アルフレッド様と3
道を挟んで見つめ合う様な形になる私やアルフレッド様と、殿下とミリアさん。
え~まさかのここでこの2人に会っちゃうの?思わずげんなりした。おまけに向こうもばっちりこちらに気付いてるし……。できることなら、見なかったことにして立ち去りたかった。
隣に立つアルフレッド様をちらりと見やる。彼はなんとも言えない苦々しい顔で殿下とミリアさんを見ていた。そして私の視線に気づいたのか、ゆっくりとこちらに振り向く。
そしてにこりと微笑んだ。
「ルーシー嬢、行きましょう」
ただし、その笑顔はものすごく引きつっている。
殿下達がこちらをまだ見ているかは見ないようにして、私とアルフレッド様はその場を立ち去った。
先程の場所を離れてからも、アルフレッド様の口数は少なかった。明らかにさっきの2人を気にしている様子だ。心ここにあらず。
そんな気はしていたのよね……。どこかで考えていた。アルフレッド様がミリアさんに想いを寄せるようになったのはどのタイミングなんだろう?って。1度目の話を思い出すと、殿下も他のご令息たちも、そのほとんどがミリアさんの存在を認識したのは学園に入学してからのようだった。でも、彼だけは違う。婚約には色んな経緯や思惑が絡んでいそうではあるけれど、学園入学前には2人はすでに婚約者だったのだ。
――多分、もう好きだったんだ。
お茶会でミリアさんが、自分は殿下と愛し合っていると宣言したときのアルフレッド様の様子を思い浮かべる。彼は私が2人の仲を邪魔するのを期待しているようだった。
簡単にたどり着いた結論に、胸がズキリと痛む。
「あの、アルフレッド様」
上の空でぽつりぽつりと話しているアルフレッド様の言葉を止める。
空色の瞳が私をその中に映した。
「あの、ミリアさんのこと……その、なんというか……アルフレッド様は、大丈夫ですか?」
すると、途端に私を見るアルフレッド様の眉尻がこれでもかと悲し気に下がった。
あ~~~~!全然大丈夫じゃなさそうだわ!?私のバカ!そりゃそうよね!?かつては婚約する程だった自分の好きな人が、目の前で他の男と親し気にいる姿を目の当たりにして大丈夫なわけがないわ??自分の無神経さに腹が立つ。けれど、正直言ってどうするのが正解だったのかはよく分からない。触れない方が良かった?それとも?
戸惑うように瞳を揺らしていたアルフレッド様は、やがてもう1度真剣な様子になって私と向き合った。
「ご心配させてしまってすみません。大丈夫ですよ。……私は殿下ではありませんからね」
おどけたように最後に少し笑って見せる彼が、健気過ぎて胸が痛い。
彼があのお茶会の日から、どんな気持ちでいたのかは分からない。どんな気持ちで私に求婚しているのかも。もしかしたらミリアさんを吹っ切るために、表面上は同じような立場の私は適任だと思ったのかもしれない。
『自分は殿下ではないから』……諦めるような、自分に言い聞かせるようなその言葉がなんだかとても悲しく聞こえた。
殿下のバカ。アルフレッド様のどこが『危険な男』よ。こんなに優しくて愛情深い人の愛する人を、あんな風にかっさらった殿下の方が私に言わせれば酷い男だわ!
それでも、アルフレッド様は……ミリアさんには殿下じゃなければだめなんだ、自分では駄目なんだと納得しようと頑張っている。
なぜか、涙が出そうだった。
それからしばらく2人で散歩して、あの店が気になる、この店も美味しそうだと当初の予定通り楽しくお話した。
帰り、馬車でレイスター家まで送ってもらう道中。
「ルーシー嬢。今日は色々ありましたが……どうかまた、私と会ってはいただけませんか?」
こちらを窺うようにおずおずとしたアルフレッド様の様子に、また胸が痛んだ。
この人は、いい人だ。素敵な人。だけど、他の女の子が好き。よりにもよって相手はあのミリアさんだ。もしかしたらまたあの日の殿下の様に、やっぱりミリアさんじゃなければだめだと言われる日が来ることもあるかも。分かっている。殿下のことを愛していなかったなんてことは関係なく、やはり面と向かって他の女性を選ばれたことは小さく私に傷を作っている。
それでも。
「そうですね、また、お会いしたいです。……しばらくは、お友達として」
私の『お友達からよろしくお願いします』の返事に、アルフレッド様はパアっと表情を明るくした。
もしもこの先、自分がまた傷つくことになるかもしれなくても。
今は私以上に傷ついているこの人の側にいたいと、どうしてもそう思ったのだ。
――――――――――――――
――その日の夜、レイスター公爵家では。
「それでは、家族会議を始めます」
またもやルーシー抜きの秘密の家族会議が開かれていた。
「ねえ、姉さんは今日アルフレッド・バルフォアと出かけていたんだよね?どうしてあんなに落ち込んでいたの?まさかあいつも殿下の様に姉さんを……?もしそうなら絶対許せないんだけどどうしよう」
「落ち着きなさい、マーカス。でも2人はすぐ婚約とは行かなくとも、これから付き合いを重ねていく約束をしたんだよ?」
「でも父さん!姉さんは明らかに様子がおかしかった!!夕食後に用意されたマドレーヌも2つしか食べなかった!!いつも4つはペロリと行くのにっ……」
「やはり僕が間違っていたんだろうか……僕がアルフレッド君を勧めたばっかりに……?」
「――いいえ、間違ってはいないわ」
焦り喚くレイスター家の男2人に比べ、母ルリナは落ち着いていた。
否、興奮していた。
「ふふふ、むしろ大正解よ!ルーシーはきっと……これからうんと素敵な女の子になるわ……恋は女を綺麗にするって言うでしょう?」
うっとりと微笑むルリナの言葉に、シスコンのマーカスと娘ラブのクラウスははっと息を呑む。
「にゃあ~んみゃあん」
何も心配いらないわよ、と言わんばかりに、ミミリンだけが余裕の表情でごろにゃんごろにゃんと上機嫌で足元をごろごろ転がっていた。
そしてまた、夜は更けていく。
次回アルフレッド視点です!