アルフレッド様と2
注文したケーキと共に、紅茶と焼き菓子が運ばれてくる。
私はシフォンケーキ。とろりと生クリームが添えられていてとってもそそられる。アルフレッド様はチョコレートタルトだ。焼き菓子も選べたので2人ともマドレーヌにした。ただし、味は私がチョコで、アルフレッド様はプレーン。
前に偶然会ってカフェに行ったときのことを思い出す。あの時も彼は季節のタルトを頼んでいた。
「アルフレッド様、もしかしてタルトがお好きです?」
「あ……はい、実は。そういえば先日もタルトでしたね。なんだか少し恥ずかしいです。このクッキー生地と言うんですか?これがすごく好きで。普通のクッキーも好きです」
「まあ、ではお茶会の時、庭園の奥で会った時に、ハンカチの中にクッキーも入れておいて正解でしたわね」
「あのクッキーも美味しかったですね。まさかハンカチの中からお菓子がでてくるとは思いませんでしたけど」
私達は顔を見合わせて笑った。
シフォンケーキに少しクリームをつけて口に運ぶ。ふわふわのケーキととろとろのクリームがすっごく美味しいわ……!あまりのおいしさに顔が緩むのを感じながら満喫していると、アルフレッド様がこっちをじっと見ていた。
「シフォンケーキ、おいしいですか?」
「ええ!とっても!」
「……クリーム、ついてますよ」
「えっ」
慌てて口元に手をやる。
「口元じゃなくて……」
言いながら、アルフレッド様はおもむろにこちらに手を伸ばし、私の頬を指でなぞった。
――ぶるりと、体が小さく震える。
「はい、取れましたよ。もう大丈夫です」
にこりとこちらにむかって甘く微笑むアルフレッド様。その顔があまりにも蕩けそうで、私はお礼の言葉も出てこなかった。
あ、あま、甘いわっ……。
なんだか動悸がするわ……!おまけに目の前が少しだけふわふわする。
そこからもにこにこと笑顔のアルフレッド様と、随分色々話した気がするけど。なぜだかどこか夢見心地で、どんなことを話したのか全く記憶に残らなかった。
「良かったらこの後、少しこの辺りを歩きませんか?」
「えっ?」
「散歩しながら……気になるお店を見つけて、また、一緒に来られたら」
カフェを出たところで、アルフレッド様は軽く私の手に触れながらそんなことを言った。
「……そう、ですわね。気になるお店を見つけたら」
今日こうして一緒に出かけるのもあまり乗り気になれなかったはずなのに、気が付いたら私はそんな風に答えていた。
アルフレッド様はまた嬉しそうに顔を緩ませて。
「では、是非気になるお店を見つけましょう。……何軒でも」
そう言って、触れた手に少しだけ力を込めた。
私は、どうかしている。あんなにミリアさんのことが気になって、彼女を慕っていた人とはあまり関わりたくないと思っていたはずなのに。
……なんだか、次はどんなお店にこの人と一緒に行きたいか、なんて、さっきからそんな想像が止まらないのだ。
「じゃあ、行きましょう」
当然のように私の手を自分の腕にそっと絡ませて、アルフレッド様は歩き出した。
ぽつりぽつりと、他にはどんなお菓子が好きか、お菓子以外はどんなものが好きか、なんてことを話しながら歩く。最初が食べ物をきっかけに話すようになったせいもあるのか、私達の話題は食べ物のことが多い。
食べ物の話ももちろん楽しいけれど、アルフレッド様は普段何をしているのかしら?食べ物以外で好きなものは?好きな色とか花とか、男性だからお花は別に興味ないかしら?反対に、嫌いなものは?甘いものの中にも苦手なものはあるのかしら……どこまで聞いてもいいのかな?あんまり踏み込んで聞いたら嫌かもしれない。
会話しながら頭の片隅でそんなことを考えていて、不意にはっとした。
待って?これじゃあ私、アルフレッド様のことが気になって仕方ないみたいだわ?
浮かんだ考えを振り払うように、思わず頭を軽く左右に振る。隣で彼は少し不思議そうな顔をしていた。
「ルーシー嬢?あの、どうか――」
言葉を掛けられながら路地の角を曲がると、側のお店の前で誰かが大きな声で、まるで言い争うかのように会話しているのが耳に飛び込んできた。
「~~!~~~?~~!」
「坊ちゃん、悪いがなんて言ってるか分からないよ!とりあえず一旦こっちに来てくれ、話が出来そうなやつを連れてきてやるから」
私と同じくらいの背格好の帽子を深くかぶった少年と、その店の店主らしき男性が話しているようだが、店主の方はひどく困惑しているようだ。どうも少年は異国の人間らしく、言葉が通じていない。
「トラブルですかね?隣国の言葉でしょうか?なんて言っているかまでは分かりませんね……」
その様子を見ながらアルフレッド様がそう呟く。
しかし、私にはしっかりと言葉の意味が理解できていた。
「あの、ちょっと、行ってもいいですか?」
「え?」
「少し、待っていてくださいね」
「あっ!ルーシー嬢!」
少年は言葉が通じない苛立ちからか徐々に声が大きくなっていて、店側もほとほと困り果てている。このままでは埒が明かない様子なので、私はアルフレッド様に一言声を掛けていまだに大きな声でかみ合わない会話を続ける2人に近づいて行った。
『すみません、お困りですか?』
少年の言葉は、アルフレッド様が言っていた通り、隣国・ミラフーリス王国で使われている言葉だった。
少年は弾かれたようにこちらに振り向く。
『お前、ミラフーリスの言葉が分かるのか!?ああ、助かった!』
心底安堵したようで、ほっと息をつく。
わ!この人、間近で見るとものすごく綺麗な顔をしているわ!?
まるで女の子みたい!……女の子じゃないわよね?
『俺の乗ってきた馬車が噴水のある広場の近くにあるはずなんだが、道に迷っちまったんだ。それで何気なくそこの店主に声を掛けたら言葉が通じなくてさ。もういいよって言ってるのにこの人離してくれないんだ』
よくみると、店主の手は少年の腕を掴んでいる。
なるほど。声を掛けられた店主が心底困惑していて怒っているわけでもなさそうなのを見ると、心配してなんとか意思疎通しようとしたって感じかしら?
私が店主に向き直り少年の事情を伝えると、店主は気まずそうな顔をした。
「なんだ、そうだったのか。余計なことして悪かったなあ。あんまり綺麗な顔で泣きそうになって必死で声かけてくるから、変な奴に追いかけられでもして困ってるのかと思ったんだよ」
ああ~……気持ちは分かるわ?他国で迷子になってしまった心細さからか、なんだか目もウルウルしてるし!これは庇護欲をなんともそそるタイプだものね……!
言葉も通じない少年を邪険にするでもなく心配して保護しようとしていたあたり、この店主はきっとすごく優しい人なんだろう。
「あとは大丈夫です。こちらに任せてくださいませ」
「ありがとうよ、お嬢ちゃん。それにしてもまだ若いのに、外国語を話せるなんてすごいんだなあ!」
少年を目的地まで送ってあげようかと思ったけれど、なぜか焦ったように断られた。
『大体の行き方だけ教えてくれればいいよ!騒ぎを起こしただなんてバレたら怒られちまう』
仕方ないので、3回くらい説明してあげて見送った。
「……ルーシー嬢、隣国の言葉を話せるんですね」
気が付けば側にきていたアルフレッド様が驚いた様子で私を見つめる。
「ああ、あの、先日まで一応妃教育を受けていましたし……」
「なるほど。確か婚約は10歳の頃に結ばれたんですよね?他にも色々な勉強をしているでしょうに、3年であれほど流暢に話せるんですね」
感心したように頷いている。
しかしなんとも言えない気分だった。
ごめんなさい、もっと長い間妃教育受けていました……!!
なんて、そんなことは言えるわけがないので曖昧に笑ってごまかしておく。
それから散歩を再開し、私が他にどこの国の言葉を話せるか、なんて聞かれながら歩いていた。
すると、ふとアルフレッド様の視線が私から逸れた。次の瞬間さっと表情が強張る。
え?何……?
つられるようにその視線の先を追うと、道の向こう側で驚いたような表情の殿下が立っていた。
――隣に、こちらをじっと見つめる、ミリアさんを連れて。