意はないのは分かるけど、いつも何を言ってるの?絶妙に聞こえない。さすがにこんなに分かりやすく悪口は言わないと信じたい。前回の私ならさもありなん、今回は特に誰からも嫌われていない。と、思う!
とりあえず、なんだか私達の登校はすっかり見世物の様になっているような……。
それもこれもアルフ様がうっとり全開を隠さなくなったせい!
ちらりと隣に立つ彼を見上げる。そろそろ16歳の私達。出会った時は美少年だったアルフ様はすっかり素敵な青年だ。こりゃ女子もうっとり見つめるわ……。
「??ルーシー嬢、どうかしました?」
「いいえ?今日もアルフ様は素敵だなって思ってただけです」
「!!!あ、ありがたき幸せっ……!」
私はあなたの主君か??
「おはようございます、ルーシー様」
「アリシア様!おはようございます!」
教室の前でアリシア様と遭遇する。
「僕もいますよ~!皆さんおはようございます!」
「ルッツ様も今日もお元気そうね!」
アルフ様と別れ教室に入ると、わあわあと他のご令嬢方も挨拶してくれる。
うんうん、今回の私はなんだか皆に受け入れられている気がする!孤独じゃないって素敵!疎外感も無駄な緊張感もなく笑顔で挨拶できる朝の何と幸せなことか。
お昼は最初の約束通りアリシア様と食堂へ。
気がつけばアルフ様とダイアン様も合流するようになり、寂しがったルッツ様も合わせて5人で集まることが多くなった。
いつだって、誰かと一緒にいる。もちろん他の友達もできた。私が甘い物に目がないと知って、皆さん今度是非カフェに行きましょう!と誘ってくれる。授業の理解度も問題なし。なんたって私は2回目だからね?そして妃教育を修了している身である。全てが復習で余裕しかないわ?
だけど、自分が幸せで順調であればある程、気になることがある。
「あら、ブルーミス男爵令嬢はまたなのね」
一緒に歩いていたお友達の1人が少し咎めるような声で呟いた。
移動教室の途中、廊下の窓からたまたま目に入ったBクラスの教室の中に、笑顔で男子生徒に話しかけるミリアさんの姿があった。いつ見ても可愛らしい笑顔で、愛らしい笑い声は廊下まで聞こえてくる。
正直なところ、それを見て眉を顰める人は少なくない。
最初の頃、ミリアさんは見かける度に1人だった。たまに殿下と一緒にいることもあったけれど、2人の間に流れる空気はあまり楽しそうとは言えなくて。そのうち、今の様に男子生徒と談笑する姿をよく見るようになった。否、ミリアさんがそうして笑いかけている姿を、だ。
相手の男子生徒は……ほんの少し困っているようにも見える。
当たり前と言えば当たり前よね。相手はいまだ候補であり正式な婚約者ではないとはいえ、殿下が「愛する人である」と明言したご令嬢。下手に近づきすぎて殿下の不興を買いたい者などいるはずもない。
それでも……。
1度目は、それでも彼女はたくさんの男子生徒に囲まれていた。その中にはちらほらと女子生徒もいたように思う。時戻りしたばかりの時、殿下が言っていたように嫌がらせがあったのだとしても、表面上は楽しそうに過ごしていた。
今回は――。少しずつ様子が違う。
ミリアさんと話していた男子生徒が、何事か言葉を発したと思ったらすぐにその場を後にした。声は聞こえても、何を話しているかまでは聞こえない距離。残ったミリアさんは不満そうに顔を歪めている。
ふと目が合った。見つめすぎたのか……ミリアさんはそのまま私をひと睨みした。私はそっと目を逸らし友人たちとそのまま立ち去る。
「ブルーミス男爵令嬢はなにがしたいのでしょうね?あまり男性に話しかける姿ばかり見られていてはよろしくないでしょうに」
一緒にさっきの光景を見ていたアリシア様が首を傾げる。
その通りだ。
殿下は何も言わないのだろうか?
これはあまり良くない傾向のように感じる。
そもそも、1度目にミリアさんと仲良くしていた男性方で、今回も彼女と親しくしている姿はほとんど見られない。私がたまたま見ていないだけかもしれない。それでも、アルフレッド様は私の婚約者だし、ダイアン様にもアリシア様がいる。(あいかわらず2人はすごく仲良しだ!)ルッツ様も私達か、他の男子生徒といるばかりでミリアさんと話している姿は見たこともない。
「ダイアン様はミリアさんのことを何かおっしゃっていましたか?」
「ダイアン様ですか?どうして?何も聞いてはいないけれど……」
「そうですか……」
「ただ、相変わらず妃教育が上手くいっていないとは聞きますわね。男性とのあの距離感を見ていると、妃教育どころか淑女としてのマナーも怪しいところですわ?」
確かにそうだと思う。ミリアさん……一体何をしているの?




