そして4人で街のカフェへ…
リロイ殿下、ジャック殿下、ミリアさんと4人でカフェ。
どうしても嫌な予感がしてしょうがないこのイベントが始まってしまった――。
初っ端から予想以上の勢いで、ミリアさんはフルパワーエネルギー全開でぶっ飛ばしていた。
「ジャック様ぁ、楽しみですねっ!前回カフェに2人で出かけた時以来のデートで感激です!」
「ミリア……今日は4人で出かけているんだ。デートじゃないだろう?」
完全に、私とリロイ殿下の存在はないものとしているわね?
これにはジャック殿下も苦笑いで顔を引きつらせている。何度か注意しているものの、聞こえているのかいないのか。まさかリロイ殿下の目の前で強い口調で叱りつけるわけにもいかず、妙な空気だ。お忍びの体を取っているため、傍から見てあまり違和感がないのだけが救い……。
最初、ミリアさんはリロイ殿下に対してもにこやかに話しかけていた。
「リロイ殿下は隣国の王子様なんですよねっ?ミラフーリスってグライト王国より大きな国なんでしょう?行ってみたいなあ~!」
甘い声と上目づかいでリロイ殿下に近寄るミリアさん。
しかし、
『なあ、喋り方に癖があって全然聞き取れねえんだけど、こいつ田舎出身でなまってんの?』
リロイ殿下は怪訝な顔で私に問いかけてくる。
そう、グライト王国語にまだまだ不慣れなリロイ殿下にとって、ミリアさんの甘えたような喋り方が絶妙に『喋り方の癖』としか聞こえないらしく。リロイ殿下は『ごめんなあ、なまりとか馬鹿にするつもりはねえんだけど、俺の勉強不足で……』と心底申し訳なさそうな顔をしていて……!
私はリロイ殿下に対しても、ジャック殿下やミリアさんに対してもどう伝えるのが正解なのか!?と頭を悩ませる事態に陥った。
だって、さすがにそのままは伝えられないでしょう!?「ミリアさんの喋り方の癖がなまりに聞こえるみたいで……」なんて、私には無理だわ!
さらにそんな私の言い淀む姿にミリアさんはどうもまた「彼女を除け者にしようと、私が意地悪をしている」と勘違いしたようで……。
「リロイ殿下!殿下はどんなお菓子が好きなのですか?」
「あー、ゴメン、すこしムズかしくて分からナイ」
「うふふっ!選べないほど甘い物がお好きなんですね?」
「うーン……?」
「大丈夫です!もしもメニューが読めなければ私が!読んで差し上げますからねっ!」
「……?」
「もしかして、照れてますかぁ?遠慮しなくていいのにっ!ふふ!」
私抜きで会話しようとした結果こうなった。カタコトでなんとか言葉を紡ごうとするリロイ殿下と、超解釈でどんどん会話を進めるミリアさん。
じ、地獄のような会話……!!!リロイ殿下、何も言わなくなっちゃったし!
ミリアさんは何度か「緊張してるんですか?」「そんなに黙り込まなくても、カタコトでもちゃんと話せてますよ?」などと見当違いのことを言ったのち、自分と会話する気がないのでは?と勘違いしてしまったようで最終的に今に至る。
いや待って?そこでどうしてその決断なの……あくまでも私には頼りたくないってことなのね?
妃教育でいじめられていると勘違いしているミリアさん。ひょっとしてその流れで元々妃教育を受けていた私と比べられているとでも感じているのかもしれない。そんなことはないはずだけれど、疑心暗鬼になっている今、全てをマイナスに捉えてしまっていてもおかしくはない。
そう考えると必要以上に私を意識しているのも納得できる。
『リロイ殿下、すみません。さすがに止めようとは思ったのですが、それでも割って入って良いものか迷ってしまい……』
『いや、俺こそわりいなあ。あの勢いでルーシーが止めに入ったら話すな!って言ってるみたいだろ?それはいいんだけどさ、あんなに話しかけてくれてるのに、つい匙投げて無視するような態度取っちまった!気にしてないかな?』
ははは!と笑ってミリアさんを気遣う殿下。リロイ殿下……懐深すぎない?
なんとかカフェに着いた。
四角いテーブルに殿下とミリアさんが隣に、殿下の向かいにリロイ殿下、そしてその隣に私という順で座る。
注文したお菓子が運ばれてきた後はそれぞれ和やかな雰囲気でお菓子を食べながらお話していたのだけど……。
ジャック殿下とリロイ殿下がお互いにカタコトのミラフーリス語やグライト王国語を交えて話し、私が時々通訳や解説をする。
しかし、そうするとどうしてもミリアさんがあまり会話に入れない。私も2人の会話を手助けしているだけであまり会話に参加しているというわけではないのだけど、ミリアさんにはそうは見えない。
すごく。ものすごく、ミリアさんの視線を感じる。どうしよう…!
おまけに、そんなことよりも気になることがある。
注意したい。というか本来は注意すべきこと。しかし絶対に私が注意すると角が立つ……!どうする?どうするのが正解なの……??もういっそ心を無にして気付かないふりをするべき……???
そんな私の逃げは虚しくも無駄に終わることになる。
カチャッカチャ……。
カチャッ……。
「――ミリア、もう少し音を立てないように気を付けてごらん?」
ジャック殿下がついにミリアさんを注意した。
私達が頂いていたのはショートケーキだったのだけれど、ミリアさんの持つフォークが度々ケーキの乗った皿にぶつかり音を立てていたのだ。
ジャック殿下や私はもちろん、リロイ殿下も荒く粗雑なのは口調だけで所作は驚く程美しい。(さすが王族)
そんな中でミリアさんのマナーの拙さはすごく目立っていた。
ジャック殿下はとても優しく、穏やかな口調で注意したのだけど。
指摘された瞬間、ミリアさんはサッと一瞬で顔を赤く染め、――なぜか私を睨みつけた。
なんで!?
「もういい!さっきからルーシー様は私を除け者にしてばっかり!確かに私はまだまだマナーの勉強が足りてないかもしれないけどっ!でもっ、頑張ってるのに!ジャック様もルーシー様を怒ってくれるかと思ってたのに見て見ぬふりだし!おまけに私のマナーが悪いせいだって言うの!?……ひどいっ!!!」
捲し立てると、彼女は勢いよく立ち上がり(椅子がガタっと悲しい音を立てた)、風のような速さで店から飛び出していった。
や、やっぱり私が意地悪していると思われていた……!
それどころじゃない事態がたくさん起こったわけだけど、やはり私も未熟者。頭の中では「ひどい誤解だわ!!これも全部ジャック殿下が甲斐性ナシのせい!」と現実逃避のように考えていた。
「ええ……??」
呆然と彼女が出ていった扉を見つめるジャック殿下の口から困惑した声が洩れる。
『なあ、全然状況分かんねえんだけど。とりあえず追いかけた方がいいんじゃねえの?』
1人だけ平常運転のリロイ殿下が不思議そうにそう呟く。
王族を放っておいて……追いかけるの……?それって正解……??
今日1日どこにもありはしない正解を探すばかりで、もはや私の思考力はゼロである。
「……ジャック殿下。追いかけた方が良いかと」
「だが」
「リロイ殿下もそうおっしゃっています」
「……殿下、大変申し訳ございません」
「気にするナ!ジブンはルーシーと2人でゆっくり帰ル」
ガタン!ガタガタ!!
どこからか何かがぶつかる音が響いたが、ジャック殿下はそのままリロイ殿下に深く頭を下げた後、ミリアさんを追いかけて店を出ていった。
『リロイ殿下、本当に申し訳ございません……』
『いいって!俺はマナーも無礼も気にしねえからさ。ほら、俺自身がこんなだろ?王族ったって第5王子だし』
『ですが……』
『むしろごめんな。ジャック殿下の婚約者――まだ候補だっけ?マナーが身についてなくて苦労してるって話は聞いてたんだ。でも殿下が俺に付き合って遊んでるようなもんなのに、1人だけずっと留守番は可哀想だって思ってさ』
『リロイ殿下』
驚いた。ミリアさんを誘ったのは単なる思いつきかと思っていたけれど、そうではなく、この人の優しさだったのだ。
『でも結果的にわりいことしちまったな。ジャック殿下にもあの婚約者候補……ミリアって言ったっけ?あいつにも、――ルーシーにも』
リロイ殿下は申し訳なさそうに目を伏せ、膝の上に乗せた私の手をそっと握った。
ガタ!!ガタンッ!!!
――さっきから、何の音なの???
『ちょっと失礼しますね』
リロイ殿下に断りを入れ、席を立つ。
音のした方へ向かって歩いていくと……。
「――は?」
「……あはは、ルーシー嬢、こんにちは」
出入り口の近くのテーブル席に、体勢を崩したアルフレッド様がいた。
――は?え、何?どういうこと……???
☆補足①
ミリアは上手くいっていないとはいえ仮にも妃教育を受けている身なので、普段はさすがに静かに食器使えます!ただしこの時は「いじめられてる!しかも庇ってもらえない!」とイライラしてマナーがよりボロボロになっちゃったのでした。
☆補足②
リロイ殿下が「せっかくのお忍びだし、堅苦しいことは抜きにしようぜ!」などと希望したこともあり、ミリアの言動をすぐに叱るのではなく、ある程度はハラハラしながらも見守っています。(逆に匙加減難しく内心頭を抱える羽目になったルーシーとジャック…)
文字数多くなりすぎて少しシーンを削ってます。うーん?と思われる方がいるかもと思い、念のための補足でした。




