アルフレッド、焦る
「ルーシー、ミラフーリスの言葉をもう話せたんだな」
お父様が驚く。そうよね。本当は今の時期に話せるわけがないもの。これは1度目の時の教育の賜物。
ミラフーリス王国は隣国とはいえ言葉がグライト王国とは大きく異なる。グライト王国の人間にはミラフーリスの言葉は難しいのだ。
『だからミラフーリス語が出来る人間がほとんどいなくてさ。俺もまだグライトの言葉は少ししか分かんねえし。だからって数人しかいないミラフーリス語が出来る人間をずっと俺につけてもらうわけにはいかないだろ?それに年が近い方が楽しい』
そして押し切られてしまったのだ。
「リロイ殿下は来週3日間、ジャック殿下と一緒に街を視察したいとのことで、その時に同行するよう頼まれました。あと最終日のパーティーにも」
「殿下が直接通訳を担うのでは駄目なのですか……?」
アルフレッド様がとても悲しそうな顔で言う。
それができれば1番良かったんだけどねえ。
「残念ながら、殿下はミラフーリスの言葉は話せません」
人には向き不向きがある。殿下はミラフーリスの言葉と相性が悪いらしく、とても苦手としていた。最終的には将来、妃としていつも私が側でサポートすれば最悪問題ないだろうと他の勉学を優先させることに決まった。
そうしてそのうち習得していければというところで時戻りだ。
殿下の学ぶべきことは多い。その時はそれでベストだと思ったけれど、それはまさか私が妃にならない未来があるとは考えなかったから。
……ミリアさん、ミラフーリス語を話せるようになるのかしら???
昼間、王妃様から聞いた話に思いを馳せる。
上手くいかない妃教育。指導の厳しさをいじめと捉えてしまっている現状。
……今日はそれどころじゃなかったけれど、次に会った時にはしっかりと殿下に釘を刺しておこう。
ミリアさんを支え、正しい道に導けるのはもはや殿下だけなのだ。
「そんな、リロイ殿下の通訳をする間、ジャック殿下とも一緒なのでは?」
「ずっとではありませんが、ほとんどの時間はそうなるでしょうねえ」
アルフレッド様は真っ青になってしまった。
きっと、ミリアさんの心を奪われてしまったトラウマで、殿下のことが苦手なんだわ。無理もないわよね。かわいそうに、こんなに傷ついてしまって……。
「大丈夫!私、少し楽しみなんです!立派に通訳としての役目を果たして見せますわ!」
元気づけるようににっこり笑って励ます。
殿下の前で彼の苦手なミラフーリス語をぺらぺら披露して、間接的に勝ってみせます!「ふふふ、あなたはこんなに喋れないでしょう、情けないわね!」ってね!
アルフレッド様、どうぞ期待していて!!!
心の中でミニチュア版の殿下をボコボコにしながら闘志を燃やしたのだった!
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アルフレッドは猛烈に焦っていた。
(隣国王子の通訳?なんてことだ……!!!)
正直今すぐにでも叫びたい気分である。心の中では話を聞いた瞬間から絶叫だ。
(大体街で偶然出会った迷子の美少年が実は隣国の王子だなんてそんな物語みたいなことあるか?通訳っていうことは、常に側にいるってことだ……パーティーの時なんてひょっとして……耳元で教えたりするんだ……「それはこういう意味ですよ」ってこっそりと)
もはや発狂寸前だ。
(俺だってまだ耳元で囁いてもらったことないのにいいいぃ!!!)
否、すでにちょっと発狂している。
もはやルーシーに他の男が近づくことがどうにも受け入れがたいアルフレッド。
しかし、それを自分が邪魔することはさすがに許されない。
例のお茶会の時、「天使とのひと時を一生の思い出にしよう」なんて思っていた謙虚なアルフレッドはもういない。ここにいるのはすっかりルーシーに骨抜きにされた、欲望に忠実な恋する脳筋だ。
それに、まだ婚約者候補であって婚約者ではない。その事実はアルフレッドの焦りをより大きくした。
おまけに通訳中はかなりの時間ジャック殿下とも一緒にいることになるらしい。
(ルーシー嬢……きっとまだ完全には吹っ切れていないのではないだろうか?それなのに殿下と長い時間一緒にいるなんて……)
相変わらず勘違い継続中のアルフレッドは気づかない。ルーシーはそんなことは全く気にしていないことに。
(おまけに長時間殿下と一緒なんて、あの男爵令嬢がどう思うか……)
ルーシーが気にするかもしれないと思い言ったことはないが、実はアルフレッドはミリアのことを全く知らないわけではなかった。よく知っているわけでもないが、なんとなく嫌な予感がするくらいには苦手意識を持っている。
家族と笑顔で話すルーシーを見つめる。
(ああ、俺の天使、やっぱりあなたが心配です!!!)
そして、アルフレッドは小さく決意した。
******
夜、バルフォア侯爵邸。
「父上、お願いがあります」
アルフレッドは父の執務室を訪ねた。
父・バルフォア侯爵はものすごく嫌そうにアルフレッドを半目で見つめる。
「嫌だ!なんだかものすごく嫌な予感がする」
「まあまあ、そう言わずに」
「どうせルーシー嬢絡みのことだろう?」
「!!どうしてそれを……」
ポっと頬を染めるアルフレッド。
「お前はルーシー嬢に関係ないことには相変わらず冷めているじゃないか……それで?一応聞こうか。お願いとはなんだ?」
父の気が変わらないうちに!と勢いよく頭を下げるアルフレッド!
「はい!王立騎士団副団長の技を全てかけて……俺に尾行のやり方を教えてください!!!」
「……はあ?」
――アルフレッドはガッツのある男だ!




