ルーシー、モテ期が来る!?
私に求婚が殺到している。
それはなかなかインパクトのある知らせだった。
求婚、求婚……婚姻を求めること。
……えっ!なんで!?
いや、直接の理由は分かっている。殿下との婚約を解消したからだ。あれだけ同年代の貴族達が集まったお茶会で盛大にやらかしたからね?私が今、婚約者のいない状態なのは周知の事実。
それでも……なんで?
だって1度目も含めて、皆全然私に興味なかったじゃない……!!!
というか、少し馬鹿にされていた。殿下のせいで。
そうじゃなくともかなり遠巻きにされていた。殿下のせいで。
「いつも無表情で、冷たい目をしていて、近寄りがたいと周りは皆口を揃えて言っていた」って、殿下が言っていた。それも概ね殿下のせいだけど。
あれ?やっぱり改めて考えても私が人に好かれなかったのって大体殿下のせいだな?
つまり……これは……殿下という呪縛から解き放たれた(アリシア様談)ことによって訪れた、私の空前絶後の、モテ期ってやつ………!?!?きゃっ!どうしよう!ついに私の時代がくるのね……!?
――なーんて、もちろん冗談だ。ちゃんと分かってる。皆、我がレイスター公爵家との繋がりが欲しいだけ。真実はいつもひとつ。私が望まれているわけではない。なんて切ない真実か。現実はいつだってそんなもの……。
さて。なぜ、私がこんなにバカげた現実逃避をずっと続けているかって???
「ルーシー嬢?どうかなさいましたか?」
「!!いいえ、なんでもありませんわ、ほほほ……」
私は現在、お見合い真っ最中だった。今日のお相手はスミス侯爵家のご長男、ディオ・スミス様。とっても紳士的でお優しい方だけど、きっとこの人も公爵家との繋がりが欲しいんだろうな~。だって1度も話したことないもんな~。はあ。
最近は、こうして何度か色々な方とお会いしている。
大部分の求婚に関してはお父様にお願いして即お断りしていただいた。(嬉々としてお断りしてくれた)だけど、やはりお父様の仕事の都合だとか、公爵家としての繋がりだとかで簡単には断れないものもある。
それでもやんわり辞退しようとはするのだけど……そうすると、大抵はこう続けられる。「せめて、1度だけでも一緒に出掛けてやってくれませんか?」
それでも断れないわけじゃなかったけれど、まさかのお母様が反対した。
「いいこと、ルーシー?あなたは今選ぶ側。チャンスがたくさんあるうちに会ってみておくのもいいと思うのよ。全部だめならそれでもいい。知りもしないで断って、実はいい人だった!だなんて目も当てられないでしょう?あなたには次こそきちんと好きになれる人と一緒になってほしいの」
なるほど、と思ってしまったものだからもう断れないでしょう?
しかし、私は長いこと殿下の婚約者として人との関わり少なく過ごしてきた女。
男女で出かけることだって全くなかったし、いきなり2人で楽しんでおいで、なんて送り出されてもよく分からない……!(ちなみにもちろん護衛はどこかに潜んでいる)楽しさが分からない。いえ、楽しさよりも気疲れが先に来ているのよね。
――あら?そういえばアルフレッド様に対してはそんなことなかったわね?……まああれはたまたま出会ってお茶しただけで、こうして出かけるのとはわけが違うか。
「この後はカフェに行きたいとのことでしたよね?希望のお店は有りますか?」
「いいえ、美味しいお菓子とお茶が頂ければどこでも嬉しいですわ」
「そうですか……では、あの店なんてどうでしょう?」
ディオ様が指し示す方向にあったのは、偶然にも先日アルフレッド様と行ったあのカフェだった。
「……すみません、やっぱり向こうのお店が気になるので、そちらでも構いませんか?」
「?はい、もちろんです」
あのお店のケーキは本当に美味しくて、是非また行きたいと思っていた。それでも、なぜか今日はできれば行きたくないな、と思ってしまったのよね。どこでもいいって言ったのに失礼な話よね?反省反省。……でも、なんでそう思ったんだろうな?
入ったカフェで頼んだケーキはこれまたすごく美味しかった。
「とっても美味しかったですわね!」
思わず笑顔でそう言うと、ディオ様は薄く笑った。
「そうですね、とても美味しいケーキでした」
あれっ。
明らかに微妙な顔をしているディオ様の反応に、少しだけ戸惑う。
……甘いものはあまり好きじゃなかったのかもしれない。そんなことおくびにも出さずに本当に優しい方。付き合わせてしまって、申し訳なかったな……。
うーん、やっぱり私にはいきなり全然知らない男の人と2人で出かけるのは少しだけ難しいみたい。
そろそろ帰りましょう、ということで馬車に向かって並んで歩く。隣に並ぶディオ様の横顔をこっそりと見つめてみる。
キリっと切れ長の目は涼し気で、13歳にしてすでに背も高い。物腰も穏やか、優しくて、長い手足はとってもスマート。もちろん1度目にもとてもご令嬢たちに人気のあった人だ。
でも、なんかしっくりこない。どうも何かが違う。なーんて、私がそんな風に言うのもおこがましいのだけど。なんてったって世間的には私は王子に捨てられた元婚約者。あれっ!そういえばすっかり忘れてたけど、ディオ様って学園でよく殿下と一緒にいた側近候補で、ミリアさんとも仲良くしていなかったっけ!?
ディオ様に馬車で屋敷まで送っていただき、その手を借りて降りる。
さあ帰ろうかというところで、エスコートのために触れていた手をきゅっと握られた。
「ルーシー嬢、今日はありがとうございました。ご一緒出来て本当に楽しかったです。また、こうして会ってはいただけませんか?」
甘くはにかむディオ様はやっぱりとっても素敵な人だと思う。
「………私も、とても楽しかったですわ。機会があれば、また」
そうして曖昧に笑って、今日のお見合いは終了した。
******
夜。またたくさんの求婚の手紙を見ていく。
うーん、これまで何人かと会って、皆さんいい人だったけど、なんだかちょっと疲れちゃったわ。お母様の言うことは理解できるけど、どうにも気分が乗らないのである。
そして、気付いてしまった。
「なんだか、求婚してくださっている人の中に、何人も時戻り前にミリアさんに傾倒していた方がいるわね……」
気付いてしまうと、ますます気分が乗らなくなる。
だって、考えても見て?殿下がミリアさんを連れて私を訪ねてきた時、なんて思った?
「ミリアさんみたいな可愛いタイプが好きなら、そりゃ私なんて嫌よね」って思ったのよ?実際はそもそも誤解から私のことを嫌っていたわけだけど、それでもあの時感じたことには違いない。
私らしからぬ後ろ向きな考えではあるけれど、ミリアさんのことを慕っていた男性は、私のことはあまり好きになれないんじゃ?と思うわけだ。
ああ、ダメだ、どんどん気分が重くなっていくわ……これもうやめちゃダメかしら?
憂鬱な気分のまま手紙の仕分けをしていると、手伝ってくれていたユリアが急に顔を勢いよく上げた。そのあまりの動きの激しさに思わず体がビクッとする。
「お嬢様!朗報です!!」
「な、なに?」
「お嬢様……これがこのユリアの見つけた、輝く運命への招待状です……」
いかにも芝居がかったような仕草で、膝を突き両手でうやうやしく一通の手紙を差し出すユリア。
え、何それ、ちょっとかっこいい……っ!!!
ちょっとテンションが上がって、うきうきで差し出された手紙を受け取る。
その手紙には、バルフォア家の封蝋が押されていた。
殿下のことはどうでもいいけど、自分は女としてあんまり魅力がないんだな…と実はそれなりに気にしていたルーシーでした。(かわいそう!)