デビュタント1
デビュタントの日はあっという間にやってきた。
真っ白なエンパイアドレスを身に纏う。デコルテから肩まで大きく開いたデザインで、大人っぽさと可愛さが両方ある。最高に素敵。
そっとドレスの胸元に手を当てる。ふと目の前の姿見を見ると、そこに映る自分の顔がものすごく緩んでいてびっくりした。後ろに控えるユリアが微笑ましそうに笑っているのも鏡の端に映っている。
ちょっと恥ずかしくて、慌てて顔を引き締めた。
でも、今日は仕方ないよね?……このドレスもお父様が用意してくださった物。つまり、1度目とは全く違うドレス。1度目とは比べ物にならない、ずっと素敵なドレス。
前の時はお父様の喪が明けたばかりで、準備をする気力もあまりなくて……そこそこの質の既製品にほんの少し手を加えたものを着た。デビュタントの場で暗い顔をしているわけにもいかず、必死で笑顔を貼り付けて気を抜けば湧き上がってくる涙を隠すのに必死だった。
――お父様が1度目と同じようにハイサ病で倒れたと聞いたとき、取り乱す私をアルフ様は抱きしめてくれた。「大丈夫だ」って、何度も言いながら。
殿下はどうだっただろうか。確かお父様が亡くなった後も、葬式に顔を見せたくらいで言葉をかけてくれることもなかったように思う。
まあ、よく考えれば当然よね?そもそも嫌っている婚約者。普段からろくに話もしないのに、急にあんな風になってやつれる私にかける言葉などあるはずもない。
時々、こうして意味もなく1度目との違いを比べてみたりする。あまりいいことではないのかもしれない。だけどきっと、そうして1度目の辛かった自分の心を慰めたいのだ。
そして、アルフ様が側にいてくれる幸せをより強く感じる。
不幸を全く知らない人間は、どんなに幸せでも満たされることはないのだと聞いたことがある。いつだって幸せであることしか知らないと、自分が幸せだということにも気づかない。だから、幸せになるために不幸があるんだと思う。その証拠に私は今、1度目を思い出す時だって涙が出そうに幸せだ。
「ルーシー嬢!ああ今日も本当に天使……最高に可愛い……この人が俺の婚約者だなんて実は長い夢を見ているだけだったらどうしよう、もしそうなら2度と目覚めたくない」
「あ!こら!アルフレッド!僕より先にルーシーに会うなんて許されない!望み通り2度と目覚めないなんてことになりたくなかったら今すぐ謝れ!」
「ごめんなさい」
「大体王宮で待ち合わせでよかったのになんで来たんだ……」
エントランスに降りると、今日もアルフ様とお父様がおバカなやり取りをしていた。
ふふふ、気付いているのかな?お父様はこういうときだけアルフ様のことを「アルフレッド」と呼び捨てにする。喧嘩するほど仲がいいと言うこと?言い合いをしている時の方が楽しそうにすら見えるんだけど?というか、お父様とアルフ様はなんだか似ている。
お母様はそんなお父様を「あらあら」なんていいながらうっとりと見つめているし、ミミリンはよほどアルフ様が好きなのか今も足元にすり寄っている。それを見て嘆き悲しむお父様。最近の定番の光景だ。
「姉さん!本当に綺麗だよ!あーあ、僕が弟じゃなくて兄ならあの2人はほっといて僕が姉さんをエスコートできるのに」
周りの騒ぎを一切気にせずにこにこ私に話しかけるマーカスもいつも通り。
「マーカス!ありがとう。あなたの社交界デビューのときにまだ婚約者が決まっていなかったら私をパートナーとしてエスコートしてね」
「僕、絶対婚約者作らない」
「それはどうなの?」
呆れた。なんて可愛い弟かしら。
デビュタントの主役はその年に15歳になるご令嬢だから、同年代の男性は1人で入場することが多い。今日のアルフ様もそうだ。
お父様にエスコートされ馬車に乗る。
王城へ向かいながら、たくさん話をした。ドレスのこと、デビュタントのこと、来年から通うことになる学園のこと、アルフ様のこと……。
時戻りをした直後より強く、お父様が生きている奇跡を感じる。なかったはずの一緒の時間だからだろうか。
******
城に着き、少し控室で休憩してから会場に入る。入場は爵位の低い家の者から順になるので、大きなダンスホールにはすでに多くのデビュタントの令嬢がいた。
――その中に、ミリアさんの姿を見つける。
彼女のドレスは遠目でも一目で上質だと分かる程美しい光沢を放っていた。側にいるのはブルーミス男爵だ。いくら裕福で手広く商売をしているとはいえ、あの生地でドレスを作るのは男爵家には難しいだろう。値段ではなく、腕のいい職人は客を選ぶ。……きっと殿下からの贈り物なのだろう。
ミリアさんは最後に見た時に比べてとても姿勢が良い。きっと婚約に向け彼女なりに頑張っているのだと思うと微笑ましさすら感じる。
だけど、その表情はどこか浮かない。
「ルーシー様!ごきげんよう、待っていましたわ!」
「アリシア様!」
互いの父親同士が話す傍ら、私とアリシア様はゆっくりグラスを傾けながらお話していた。
私達だけじゃなく、あちこちで令嬢たちが仲の良い友人どうしで集まって談笑している。もうすぐ王族が入場し、陛下にご挨拶したあとにデビュタントの祝いの言葉をもらい、ファーストダンスになる。
ふとアリシア様は遠くを見つめ呟いた。
「ブルーミス男爵令嬢は随分つまらなそうな顔をしていますわね」
ミリアさんの側には、友人らしきご令嬢の姿もない。
他の貴族家の方たちと談笑する男爵から少し離れ、1人で立っていた。
「まあ、当然ですわね。元々男爵家のご令嬢。例のお茶会の後は随分他の家からもお誘いがあったみたいですけれど、あまり出来がよろしくないという話が広まってからはなかなか彼女に近づく者もいなくなったのだとか」
「そうなんですか?」
殿下やミリアさんの動向はあまり耳に入らない(きっとお父様達が気を遣ってくれているのだと思う)。王妃様や殿下に聞いた、「妃教育があまり上手くいっていない」という話くらいしか知らない。
「結局、他の婚約者を据えることになるのではないかという見方が多いみたいですわ。もしそうなれば、ブルーミス男爵令嬢と懇意にするのは得策ではないでしょう?経緯が経緯だけに余計に」
確かに、もしもそんなことになればミリアさんは随分難しい立場になるはずだ。私なんて比ではない。時期も状況も相まって私はあまり傷を負わずに済んだけれど、ミリアさんの場合はそうはいかないだろう。
お父様に捕まっていたアルフ様がこちらに向かってきた。私に声を掛け、アリシア様にも挨拶する。
「シャラド侯爵令嬢。あなたも今日は一段と美しいですね」
「あら、ありがとうございます。あなたのルーシー様には劣りますけれどね?」
「アリシア様ったら!」
ふと強い視線を感じて、そちらを見る。
――ミリアさんが、じっとこっちを見つめていた。感情の読めない、とても暗い目で……。
「王族の皆様のご入場です!」
その目に見つめられて息が詰まるような感覚を覚えるのと同時に、大きな扉が開いた。
会場の全員の視線が一斉にそちらを向く。
「なんでなのよ……!」
遠くで零れ落ちた小さな声は、私の耳には届かない――。
※先に言っておきます。デビュタントでは事件は特におきません…!




