デビュタント2
扉が開き、王族が入場する。
陛下、王妃様、ジャック殿下と続き、最後にジャック殿下の弟君の第二王子セオドア殿下が席に着く。
挨拶は爵位の高い者からになるので、私もお父様と向かう。公爵家で今年デビュタントを迎える令嬢は私ともう1人だけだ。
「アリシア様、アルフ様、またあとで」
「あ、ルーシー嬢」
「?」
呼び止められ、何かと振り向いた瞬間、アルフ様はものすごく近くにいた。
わ!顔がアルフ様の胸元にぶつかるかと思ったわ!?な、なに……?
驚いて彼の顔を見上げると、至近距離で目が合った。うわ!ますます近い!?……と、思った瞬間、おでこに柔らかいものが……ちゅっと、軽いキスを落とされていた。
こ、こんな人前で……何するのよ……!!!
視界の端でアリシア様がニヤニヤとして、その口が「まあ」と動くのが見えた。
慌てて手で額を隠す。恥ずかしくて睨みつけると、アルフ様はにこーっと嬉しそうに笑った。
「ルーシー嬢が可愛すぎるから、離れてる間に悪い虫がつかないように!行ってらっしゃい!またあとで」
普段わあわあと私を褒めそやし「奇跡だ!」「天使だ!」と騒いでいる割にこういうときに恥じらいもなく大胆なことをするの……やめてよ……!
きっと顔が真っ赤だわ……慌てて平常心を保とうと必死に深呼吸しながら振り向くと、お父様がめちゃくちゃアルフ様を睨んでいた。ひえ!
「あいつ……調子に乗ってるからしばらくうちの屋敷出禁にしようかな……」
「それは……やめてあげて」
私も会えないと寂しいから。なーんて、言わないけどね!!
先に挨拶していた公爵家のご令嬢の次に王族の前に出る。膝を折り、正式な礼を取る。お父様も隣で深く頭を下げた。
「レイスター公爵、ルーシー嬢。デビュタントおめでとう。今日が良き日になるよう、楽しんでくれ」
「ありがたきお言葉」
「ルーシー、今日のあなたは一段と綺麗だわ!バルフォア家のご令息とも仲が良さそうで何よりよ」
ふふふ、と笑う王妃様!さっきの、見られてた……。
「あ、ありがとうございます……」
「また時間があるときにお茶しましょうね」
王妃様の優しさに心が温かくなる。私がジャック殿下の婚約者だったときも、王妃様はずっと優しかった。またお茶の席を共にするのは現実きっとなかなか難しいだろうなと思うけど。
最後にもう1度礼を取り、その場を後にする。
顔を上げて立ち去る瞬間、ジャック殿下と目が合った。
「……??」
なぜか呆然とした顔をしていたような気がする。気のせいかな?ジャック殿下も色々大変そうだから疲れているのかも。
挨拶が次々と終わり、ファーストダンスの時間になった。
お父様がにこにこと私の手を取る。
「いやあ、嬉しいなあ!デビュタントでルーシーのエスコートをして、ファーストダンスを踊るのが君の父親になった瞬間からの夢の1つだった」
夢が1つ叶ったと笑うお父様。
「ふふ、じゃあ他の夢は?」
「それはもちろん、世界一綺麗な花嫁になったルーシーをエスコートすること……」
横目でチラリとアルフ様を見ながら呟く。ちょっとだけお父様の目が寂しそうに見えたのは気のせいじゃないと思う。
やばい、今日1番胸に込み上げるものがある。ダンスの時間じゃなければ、思い切り抱き着きたかった。
「お父様はね、ちょっぴりアルフレッド君が嫌いだ。ルーシーを攫っていく予定の男だから」
「まあ、お父様ったら」
「でも、それ以上に彼が好きだよ。彼ならきっとルーシーを幸せにしてくれる」
「……私もそう思うわ」
「ルーシーが幸せそうに笑うのを見る度にお父様も幸せだ」
今日から私は大人の一員になる。これから学園に通い、結婚はまだまだ先。だけど一つの区切りとして、お父様も色々感じているんだろうな。
ダンスが終わりホールの隅に移動する。そこにはバッチリアルフレッド様が待ち構えていた。
「ルーシー嬢、次は私と踊っていただけますか?」
アルフ様のかっこつけバージョン再び。私とアルフ様が踊り始めると、あちこちからため息が聞こえた。
そうでしょう、アルフ様はいざとなったらかっこいいのよ!!ちょっとだけ鼻が高い。
しかし……案の定というか、踊っている距離が少し近い気がするわ……?
さっきの不意打ちおでこキスのこともあるので、ちょっとだけ文句言っとこうかなと思ったけれど、その前に
「ああ……俺は最高に幸せだ……幸せだ……死なないよな?」
なんて小さな声でブツブツと呟いてたから笑ってしまって言えなかった。
「アルフ様……私も幸せなので、死なないでくださいませ?」
「!!!……ルーシー嬢!」
でも!やっぱりちょっと近いから!!!
本当に困る……嬉しくて。
――――――――――――――
ジャックは呆然としていた。
(あれは……誰だ?)
誰だも何もない。ルーシー・レイスター公爵令嬢。自分の元婚約者。よく知っている人物だ。
いや、本当ならばよく知っているはずだった人、だろうか。
だけど――。
(あんな笑顔も、できる人だったんだな……)
会場に入った瞬間から目に入った。あまりにもそこだけ他と比べても華やいでいたから。
アルフレッド・バルフォアが彼女に触れた瞬間の恥ずかしそうに睨みつける、だが幸せでたまらないというのがありありと分かる顔が目に焼き付いている。
(あれは、多分私へ見せつけるつもりもあったのだろうな)
その証拠に、ルーシー嬢が後ろを向いた瞬間、あの男と目が合った。
別に敵意を向けられたわけでも、睨まれるようなことがあったわけでもない。それでもいいようのない居心地の悪さを感じたのはなぜだろうか。
王族席へ近づき、挨拶をするルーシー嬢を間近で見てまた息を呑む。
(彼女は、こんなに美しい令嬢だっただろうか?)
父親とダンスをするときの幸せそうで、少し切ない表情。その後またバルフォア侯爵令息の元へ戻り、恥じらいながらも、安心しきった表情。どれも自分の知らなかった顔だ。
『いつも無表情で、冷たい目をしていて、近寄りがたい人形のようなご令嬢』自分がいつだったか評したような人間はどこにもいない。
なぜか言いようのない焦燥感を覚えた。
ひょっとして自分は、何か大きな勘違いをしていたのではないだろうか。
自分は――。
そして、デビュタントの夜が終わる。




