アルフレッド様と1
数日後、レイスター公爵家エントランス。
そこには、朝っぱらから輝かんばかりの笑顔が眩しいアルフレッド様の姿があった。
この間街であった時と同じように、軽装だ。
「おはようございます、レイスター公爵、ルーシー嬢」
「やあやあ!おはよう、調子はどうだい、アルフレッド君」
うちの屋敷にアルフレッド様がいるなんて、なんか不思議な気分……。
そんなことを考えながらなんとなく言葉に詰まる私をよそに、隣に立つお父様はにこやかに彼を迎える。
そんな中……。
「にゃお~ん」
アルフレッド様の足元に、ミミリンがごろごろと喉を鳴らしながら擦り寄っていった。
驚愕した。
み、ミミリン!?どうしてあなたはそんなにアルフレッド様に懐いているの!?いつの間に触れあうまでに!?あの日、私がシャラド侯爵家に遊びに行っている間にあなたたちの間にまで何があったのよ!!いつも家族以外にはツンと冷たく高貴な振る舞いで突き放しているじゃない……!!(なんなら家族も突き放されがち)なんだか私、裏切られた気分よ!?
私の悲痛な心の叫びはミミリンに届くわけもなく、彼女は気ままにアルフレッド様に体を擦りつけていた。なんだか甘えたような声を出しながら。
「みゃあ~ん」
「さて、ルーシー!2人で楽しんでおいで。うちの護衛とユリアは別の馬車で着いていかせるからね」
お父様に促され、私は心の中でため息をつきながら、満面の笑みを浮かべるアルフレッド様にエスコートを受ける。
バルフォア侯爵家の馬車に同乗するのは、アルフレッド様の侍従らしい。馬車の前には背の高いやせ型の男性が私達を待っていた。黒髪黒目が理知的な優しいお兄さん風だ。私たちより何歳か年上だろうか。
「紹介いたします、ルーシー嬢。こちらは私の侍従のグレイです」
「よろしくお願いいたします」
グレイさんはうやうやしく頭を下げる。
「よろしくお願いしますね、グレイさん」
そうして私達は予定通り街へ向かった。
あの日、結局私はお父様のアルフレッド様ごり押しを躱しきれなかったのだ。
「え!?もうすでに1度一緒にお茶したの?偶然会って?なんだ、それなりに仲いいんじゃないか~。君がバルフォア家のご子息は嫌だと言うから、てっきり何か問題でもあるのかと思ったよ。1度じゃよく分からなかっただろう?ユリアにもとても良いご令息のようだと聞いているし、お父様も同じ意見だよ!もう1度一緒に出掛けて、それでもダメなら諦めさせるから!だって、お父様、もうオッケーって言っちゃったんだよ~」
やっぱりものすごく饒舌だった。というか既にオッケーしているなんて、お父様の裏切者……!お母様はアルフレッド様に限らずどんどん会ってみればいいじゃない!というスタンスだし、2人にアルフレッド様との婚約に乗り気になれない理由を言えるわけもない。結局私はなすすべもなく頷くしかなかったのだった……。
「ルーシー嬢、今日は無理を言ってすみません。とても美味しいと評判のカフェにご案内しますので、どうか色々なことは一旦忘れて、一緒に楽しんではいただけませんか?」
遠慮がちにおずおずと私の顔を覗き込むように言いつのるアルフレッド様。その隣でグレイさんも心配そうな顔で私を見つめている。
うっ……別に、アルフレッド様に何か問題があるだとか、彼が何かしたとかいうわけではないのだ。私の気持ちがどうにも追いつかないだけで。
仕方ないので気持ちを切り替える。そう、ケーキよね!美味しいケーキを食べに行くのよ!
「はい、カフェ、楽しみですわね。今日はどんなケーキが食べられるかしら?」
私が笑顔でそう答えると、アルフレッド様はふわりと笑顔を浮かべた。
や、やめて!そんなに嬉しそうな顔をされると、なんだか恥ずかしくなってくるわ……!たまらずそっと目を逸らした。それでも視界の端で、アルフレッド様がにこにことこちらを見つめているのを感じた。……馬車の中がなんだか暑い気がする。
馬車を降りると、アルフレッド様はさらりとエスコートしてくださる。他の方とでかける時にもエスコートはしてもらったけれど、彼のエスコートはどこか安心感がある。しっくりくるというか……優しいお人柄ゆえなのかしら?
「今日行くお店はだいぶ悩んだんです。候補がいくつかあって……でも、ルーシー嬢は焼き菓子もお好きでしょう?ケーキと一緒に小さな焼き菓子を出してくれるカフェなんですけど、どうでしょうか?」
「まあ!それは嬉しいですわ。ふふふ、アルフレッド様にはすっかり私の好みがバレてしまっていますね」
「あなたの好みを自分が知っているのは嬉しいですね。そして、私の好みとよく合うことも……すごく嬉しい」
言いながら少しはにかんで、エスコートのために腕に添えた私の手に反対の手でそっと触れる。その触れ方が壊れ物を扱うかのように優しくて、なんだかどぎまぎしてしまう。
ねえ、この人……本当に13歳なの……?だから!私は!男性への免疫がほとんどないんだってば……!(殿下のせいでね!)
カフェにつくと、どうやら予約をしてくれていたのか?すっと奥の席に通された。あまり目立たない入り口の、全体的に少しこじんまりとしたカフェだ。席数も多くなくて、でもそういう要素の全てがなんだか隠れ家的なお店という感じでわくわくする。
「こんな素敵なお店、良く知っていましたね?」
少し興奮して思わずそう聞くと、アルフレッド様はちょっとだけばつの悪そうな顔をした。
「実は……ルーシー嬢と出かけられることが嬉しくて、少しリサーチしました。せっかくなら、少しでも喜んでほしくて……だから、きっとお菓子やケーキの味も気に入っていただけると思います」
――不覚にも、きゅんとした。
なにそれ。なにそれ、なにそれなにそれ。私と来るために、わざわざ調べてくれたの?それでこんなお店を?
ここはカフェが多く並んでいる通りで、有名店も、外観がとても可愛くて目を引くお店も他にいくらでもある。そんな中、良くも悪くもここは落ち着いていてあまり目立たない。私もケーキやお菓子が好きだから、いつだって美味しいお店を求めていろんな人におススメを聞いたりするけれど、このお店のことは知らなかった。
……多分、本当に、ものすごーくリサーチして見つけてくれたんじゃないだろうか。
私の驚いた顔を見て、アルフレッド様はばつの悪そうな顔から、悪戯が成功した子供の様な、ちょっと得意げな顔になった。