全部私の勘違い、そして自覚
アルフレッド様が久しぶりに先触れを出して訪問してきた。
『そろそろ喧嘩中の婚約者候補とやらのこと許してやったら?』
リロイ殿下の言葉がよぎった。
許すも許さないも……。
そもそも、どうして私はこんなにモヤモヤイライラとしているんだろう??
彼は気まずそうな顔で現れた。明らかに緊張している。それでも私と目が合うと少しだけホッとしたような表情になった。
庭のガゼボに案内し、2人で並んで座る。腰を落ち着けたところでアルフレッド様は口を開いた。
「ルーシー嬢、よかった。もしかしたらもう会ってくれないかと……」
「いえ、さすがにそこまでは」
思ったより思いつめていた……!ほんの少し申し訳ない気がしないでもない。
「お願いです、私の話を聞いてくれますか……?」
「……本音を話してくださるなら」
そう、私は本音が聞きたいのだ。もうはっきり聞きたい。ダメならダメですっきりしたい。この先この人が私の婚約者候補ではなくなることになったとしても――。
そう考えて、胸がずきずきと痛むのを感じた。ん?この感覚は何……?
アルフレッド様はしっかり私と視線を合わせて頷いた。
「まず、私が尾行などと言う暴挙に至った理由ですが、ルーシー嬢、あなたが……」
あ、暴挙だって言う自覚はあったのね??
「あなたが…………気になって気になって心配で心配で心配で……!!!」
「えっ」
突然苦しそうに顔を歪めたかと思うとすごい勢いで捲し立て始めたアルフレッド様!
えっ???
「えっ、私?私が心配で?」
「それ以外に何がありますか!?そりゃ、ちょっとは自分の心配もしましたけど。あなたが他の男に取られてしまったらどうしようって!いや、正直ちょっとなどと言わずかなりしましたけど!でも1番はあなたの心配だったことは決して嘘などではなく――」
ちょっと待って?
「あの……」
「お願いします!どうか最後まで聞いてください!」
「あ、はい」
勢いに押されて思わず了承する。ちょっと色々気になることとか違和感とかあるけれど……確かに1度最後までちゃんと聞こうと素直に口を噤む。
ふと目に入ったアルフレッド様の手。彼は膝の上で手をぎゅっと握りこんでいる。その手が真っ白になっていて……改めて緊張しているんだと思った。こんなに緊張しながら、今から話をしようとしてくれているんだ。
なぜか、時戻り前にミリアさんを連れて私にいかに彼女を愛しているかつらつらと語っていた殿下の姿を思い出した。
この人は、殿下とは違うんだ。
――だけど、ここからがすごかった。
「初めて王妃様のお茶会であなたを間近で見た時、私は天使に出会ってしまったと思いました。それくらいあなたはキラキラと光り輝いていた!もう眩しいくらいに!あの瞬間から私はあなたに夢中なんです!あ、もちろん見た目だけじゃなく、あなたのその内面も好きです!無邪気に笑うところも、お菓子に目がないところも、意外と抜けているところも……ああ、挙げだしたらキリがないなどうしよう――とにかく!!!
俺はルーシー嬢のことが大好きです!!!!」
一瞬、何を言われたか分からなかった。なんだか目までちかちかする。じわじわと言われた言葉が頭の中に浸透する。
「――……えっ!?!?」
「えっ?」
えっ????
私の声につられるように顔を上げたアルフレッド様は、なぜか私以上にぽかんとしている。
ちょっと待って、今この人私のこと、好きって言った……?
「あ、あの、1つだけ聞いてもいいですか?」
「はい!どうぞ」
「あの、あの……ミリアさんのことは、もういいんですか?」
「……は?」
それは、心底不思議で訳が分からないと言った声。
「あの、どうしてそこでブルーミス男爵令嬢の名前が??」
怪訝な顔で首を傾げながらじっと私を見つめるアルフレッド様。
あれ、なんだか、私はひょっとしてとんでもない思い違いをしていたんじゃあ――?
何かを考えるようにしていたアルフレッド様は、サッと顔色を変えて私に詰め寄る。思わず少し仰け反ってしまうくらいの勢いだった。顔が近い!ちょっと近いから!
「まさかとは思いますが!俺があの令嬢を好きだとか思っていたんですか?」
「……」
「えっほんとに?えっなんで……???嘘だろ……?」
アルフレッド様は頭を抱えてしまった。そのままブツブツと呟いている。
ええー?だって!アルフレッド様はミリアさんのことが好きで……失恋に傷ついていて……1度目だってすごくミリアさんを愛していたって……
そこまで考えてはたと気付く。
ミリアさんをアルフレッド様が愛していたと言ったのは、殿下だ。殿下は「ミリアに聞いた」と言っていた。アルフレッド様が「危険な男だ」と判断するようなことを言ったのもミリアさんだ。だけど、どう考えてもアルフレッド様はそんな人じゃない。
これって、もしかして――。
「ひどい……」
ぽつりと聞こえた言葉にサッと一瞬で血の気が引いた。
そうだ、アルフレッド様がミリアさんを最初からなんとも思っていなかったとしたら。私への優しい態度が全てそのままの意味で受け取っていいものだったとしたら。
私は、なんてことを……。
「ご、ごめんなさい、まさかアルフレッド様が、その、私のことを思ってくださっているなんて」
「自分で言うのもなんですが、俺、分かりやすかったと思うんですけど」
「うっ……今思えば、そうですわね……」
アルフレッド様は顔を上げないまま、はあーっと大きなため息をつく。
「もう、いいです。分かりました。俺が間違っていたんです」
「え、あの、本当にごめんなさい、」
どうしよう。
さすがのアルフレッド様も呆れてしまったかも。さっきひどいって言っていた通り、なんて女だって嫌いになってしまったかも。どうしよう。
悪いのは明らかに私で、そんな資格はないのに。ちょっと、泣きそうだ。
「あの」
「――ひどい!なんてひどい思い違いだ!かっこよく見られたいなんて思うからこんなひどい思い違いをさせてしまったんだ……!!すみません、ルーシー嬢!これからはもう遠慮しません!!信じてもらえるまで何度でも言います!俺はあなたが好きです!心からあなたの婚約者になりたい……!」
がばりと顔を上げそう言ったアルフレッド様はほんの少し涙目で。こちらに向き合うように座りなおして、私の両手をぎゅっと握ったのだった。
嫌われたかも、なんて思っていたのに。
私は単純で、そしてちょっと嫌な女だ。絶対ひどいことをしてしまったのに。それでも真っ直ぐに気持ちを伝えてくれることが嬉しくてたまらない。
おまけにその言葉を聞いた瞬間、なぜかずっとイライラもやもやとした気持ちが、すーっと消えていくような感覚になった。
あ、そっか。多分そういうことなんだ。
さっきから随分大胆なことをずっと言われ続けていたのに、なぜか今更ものすごく恥ずかしい気持ちになった。か、顔が熱い……!
アルフレッド様、私のこと赤面させるの、これで何度目なの……??
だけど、じっと私を見つめるアルフレッド様の顔もものすごく真っ赤になっていた。もう耳まで真っ赤だ。それに気づいた瞬間、私もちゃんと伝えなくてはと感じた。
声がちょっと震えてしまう。
「私も……多分、あなたのことをお慕いしています」
言葉にすると、すごくしっくりきた。




