リロイ殿下の通訳
私は約束通りリロイ殿下について通訳をしていた。
昨日と今日は王都からあまり離れていない距離にある近隣の領地を訪問している。
視察と聞いていたけれど、いざ始まってみればほとんどの時間が観光だ。
リロイ殿下はミラフーリスの第5王子殿下で、将来直接的に政治に携わる可能性は今のところほとんどない。今回も外交官について自主的にやってきたのだとか。自由の身だからこそあらゆる可能性を見出すため、見聞を広めるためにこうしてできる限り色んな国を訪問しているのだと言っていた。
とはいえ本当に、領地を視察として真面目に見て回るのは最初だけ。後の時間は私とジャック殿下をリロイ殿下が自由に連れまわす時間になっているような……。
ただし、そうして民の普通の暮らしを見るのが1番興味深く、今の自分にとっては何よりも勉強になるのだと笑っていた。
『なあ!あれってなんだ?ミラフーリスでは見たことない!』
『あれは飴細工ですね。この領地はとても繊細な飴細工が人気で、名物になっているんですよ』
『飴!?あれって食いもんなの!?』
『ふふ、召し上がりますか?』
終始こんな勢いで、全ての物をキラキラした目で見つめるリロイ殿下。私やジャック殿下と同い年らしいけれど、まるでマーカスを相手にしているみたいだ。
まあ、隣国の王子を捕まえて弟みたいだなんて、不敬もいいところだから絶対に言えないけど。
「なあ、通訳だろう?私も会話に入れてくれ……」
リロイ殿下が大喜びで飴細工を選んでいると、ジャック殿下がそっと近寄ってきた。
「あら、領民と話すときや必要な場合はきちんと通訳してますわ?殿下は少し分からないくらいが今後のためにもミラフーリス語の勉強になっていいかと思うのですけど」
「……なんだか今日は私に冷たくないか?」
ツンと顎を上げて答えると、途端に情けない声を出す殿下。それはそうでしょうよ……!
「私、ちょっと怒っているのよ」
「え?」
「殿下、ミリアさんのフォローは出来ているの?」
殿下は途端に押し黙った。私の言いたいことが分かったのだ。
本当に情けない!私は怒っているのだ!
ミリアさんの覚悟が足りなかったことも問題だとは思うけれど、結局そこは王族であり、今の事態も多少は想像できたであろう殿下が先にフォローすべきだったんじゃないの?ミリアさんが現状をいじめだと悲観してしまう前に何かできたことがあったんじゃない?そう思うのだ。
「……どうしたらいいと思う?」
「は?」
「だから、ミリアのこと。私はどうしたら――」
『なあ!俺これがいい!ルーシーこっちに来てくれ!!』
私はさっさとリロイ殿下の側に行き彼と店員のやり取りを通訳する。
とはいえリロイ殿下はカタコトのグライト王国語でなるべく会話しようとしていて、誤った表現やなかなか伝わらないときに私が手助けをするくらい。
さすがに最終日のパーティーではしっかりした通訳が必要になるかもしれないけれど、領民たちはカタコトでの言葉でも笑顔で楽しく会話してくれる。
ジャック殿下は情けない。リロイ殿下がこんな風に楽しみながら学ぼうとしている姿を見習ってほしい。
ミリアさんを支えるためにどうしたらいいか、なんて、ちょっとは自分で考えなさいよ!あなたの愛する人でしょうが!!
もちろん言えないので、心の中でぶん殴っておいた。
『なあ、ジャック殿下には婚約者がいるんだろう?』
「……?」
「殿下、婚約者がいるでしょうと聞かれています」
「あー、まだ婚約者候補なんだ。……候補ってどう言うんだったか」
『……まだ正式な婚約ではないのです。婚約者候補の方ですわね』
『ふーん』
馬車の中でそんな他愛のない話をしながら王宮へ戻る。
いちいち私が間に入るせいで、あまり会話が弾まないのだ。さすがに私とばかり話すのも気が引けるのか、リロイ殿下の口数も減っていった。
殿下の目の前でぺらぺらミラフーリス語を話して勝ってみせる!なーんて思っていたものの、いざとなるとやっぱり空気が気まずい。ジャック殿下、思っていた以上にミラフーリス語が話せないみたいだわ……!?
1度目にあまりにも交流が少なかったせいで、正確にジャック殿下の勉強の進み具合を把握していなかった。確か学園の成績はいつも3位以内には入っていたから、本当にミラフーリス語だけがすごく苦手なんだと思うけれど。
ただし、ミリアさんの教育があまり進まない以上、全てにおいてジャック殿下が彼女を支えられるように備えておかなければならない。
――なんて、ミリアさんのことばかり考えていたからだろうか。
「――ジャック様っ!!」
王宮の廊下を3人で歩いていると、どこからか姿を現したミリアさんが突然ジャック殿下に飛びつくように抱き着いた!
おいおい……!?
「ミリア!?どうしてここに?今は妃教育の時間じゃあ……?」
「だって!ジャック様がルーシー様と一緒に出掛けたって聞いてっ!私、居ても立っても居られなくて……!」
うるうるとした上目遣いでじっと殿下を見つめるミリアさん。時々チラチラと私のことを見るのも忘れない。
あ、相変わらずあざと可愛いわね……!じゃ、なくって!!!
「いや、ルーシーと出かけたというわけじゃ……彼女は通訳で……そう、隣国のリロイ殿下がいらっしゃるんだ。1度離れて。彼に失礼だよ」
そう、仮にも隣国の王族の前!!リロイ殿下自体がかなり砕けた人であるとはいえ、あまりに非常識な態度はさすがに許されないわよ……!ああだめ、頭が痛くなってきた。
一応ミリアさんは殿下の言うことを聞き、そっと体を離した。
それでも少し不満そうな顔でジャック殿下の陰から私やリロイ殿下の方を窺うようにチラチラと見ている。
ていうか、そもそも殿下、さっきなんて言った?『今は妃教育の時間じゃあ』?まさか、妃教育をほっぽり出して殿下を探していたの……?
これは……あまりにも……。
『なあルーシー、これ誰だ?』
はっと我に返る。いけない。
私は慌ててリロイ殿下に頭を下げた。
『殿下、大変失礼いたしました。ご無礼をお許しくださいませ。彼女はブルーミス男爵家のミリアと申します。……ジャック殿下の婚約者候補の令嬢ですわ』
『へえ!この令嬢が!!ジャック殿下は変わった趣味してんだなあ』
……私は何も答えられない。
え?どうしたらいいの?これってなんて返すのが正解なの?
リロイ殿下の言葉には裏がない。思ったことをストレートに口に出している。だからこそ、悪意なく返答に困ることを言われた時に対応に迷う。これって多分、あまりいい意味で言っていないわよね?嫌味にはいくらでも皮肉で返せるけれど、こういう場合が1番悩ましい……!
私が答えあぐねていると、リロイ殿下は急にパッと明るい笑顔を浮かべた。
『そうだ!明日は王都の美味しい菓子が食える店に遊びに行きたいって言っただろう?この前失敗したからって。この令嬢も一緒に連れて行こう!!』
『えっ!?ええと……』
『なあ、いいだろ?うーんと、』「明日、キミも一緒に行かないカ?」
リロイ殿下が途中からカタコトのグライト王国語でミリアさんに話しかける。
その言葉を聞いたミリアさんはものすごく嬉しそうに笑った。
「いいんですかっ!?是非一緒に行きたいです!!!」
ガタン!!!!
その瞬間、どこからか大きな音が聞こえた。しかし私はそれどころではない。
『なっ?ルーシー。決まりだ!』
リロイ殿下は完全に悪意ゼロの満面の笑み。
だけど、これは……まずい。まずい気がする……!
チラっと様子を窺ったジャック殿下も、少し顔を引きつらせていた。
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