今できる限りの準備
アルフレッド様は私の『婚約者候補』ということで落ち着いた。
それをきっかけに他の求婚者には、「現在婚約を考えている者がいるから」という理由でお父様が全てお断りしてくれるようになり、私はようやくお見合いラッシュから逃れられることになったのだった。
そして、無事に自由の身になった私はというと……。
「ルーシー嬢、今日も薬草ですか?」
「あら、アルフレッド様。あなたは今日もうちにいらしたの?」
そう、私は薬草栽培にハマっていた!!
ちなみにアルフレッド様は『お友達から』と答えたあの日以降、暇さえあれば我が家に来る。
あの、本当に暇さえあれば来てる気がするんだけど???私、流石にびっくりよ?まあ、別に嫌じゃないけどね……!
マリエ様にお願いし、のちにハイサ病の治療薬となる薬草、ギュリ草を分けてもらって栽培を始めると、あれよあれよとハマってしまったのだ。
自分が丁寧に手を掛けると、応えるように立派に育つ薬草たち。まるで我が子ね……庭師のオズバンドが「花たちは儂の子ども達なんです」と言っていた気持ちを少しだけ理解できた。(私なんかがオズバンドに追いつけるわけがないから少しだけね!)言われた直後はピンと来なかったのに。やはり何事も経験だわ!
結局お父様を健康にすること、ハイサ病に備えるために薬草を常備するようにすること、くらいしか私には思いつくことはできなかった。
それでも私が大きな声でお父様の体を心配し、健康になってほしいと触れ回ったからか、そんな私の様子になぜか感激した使用人たちは一致団結!
料理人は健康を考えたレシピを研究し、オズバンドは私と一緒に薬草の栽培を手伝ってくれるように。
おまけに……。
「もしかして、今日はもう終わった後ですか?」
「はい、公爵様は今湯浴みをしていると思いますよ」
「そう。……アルフレッド様、ありがとうございます」
アルフレッド様はにこりと嬉しそうに笑った。
私がお父様の健康を気にしていることはアルフレッド様の耳にも入った。まあ、そりゃあれだけの頻度でレイスター家に足を運んでいれば当然よね。最近では我が家の人間もいつだって「今日も来るかもしれない」という認識で、彼はとうとう先触れを出すのを止めた。もちろん、私へのお誘いや本当に用事があるときは出してくれるけどね!
そして、「自分も公爵様の健康に貢献したい」と申し出てくれたアルフレッド様に付き合われて、なんとお父様は運動を始めた。
「ルーシー!軽い気持ちで始めたのにアルフレッド君がスパルタだよ~!」
「お父様!健康の為よ、頑張って!」
「そんな……ううっ、ルーシーがそういうなら……」
「健康のためには運動が一番ですよ、頑張りましょうお義父様!」
「おい、誰がお義父様だそこまではまだ許していないぞアルフレッド」
「調子に乗りましたすいません」
「にゃああ~ん」
流石にへとへとの様子が不憫になったのか、ミミリンが最近お父様に優しい。これにはお父様もにっこりだ。
「ミミリン!!お前は最高の癒しだよ可愛い可愛い我が家のお姫様……!」
それから、マリエ様も気にかけてくださった。
「ルーシー様、こないだ差し上げたギュリ草、順調に育っていますか?」
「はい!あの、この薬草で薬を作るとしたら、どのような病気に効くものになりますか?」
「え?そうですわね……一般的には発熱や咳などでしょうか?どうしてですか?」
「いや、あの、先日まで受けていた妃教育で、ちょうど発熱や咳のような症状が出る病が定期的に流行ると教えられて……気になったんです」
「まあ、妃教育で?そんな病気あったかしら……それで薬草にも興味を持たれたんですね」
「ええ、まあ!ほほほ……」
「なるほど。ルーシー様が気になるなら、私も試しに薬を作ってみようかしら…‥。まあ、ほんの趣味のような物ですけど」
「!!!」
ずっと音沙汰のなかった殿下からも便りが来た。
『いざとなったら原因を特定したと言って、1度目に君の父親の死の後に開発されたハイサ病の薬をすぐに調合してもらえるよう、王家から指示を出す。前回は特定までに数日かかったことを思えば少しは薬の完成までの時間を短縮できるだろう』
殿下は、私との約束を忘れてはいなかった。
『……その代わり、私の父を助けるのにもいざと言うときは手を貸してくださいね?』
あの約束を。
そんな風に出来る限りの準備はしてきたけれど……終ぞ決定的な対策はとれないままだった。1度目に初めてハイサ病が流行った時期は近づいている。こんな対策で本当に死の回避が出来るだろうか?不安が募る。
けれど、たったこれっぽっちが今の私にできる限界だった。
そして、ついに我が国に最初のハイサ病の流行が訪れる時期が来た。
蓋を開けてみれば酷い風邪のようなものだったハイサ病。しかし当初はもちろんそんなことは分からず、もしかすると疫病の類かもしれないと危惧され、感染者は1つの施設に集められた。
そこで、お父様は亡くなったのだ。仕事中に倒れ、運び込まれたまま、家にも帰れず。
同じ施設で他に亡くなった患者は、1人もいなかったのに。




