薬草店の黒い疑惑…?
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「ルーシー嬢……お願いがあります。どうかあの薬草店には近づかないでください」
「……はい?」
アルフレッド様はものすごく真剣な顔で続ける。
「あの薬草店には、黒い疑惑があります」
く、黒い疑惑……?
予想外の言葉に困惑していると、アルフレッド様ははっと驚いたような顔をして、慌てて握っていた私の手を離した。
「す、すみません、不躾に……」
「い、いいえ……」
目に見えてアルフレッド様の顔が赤くなるもんだから、なんだか私まで恥ずかしくなってくる。やめて……!アルフレッド様、あなた私を赤面させるのこれで2回目よ!何にも動じない私は時戻りで失われて……しまった……っ!
なんて、脳内で盛り上がっている場合ではなかった。
「あの、黒い疑惑ってどういうことですか?」
「あ……あの、思わず強い言葉を使ってしまいましたが、実際には私が少し疑問を持っているだけで……」
「でも、アルフレッド様はあのお店を『危ない』と感じているんですよね?話してください」
一瞬ぐっと言葉に詰まったアルフレッド様。それほどあまり気の進まない話なのだろうな。それでも思わず私に告げてしまうほど心配してくださったと言うことだ。
――やっぱり、私はこの人、いい人だと思う。
『あれは危険な男だ。君も気をつけろ』
殿下の言葉がよぎる。私のことを誤解して嫌っていたように、アルフレッド様に対しても何か誤解があるのでは?そう思えてならない。……いつか、その誤解も解けるといいな。
しばらく逡巡した後、彼はゆっくり口を開いた。
「実は――あそこは私の家がひいきにしていた店だったんです」
話はこうだ。
アルフレッド様の家、バルフォア家は、あの薬草店が評判の店になるよりずっと以前から利用していたらしい。バルフォア侯爵家は代々騎士を輩出することが多く、当代、つまりアルフレッド様のお父様も騎士団に所属している。(なんでも副団長様なのだとか!)
それで、「騎士は体が資本!」と、同僚に勧められたあの店の『栄養ドリンク』なるものを飲むようになった。それはとても素晴らしいもので、どんなに疲労がたまっていても飲めば体がスッキリするし、ちょっとした風邪も全く引かなくなった。
しかし……最近どうも『栄養ドリンク』の利きが弱い。疲れがあまりとれない。飲みすぎて体が慣れてしまったのか?そう思いバルフォア侯爵は薬草店の店主に相談する。
「きっと栄養ドリンクでは間に合わないほどお疲れなのでしょう。ちょうどおすすめの薬草があります。煎じてお茶にいたしますので、是非試してみてください」
すすめられた薬草茶を飲み始めると、また体の調子が良くなった。やはりあの薬草店はいい店だ。そう思っていたのも束の間、徐々にバルフォア侯爵の様子がおかしくなる。
体の調子は相変わらずいいものの……どうも精神的に不安定になっていったらしい。
最初は軽い不眠を訴えるくらいだったのが、徐々にイライラし始め、かと思えば今度は突然この世の終わりかの様に落ち込み酒に溺れてみたり、そうかと言えばすっきり明るく快活な日もある。日によって、まるで別人のように振る舞いが違うのだ。明らかな精神不安定状態。
どう見ても、何かがおかしい。
それでもその時はまさか長い付き合いの薬草店を疑うことはなかったが、先日薬草茶を買い足しに行った日、店がたまたま休みだった。仕方ないので、買い出しに出ていた使用人は全然別の店の薬草茶を買って帰る。
すると……どうだろう。そのお茶を飲み始めて、憑き物が落ちるかのようにバルフォア侯爵の精神不安定は鳴りを潜め、元の穏やかな人柄に戻ったのだとか――。
「父はもう少しで休職するしかないか、というところまで追いつめられていました。結局、お茶のせいだとは誰も言わなかったのですが……どうしても私は疑惑を抱かずにいられなくて……しかし、確証はないので、表立って追及することもできないのです」
思ったよりがっつり黒い疑惑だった……!
「もしかして、アルフレッド様があそこにいらしたのもあの店の様子を見に……?」
「はい。何か少しでも怪しいところはないかと思い……しかし何も見つけられず。もう立ち去ろうかと思っていた時にルーシー嬢と」
「なるほど……分かりました。あの店には近づかないようにします」
私がそう言うと、アルフレッド様はほっと安心したような顔をした。
「ありがとうございます……もしも何かあの店について分かったら、ルーシー嬢にもお伝えしますね」
肩の荷が下りたのか、やっと笑顔が戻ってきた。うんうん、やっぱりアルフレッド様はそうやって朗らかに笑っている顔が良く似合うわ。もうこの人の心に影を落とすようなことが起きませんように……。
ちょうど話に区切りがついたとき、店員が私たちのテーブルへやってきた。
「お待たせいたしました!おすすめケーキセットと季節のタルトです!」
――ふわあああ!!!
「お、美味しそう……!素敵ですわ……!」
おすすめケーキセットは、いくつかのケーキが通常のショートケーキの半分くらいのサイズでワンプレートに並べられていた。なるほど!ケーキセットってこういうことだったのね!おすすめのケーキが数種類も食べられるなんて、なんて素晴らしいのかしら!どうしよう、胸のときめきがっ、止まらないぃ……!
「ふふっ、やっぱりルーシー嬢は甘いものを前に喜びが溢れている姿が1番可愛いですね」
「!?か、かわっ……!?」
この人、なんてことを言うの……!?
「さあ、食べましょう!……私の季節のタルトも一口いりませんか?」
ひ、ひええ!嘘でしょう!?気軽に「一口いりませんか?」ですって?なんて破廉恥な!!!
ちらりとアルフレッド様の目の前にあるタルトを見る。……イチゴである。ところどころに可愛らしいベリーも載っている。
「…………いります」
アルフレッド様は破顔した。
結局、薬草茶は昔からある老舗の薬屋で購入した。アルフレッド様はそこまで付き合ってくださった。
ユリアはその後、アルフレッド様と別れる頃にやっと戻ってきた。
「もう!ユリアのバカ!どうして私を置いていっちゃったの!」
「えっ?何かありましたか?」
「何もないわよ!」
「――ふふふ、だってお嬢様に新たな春の予感がと思えば、お邪魔なんてできないでしょう……!」
ぽつりとつぶやいた言葉は、私の耳には入らないまま――。
――――――――――――――
数日後、驚きのニュースが耳に飛び込んできた。
例の薬草店が閉店したらしい。なんでも店主が行方不明になっているのだとか――。
それからもう1つ。
「ルーシー!……くっ、ルリナ、やっぱり言わなくちゃダメかな?」
「何言ってるのよあなた。いつまでも黙っていたって仕方ないでしょう?」
「ううっ……よく聞きなさい、ルーシー。お前に求婚が殺到しているよ……!」
「……は?」
えっ、求婚?
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