恋する男の大奮闘2
――ルーシーの父、クラウス・レイスターはものすごく嫌そうな顔でアルフレッドを迎えた。
「やあ、バルフォア家のご子息殿。君の父上がどうしてもとあまりにもしつこいから時間を作ったけれど、一体何の用で来たのかな?」
アルフレッドは覚悟を決めた。
「ルーシー嬢に求婚することを許していただきたく参りました」
しかし、相対するクラウスは鼻で笑う。
「おかしいな?バルフォア家からの求婚にはすでに断りを入れているはずだけれど?」
冷たい眼差しに射抜かれても、アルフレッドはひるまない。心の中で1,2,3と数えながら静かに深呼吸する。
(落ち着け。大丈夫だ。熱にうなされたあの晩、何度も考えてこれしかないと決めた。俺ならやれるぞ!ルーシー嬢との縁を絶対に失ってなるものか!)
「どうか、1度私の気持ちを聞いてはもらえないでしょうか」
この時、クラウスは身構えた。
バルフォア家の嫡男、アルフレッド・バルフォア。彼の評判はそれなりにクラウスの耳にも入っていた。
騎士を多く輩出する家系の嫡男であり現役騎士団副団長の息子として彼もその才能を多く有していること。性格は真面目で実直、頭も非常によく、なかなかの切れ者であること。その容姿の端麗さから令嬢達からの人気も高いが、本人はあまり興味もないようで、冷めたような一面が見られること……。
以上を鑑みて、きっと目の前のこの男は権力欲が非常に強く、我が公爵家との縁を結ぶのに必死になっているに違いない!
(僕の大事なルーシーをお前のような男の前に出してやるもんか……!)
しかし。
「初めてルーシー嬢を間近で見たのは先日のお茶会の時です。私は天使様に出会ってしまったのだと思いました」
「は?」
飛び出してきた第一声の予想外の陳腐さに思わず力が抜けた。しかし驚いたのはそのセリフにだけではない。
目の前には顔をほんのりと桃色に染め上げ、うっとりと目を潤ませたアルフレッド。
(いや、お前は乙女か!)
そこから始まったのは、まさかのアルフレッドによる怒涛の恋心の吐露だった。
「私はルーシー嬢を心からお慕いしています。天使のような愛らしさ、心の美しさはもちろん、大好きなお菓子を前にした時の嬉しそうにほころぶ笑顔はどんな高価な宝石よりも光り輝いていますし、無邪気さを失わないままでいながら、毅然とした淑女の対応も取れる姿には尊敬の念を抱きます。え?まだそんなに彼女のことを知らないだろう?そうですね、いかに一緒にお茶を頂く栄誉を与えてもらったことがあるとはいえ彼女の魅力を完全に理解するにはともに過ごした時間が少なすぎることは分かっています。ですが考えてもみてください。それでもこんなにも、私の心臓は彼女に鷲掴みにされてしまっている。はい、私はもはや恋の奴隷なのです。あの天使のようなルーシー嬢をこれからもっとよく知り、結果的にこの胸の苦しみが増すなら私は喜んで苦しみに悶えたい。あ、もちろんいい意味の苦しみです彼女に与えられるものに幸せが付随しないものは存在しないと思っていますので」
ルーシーへの熱い想いを零すうちに段々調子が出てきて、うっかり心のままにポエミーなことも言った気がするがそれもご愛敬。その後もアルフレッドは延々といかに自分がルーシー嬢に恋しているか、彼女を愛する権利を欲しているか切々と語った。
アルフレッドは前述のとおり頭もよく、切れ者ではあったが、恋をしたお花畑に策略など思いつく余裕はない。ロマンチックピュアボーイの頭の中にあるのは知的な戦略などではなく、ただただ恥もプライドもその辺の草むらに捨て置いて自分の想いを天使の父親に向かってぶつけていくことだけ。
なぜかアルフレッドには妙な自信があった。
(これだけ好きなんだから、きっと伝わるはず!)
誰よりも強い自分のルーシーへの想いはきっと運命への道を切り開くと!!!
恋の脳筋である。
幸いだったのは彼の相手が重度の娘ラブ、クラウス・レイスターであったこと。
最初は「何を言ってるんだこいつ」と言わんばかりだったクラウスの顔は徐々に緩み、最後には感激した様子を見せ始める。
「アルフレッド君!君のルーシーを愛する気持ちに私は感動した!最終的にはあの子次第だからすぐに婚約をとは言えないが、私は君を応援すると約束しよう!!!」
恋の脳筋、大勝利の瞬間だった。(普通の父親なら多分引いていた)
かくして迎えることになったルーシーとの念願のお見合いデート(なんと甘美な響きだろうか……!とアルフレッドは悶えた)の日。
ルーシーがあまり乗り気ではなさそうなことにも気づいたが、恋い慕う相手ともう1度時間を共にできる喜びを抑えることはできなかった。
(きっと楽しい時間にして見せますから、あなたに無理を言うことをお許しください)
そして心の中の誓い通り、彼は徐々にルーシーの頑なな心をほぐしていく。
今日は人生最良の日だ、まあきっとこの最良は更新して見せるけれど、とうきうきのアルフレッドはその瞬間思わず顔も体も強張るのを感じた。
(嘘だろ……?)
あの、ジャックとミリアとの偶然の遭遇である。
アルフレッドはショックで熱を出し寝込んだあの晩、考えていた。『どうして自分の求婚は断られたのだろうか?』
自分と一緒にいるルーシーは間違いなく楽しそうにしてくれていた。政略的な思惑での婚約を結ぶ気がないのはレイスター家の動向を注意して見ていれば分かる。だからこそアルフレッドはきっと候補には入れてもらえると期待していたのに。
辿り着いた答えは1つだった。
(やっぱり、ルーシー嬢はきっと……殿下を恋い慕っていたんだ)
残念ながら、大いなる勘違いである。
しかし、彼にそれを気付かせる人間はいない。
つまりこの時、アルフレッドが感じていたことはこうだ。
(せっかく失恋に傷ついたルーシー嬢がようやく心を開き始めてくれているのに……このタイミングでのご本人登場なんて勘弁してくれ……!)
何度も言うが、全ては残念な勘違いである。
勘違いのまま突き進むアルフレッドは2人を苦々しく見つめた。
(地上の天使をこんなにも傷つけておいて2人仲良くデートだなんて!くそっ、本当にどうしてこんな日に会ってしまったんだ)
その時、ルーシーがこちらをじっと見つめていることに気付く。
(ああ、可哀そうにルーシー嬢。こんなに不安そうな顔をして……)
「ルーシー嬢、行きましょう」
アルフレッドは苦しい気持ちになりながらどうにか微笑み、ルーシーをその場から引き離すことを優先した。
その後、色々と思いつくままにぽつりぽつりと話をするも、どうもルーシー嬢の表情は浮かないまま。段々と焦り、自分の言葉も上ずっていくのを感じる。
(どうしよう、やはり傷ついている。どうすればいい?どうすれば悲しい思いを忘れさせてあげられる?どうすればルーシー嬢を楽しませることが出来るだろうか)
実はルーシーからは自分こそが傷つき、落ち込み悩んでいると思われているとは考えもしないアルフレッドは、ひたすらルーシーを笑顔にする方法を考えていた。
「あの、アルフレッド様。あの、ミリアさんのこと……その、なんというか……アルフレッド様は、大丈夫ですか?」
この時、アルフレッドの心は悲しみでいっぱいになった。思わず己の眉尻がこれでもかと下がるのを感じる。
心の中はこうだ。
(ルーシー嬢!俺の天使!地上に叩き落され痛みを味わった天使は怯えているんだ……また同じ痛みを受けるんじゃないかって。俺が殿下の様にあの令嬢を好きになるのではないかと心配している……!)
「ご心配させてしまってすみません。大丈夫ですよ。……私は殿下ではありませんからね」
なるべく安心させてあげられるように、と、殿下を揶揄するようにわざと最後に少し笑って見せる。
――大丈夫ですよ、私は殿下ではありませんから(あんな風に他の女に心を奪われるようなことは決してありませんから)ね――
だから、安心して俺にあなたの心の傷を癒させてください。そんな思いでアルフレッドはルーシーを見つめた。
こうして、中途半端にポジティブで妙な自信を持った恋する男・アルフレッドと、必要以上に人の心を慮り変に憶病になってしまった女・ルーシーのすれ違いの舞台は知らず知らずのうちに整ってしまったのだった――……。
――――――――――――――
ルーシーを送り届けた後の馬車内のアルフレッドとグレイ。
「……アルフレッド様、色々余計なこと考えないでとりあえずどれだけ好きかって告白しとけばよかったんじゃないですか?」
「馬鹿だな、それでルーシー嬢の悩みが解決するならいくらでもこの想いを捧げるけど、今のルーシー嬢に愛を囁いたって困らせるだけだろう?まずは態度で愛を示して『あれ?もしかして私、愛されてる?』って思ってもらう方が心から俺の愛を信じられると思わないか?」
「なるほど、確かにそうかもしれませんね」
好きだと一言言ってさえいれば色々と解決していたことを、アルフレッドは知らない。




