まさかの反則技、それってありですか?
「だから、一緒に過去に戻ってこの婚約を取りやめにしないか?」
「――は?」
いやいや、この人何言ってるの?
理解できない私が悪いのか?そう不安になる程ジャック殿下は大真面目な顔で私を見つめている。
「ジャック様ぁ……」
私の呆けた顔を見て、不安そうに殿下の袖口をそっと引っ張るミリア男爵令嬢。
小柄で童顔、不安そうな目はうるうるしていて上目遣いがよく似合う。なるほど、可愛いな!殿下はこういう可愛い系が好きだったわけね!近寄りがたいとよく言われる私に、文字通り決して近づいてこないわけだわ!
ジャック殿下は可愛い恋人の手にそっと自分の手を重ねて甘く微笑むと、こちらに向かって真顔に戻る。変わり身が早い。
「すまない、説明が先だったな。君は我がグライト王国に伝わる『時戻り』の言い伝えを知っているだろうか?」
おっと、ミリア男爵令嬢の可愛さに感心している場合じゃなかった。
――『時戻り』の伝説。それはもちろん私も知っている。仮にも次期王妃となるべく、長い間妃教育を受けていた身だから。
あ、「それなのに!」と思ってまた腹が立ってきちゃった。
「時戻りはただの言い伝えではなく、実在する秘術なんだ」
……ほう?
「王家に代々伝わる『時戻りの杯』を使い、100年に1度咲くという『星花』から抽出したエキスをレシピ通り調合して飲む。そうすることで実際に時を戻ることが出来ると言われている。ただ、星花は時戻りをしようがしまいがきっかり100年に1度しか咲かず、おまけにどこに咲くかが100年経つうちにどうしても曖昧になる。だから実際に時戻りをすることはほぼ不可能に近いんだ」
時戻りの杯の話も教えられた知識の中にある。だけど星花については初耳だ。おそらく、万が一にでも私欲で時戻りを実行しないよう、王家にしか詳しい内容は伝えられないのだろう。
今まさに、目の前の王子様は愛する人と結婚したいという私欲のために使いたいと言っているわけだけどね!
「その不可能に縋ってでも、時を戻ってこの婚約をなかったことにしたいと……?」
棘がある言い方になってしまうのは許してほしい。
殿下にしてみればこの婚約をなかったことにしたいという以上に、『愛する彼女と結婚したい』ということなのだろうけど。
「いや、実は数日前、たまたま星花を見つけたんだ」
「たまたま」
星花を見つけた……?100年に1度、どこに咲くかも分からないと言われる花を、たまたま……?
「最初は私も、この結婚は今更どうにもできないと、諦めるほかないと思っていた。けれど……君も知っているだろう?長く王都に蔓延している怪しい薬の存在を。私は騎士団や研究者たちと一緒にその薬について調べていてね。薬の原料ではないかと疑われている植物を探しに目ぼしい場所を捜索中、偶然見つけたんだ」
今、地味に私との結婚を「諦めるほかない」って言ったわね。私そういうの忘れないわよ。
ていうかこの可愛いミリア男爵令嬢も、確か婚約者がいたわよね?あれは確か……まあそんなことはどうだっていいか。
それよりも、偶然星花を見つけた?そんなことってあるの?
「――これはもう、運命じゃないかと思って。ただ、私とミリアだけが記憶を持ったまま時を戻るのは、あまりに君にたいしての誠意がないと思って、こうして君も誘いに来たんだ」
もっと詳しく話を聞くと、星花から調合した秘薬を、時戻りの杯を使って飲むことで時を戻るわけだけど、どうもその秘薬を口にした者は全員戻る前の記憶を保持したままでいられるらしい。もちろん殿下はミリア男爵令嬢と一緒に秘薬を飲んで、恋人同士であることを覚えたまま時を戻るつもりらしいが、そこに私も加えてくれるというわけだ。確かに、別に黙って戻ってしまえば私への不誠実や裏切りをなかったことにできるのに、こうしてわざわざ私にも話をしてくれたのは一応彼なりの誠意のつもりなのかもしれない。
「禁書庫にあった時戻りについて書かれた本のレシピのとおり、もう秘薬は作ってあるんだ。……完成が今日の夕刻で、こうしてギリギリにはなってしまったけれど……とにかく、明日の結婚式までに私達は時を戻る。君はどうする?記憶を持ったままでいたいか、どうか」
ここまで黙って話を聞いて、正直なところ、ふざけるな!というのが私の気持ちである。
何に対してか?もちろん全部に対してだ。
仮にも私という婚約者がいながら平気で恋人を作り、私との結婚を「仕方なく」「諦めるほかなくて」我慢してしようとしていたことを言っちゃうのもどうかと思うし(もうちょっと言い方考えられなかった?)、たまたま運よく見つかっただけの星花であるとはいえ、王家に伝わる秘術をそんな自分の私欲のために迷いなく使うのもどうかと思う。なんていうか……2人にとっては切羽詰まった最後の手段で、絶望の中に飛び込んできた希望の光なんだろうけれど、そもそも私の心を踏みにじりすぎているとは思わない?
私は今心から屈辱と怒りでいっぱいなのだ。
でも、私が何をどう言ったって、この2人は悠々と時を戻る。
葛藤はある。腹立たしさは大きい。だけど、一旦2人のことを忘れて冷静に考えてみる。
よく考えると――そんなに悪い話でもないのかも。
記憶を持ったまま時を戻る。これは大きなアドバンテージだ。
別に何も悪だくみに使おうとか、これでお金を稼ごうとかそんなことは思わないけれど。
頭によぎるのは1つだけ。
――お父様の命を、助けられるかもしれない。
4年前、私が14歳になる誕生日の直前に病で亡くなってしまったお父様。
――ハイサ病。あれはその年に初めて流行した、なんてことない病気だった。
それ以降は毎年同じ季節に流行る病気で、流行り始めてすぐにハイサ病の薬も開発された。きちんと薬を飲めばすぐに治るし、最悪薬を飲むのが遅くなっても少し寝込むことになるくらいで終わるはずだった。それなのに、そんな病でお父様はあっという間に亡くなったのだ。
もしかしてどうにかその死を防げるかもしれないと思うと、むしろ時を戻るメリットは私の方が大きいのではないか?
多分、殿下はそれも分かったうえで私にこんな提案をしたのだ。
君も嬉しいでしょ?これでチャラにしてね!ってところ? やっぱりちょっとモヤモヤするわ……。
それでも……これは間違いなく私にとって降ってわいた幸運だ。
うん、そうだよ。このまま愛のない、心を踏みにじられた結婚をするしかなかったかもと思うとぞっとするし!怒りはなくならないけど、これってすっごくラッキーなのかも!
お父様を助ける!
そして……出来ることなら私だって、私を愛してくれる人と結婚したい!
段々気持ちが乗ってきた。私は存外単純だ。怒りも忘れてむくむくと期待と喜びが湧き上がってくるのを感じる。
私は思わず身を乗り出し殿下の両手をガシリと握った。
あ、ごめんなさい、他意はないのよ。ミリア男爵令嬢、そんなに嫌な顔しないでってば!
「殿下、あなたのお気持ちは分かりました。一緒に時を戻りましょう……3人で」
こうして、急転直下の結婚式前夜、私の人生2回目のスタートが決定したのだった。
――――――――――
余談であるが、いざ時戻りの秘薬を飲む際の話。
ミリア男爵令嬢は殿下の後に私が時戻りの杯に口をつけるのをものすごく嫌がった。
私の後に殿下が飲むのもまたしかり。
……めんどくさい!
そりゃ嫌だろうけどこの1回くらい我慢できない??
まあ可愛いから許すけどさ。
私も愛する人が出来れば彼女の気持ちが分かるのだろうか……?
結局、殿下→ミリア男爵令嬢→私の順で秘薬を飲んだ。
杯のここに口をつけろ、ここはダメだと厳しい視線で指導を受けた。
だから、めんどくさいってば!!