アルフレッドはいつも必死1
アルフレッドは絶望していた。
「だから妙なことは止めておけと言ったじゃないか」
慰めるでもなく、呆れたような父親の言葉に反応もできない。
(じゃあもっとちゃんと止めてくれたらよかったじゃないか……)
散々止められてもしつこく食い下がって教えを乞うた癖に、そんなことを思う。そうして心の中で誰かに八つ当たりしていないとやっていられない。
侍従のグレイだけが、そっと背中をさすってくれた。温かい……。
アルフレッドは、とても絶望していた。
父親から、王立騎士団副団長仕込みの尾行方法を教えてもらう約束を取り付けたアルフレッドは持ち前の優秀さをこれでもかと発揮し、もはや隠密にでもなれるのではないかというレベルの尾行術を習得した。(と、アルフレッドは思った)
1日目、2日目の途中までは良かったのだ。動揺し、多少音をたてたり思わず声が出たりはしたが、大抵は室外だったのであまり危なげもなくバレるような事態には至らなかった。
まあ、隣国の王子がやたらとアルフレッドの天使様に対して距離が近かったり、自国の王子もやたらとアルフレッドの天使様に対して距離が近かったり、アルフレッドの精神状態は極めて不調に追い込まれてはいたけれど。
王子なら近づいても許されるのか?自分でも時々どさくさに手に触れるのが限界なのに、王子と言えど節度を守って物理的な距離を保ってほしい。具体的に希望が言えるのなら半径1mはとってほしい。もちろん精神的な距離も保ってほしい。
頭の中では何度もルーシーと男たちの間に割って入る想像を繰り返した。実行に移さなかったのは偏にアルフレッドが良識のある男であったことと、ルーシーの立場を考える、理解のある男であったことに尽きる。(と、アルフレッドは思った)
問題は、2日目のあの瞬間から――……。
「明日、キミも一緒に行かないカ?」
「いいんですかっ!?是非一緒に行きたいです!!!」
ガタン!と、思わず音を立ててしまう程の動揺。
(何々!?どこへ一緒に行くって!?)
前後の会話が分からない!しかし非常にまずい事態だと言うことだけは分かったアルフレッド。
(なんでそのメンバーなんだ!絶対ダメなやつ!絶対ダメなやつ!)
天使・ルーシーと天使に近づく悪い虫(リロイ、濡れ衣)と天使を泣かせた憎い男(ジャック、ちなみに泣かせてない)と、天使を害する可能性のある令嬢(ミリア、ある意味的確)の4人……!
(なんてことだ……俺のルーシー嬢の平和が守られない可能性が高まってしまった……!)
動揺しすぎて、ついうっかり心の中で婚約者面してしまう始末である。
そもそも、アルフレッドが「よし!尾行しよう!」と思い立ったのは何も嫉妬心だけが理由ではない。
アルフレッドなりに純粋にルーシーが心配だったのだ。彼の心の中はルーシーでいっぱいである。気持ちは陰で見守る姫の騎士。姫を脅かす者は何者であろうと許さない。
ルーシーを守りたい、側で彼女を見守りたい。恋の正義感でいっぱいになっている彼は、付いていったところで何もできない無力な自分には気づかない……。
だから、何か自分の心を揺さぶる出来事がある度にうろたえ動揺し、ガタガタと音を立てるなどという失態を何度もおかすことになる。
当日、いちいち嫉妬に身を焦がしつつも、無事同じカフェの死角の席に身を潜めることに成功したアルフレッド。
「ご注文は……?」
アルフレッドはそこそこ体格がいい。スマートではあるが身長も高く、父親の様に己も騎士になるべく、日頃から鍛錬を欠かさない。そんな彼が身を縮こませ、小さくなって座る姿に店主は少し怪訝そうな顔をしたが、そこはさすがプロ。怪訝そうな顔をするだけに留めておいてくれた。
飲み物だけを注文し、注意深く耳を澄ます。
(今度、ルーシー嬢とまたここに来よう。2人で!!!!!思い出の上書をしなくては)
隣国の言葉が混じるため、ルーシーの通訳を挟むとはいえいまいち会話の内容が分からない。しかし基本的に話しているのは2人の王子のようだ。
(そういえば、ブルーミス男爵令嬢が静かだな……)
時折耳に届く食器のぶつかる音は彼女のものだろうが、それぐらいだ。
と、思っていたら、自国の王子の注意を促す言葉を合図に、事態は急変した。
「もういい!さっきからルーシー様は私を除け者にしてばっかり!確かに私はまだまだマナーの勉強が足りてないかもしれないけどっ!でもっ、頑張ってるのに!ジャック様もルーシー様を怒ってくれるかと思ってたのに見て見ぬふりだし!おまけに私のマナーが悪いせいだって言うの!?……ひどいっ!!!」
(嘘だろう!?!?ひ、ひどい誤解だ!!!地上に舞い降りた天使であるルーシー嬢がそんなことをするわけがないだろう!!ジャック殿下は何してるんだ!?この甲斐性ナシめ!!)
しかし、本当に彼の心を乱す出来事はその先にあった。
「気にするナ!ジブンは2人でゆっくり帰ル」
ガタン!ガタガタ!!
思わずテーブルに足を勢いよくぶつけ悶絶した。
(ふ、2人で!?!?ダメだろ!それはダメだ!そんなのまるでデート帰りの恋人みたいじゃないか!!!)
どんどん心が狭くなる男、アルフレッド。もはや余裕など一欠片もない。
おまけにあろうことかその隣国の王子は。
膝の上に可愛らしく重ねられたルーシーの手を、おもむろに、握った。
ガタ!!ガタンッ!!!
(待て待て!どうしてそうなる!?会話が!会話が分からない!!あああ!ダメだ、俺は一体どうしたらいいんだ……!)
混乱のあまり、体勢を整えることすらままならない。
パニックに陥ったアルフレッドは、自分の感情の処理に大忙しだ。完全にその瞬間、周りが見えなくなっていた。だから気付かなかった。いや、気付いたところで今更どうしようもなかったのだが。
「――は?」
鈴の音のような可憐な声につられて顔を上げると、いつの間にか側に来ていたルーシーと目が合った。
――バレた。
「……あはは、ルーシー嬢、こんにちは」
あの瞬間。それ以外に、アルフレッドに何が言えただろうか??
何も言えるわけがない。言えないことしか、していないのだから……!




