王城での再会
その日、私は朝から王城に来ていた。
うーん、久しぶりだわ!あの運命のお茶会以来!実はあれから王妃様からは時々手紙が届いていたのよね。
王妃様は私と殿下の婚約があんな形でなくなったことも、あのお茶会が強制終了になった後、ろくにお話もできずにそれきりになったことも気にしていた。
正直私は全然気にしていないし良かったんだけどね?
ハイサ病が落ち着き、婚約解消してから随分時間が経ったことで「そろそろ私が王城へ出入りしてもあまり面白おかしく噂を立てられることもないだろう」と判断されたようだ。
「ルーシー!ごきげんよう、随分久しぶりですね」
「王妃様、本日はお招きいただきありがとうございます」
満面の笑みで迎えてくれた王妃様に最上の礼で応える。
「顔を上げてちょうだい!ああ、会いたかったわあ。ほら、こっちへ来て座って!あなたが来ると言ったらうちのパティシエがたくさんお菓子を準備してくれたのよ。……あなたうちのパティシエと友達なの???」
そう言って通された先にはキラキラとした楽園が広がっていた。
ば、バルナザールさあああん!!!!
感激で気絶するかと思ったわ!あのお茶会があった庭園の一角に用意されたテーブルには、これでもかと言わんばかりに私が好きだ、美味しい、これを頂戴と漏らしたことのあるお菓子の数々がっ!!!!!
完璧だわ……!帰りに絶対会いに行こう……!
そうして王妃様と2人のお茶会が始まった。妃教育を受けていた頃は作法の勉強なども兼ねてときどきこうしてお茶していた。なんだか懐かしい。
「ずっとこうしてあなたともう1度お茶したいと思っていたのよ。突然婚約解消になってしまってそれきりだったでしょう?……あんなことになってしまって本当に申し訳なかったわ」
「いいえ、私は本当に気にしていません。殿下からもかねてより相談を受けていたことでしたし」
王妃様はハアとため息をつく。
「普通はそれこそありえないでしょう?婚約者に好きな女性と一緒になりたいと相談するなんて……」
ぶつぶつと殿下の文句を言っている王妃様。
本当は、結婚式前夜に愛する人を紹介されて結婚出来ないって言われるだなんて、もっとありえない事態を経てのあの茶会だったんですけどね!
絶対にバレることはないけれど、万が一王妃様が事実を知ったら卒倒するに違いない。
「あの、ミリアさんはどうされていますか?妃教育はすでに始めているんですよね?」
「ああ、そう、そうなのよ……あの子も頑張ってはいるのだけれど……」
王妃様の目がどこか遠くを見つめる。おや?雲行きが怪しいぞ?
「彼女、男爵家のご令嬢でしょう?あなたとは下地の教養が違うのは当たり前だから、厳しくなってしまうだろうとは思っていたのだけど……」
「もしかして、あまり上手く行っていないのですか?」
「そうね、そういうことになってしまうわね。彼女、教育のために厳しく指導されることに対して、自分が受け入れられずに虐げられているのだと感じてしまっているみたいなの」
「えっ?」
「もちろん、誓ってそんなことはないのよ?あなたに言うことではないけれど、ジャックが自分で望んだ令嬢だからどうにか正式な婚約者として隣に立たせてあげられるようにって皆考えてくれているし」
でもねえ、と王妃様は困ったようにゆるく首を傾げる。
「妃教育は公爵家のあなたでも少し厳しく感じるものだったでしょう?どうしてもいじめられているのだと感じるようで」
どうやら、彼女の教育の進まなさを鑑みてデビュタントまでにお披露目が間に合わなくてもいいと、詰め込みすぎないようにスケジュールを都度立て直しているらしい。それでも求められる水準自体が高い妃教育。
どんなに教師陣が気を配ってなるべく易しく、分かりやすくと心がけても彼女自身が全てをいじめと捉えてしまうのだとか……。
ねえ、ちょっと待って?
「あの、殿下はなんと?」
「ジャックもどうにかフォローしようとはしているみたいだけど、あまり効果はないみたい」
待って?本当に待って?
ミリアさん、あなた何してるのよ……?
妃教育が男爵家出身の自分にとって厳しいものになるって想像できなかった?というか、いじめだなんて、教育をしてくださる教師陣の皆様に対して失礼だわ……!
仮に本当に虐げられているとして、経緯が経緯なのだからそれでも食らいつくくらいの気概はないの!?そのくらいの覚悟で一緒に時を戻り、殿下の婚約者になるべくあんな風に捨て身で声を上げたのだと思っていたけど?
「ごめんなさいね、こんな話ばかりで。さあ、たくさんお菓子を食べてちょうだいね!」
「はい……」
王妃様の笑顔が、なんだか少し疲れて見えた。
「ルーシー嬢!」
お茶会の時間が終わり、馬車を待たせてあるところまで向かっている時だった。
「殿下……」
どうやら私が王妃様と会っているとどこからか聞きつけてきたらしい、殿下がこちらへ走り寄ってきたのだ。
「間に合ってよかった!……レイスター公爵のこと、本当に良かった」
ほっと安堵するように顔をほころばす殿下。私は深く頭を下げた。
「殿下、約束を守ってくださりありがとうございました。おかげで無事父は今も元気に過ごしておりますわ」
「……なあ、そのことなんだが、」
『あー!!お前!!!』
殿下の言葉を遮る様に、叫ぶような声が耳に飛び込んできた。
な、なに……!?
振り向くと、そこにはなんだか見覚えのある美少年……。
えっ!?
「リロイ殿下!どうしてここに!?」
で、殿下ですって……!?
その美少年はニヤリとジャック殿下を一瞥すると、こちらに向き直りニコニコとまくしたてた。それは、隣国ミラフーリス王国の言葉。
『お前!久しぶりだな!平民じゃなさそうだなとは思っていたけど、城にいるってことはまさかコイツの婚約者なのか!?』
『い、いえ、婚約者ではありませんわ』
『そうなのか?ならなおさら都合がいいや!』
『都合がいい……?』
美少年……アルフレッド様と出かけた時に私が助けたあの隣国の迷子の少年。彼は満面の笑みで、カタコトの我が国の言葉で言った。
「ジャック殿下!ジブンの通訳は、この人にしてクレ!!」
は!?通訳!?!?
ていうか、あなたミラフーリスの王族だったの!?!?!?




