お父様の健康のために
私は考えていた。お父様は病気で死んだ。なんてことないちょっとひどい風邪のようなハイサ病で。ならば、どうすればお父様の命を救えるか?
「事故や事件ならばまだどうにでもできるけれど……」
うーん、大体いつ頃体調を崩したとかは覚えていても、お父様が具体的にいつ?どこで?罹患したかまでは分からないのよね……。強いウイルスならばまだ根本的な原因の特定・改善などの手段もあっただろうけど、よりによってそこまで強くない季節の流行病である。あれ?これって意外と難しいわね?
悩んで悩んで、全く名案が浮かばない私は友人の(えへっ!)マリエ様に相談した。
「少しひどい風邪に罹患しないようにするにはどうすればいいか……?え?うちの薬草が治療薬になるような風邪?なにそれ変に具体的で怖い……とりあえず普通の風邪の場合は、基礎体力を上げて健康な体ならば罹りにくいと思いますけど」
そうか!具体的な解決策がないならば予防すればいいのよね!「死の回避」に注目しすぎてそんな初歩的なことにすら思い至らなかったわ。よし、そうと決まれば!
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その日の昼過ぎ。
「お嬢様、町娘風ワンピース姿もとても素敵です!何を着てもお美しくてさすがですわ!」
「ありがとう、ユリア!だけどお嬢様って言わないでちょうだい。今日の私はユリアの友達の町娘ルーシーよ!」
私は侍女のユリアと共に街へ繰り出していた。
せっかくならお忍びの体でゆっくり楽しみたい!ということで今日の私は町娘で、友達のユリアと遊びに来ている設定。さすがに護衛なしというわけには行かなかったけれど、こっそりついてきてもらうようにお願いしていてどこにいるかは分からない。
こういうのは気分が大切よね!
「友達というより……せめて姉妹が限度のような気がしますが……」
私より何歳か年上のユリア(年齢非公開らしい)は少し不満そうだけれど、細かいことは気にしないでちょうだい!……でもユリアがお姉様っていうのもちょっと捨てがたいわね?
「それではお嬢……ルーシー様、まずはどちらへ行かれますか?」
いつもの私ならば有名な菓子店かおいしいお茶とお菓子を頂けるカフェに直行なのだけど。
「ふふふ、ユリア!今日はこっちよ!着いてきて」
そうして私が向かったのは、最近評判が良いとよく耳にする薬草のお店だった。
「薬草、ですか……?」
ぽかんとするユリア。まあそうよね、今まで私が薬草に興味を示すなんてことはなかったものね。
「ここには薬草だけじゃなく、体にいいとされる漢方や薬草茶なんかもあるんですって!『栄養ドリンク』なる、元気が出る飲み物もあるらしいわ。お父様、お仕事が忙しいでしょう?だからずっと健康でいてもらえるようにって思って……」
「お嬢様……!なんて天使……!」
なぜか感極まったように涙目になるユリア。よく分からないけど、またお嬢様って言ったの気付いているわよ?
店の外観は綺麗だけれど、入り口からして随分こじんまりとしている印象。でもそこがいい!なんだか知る人ぞ知る本物のお店!って感じよね。まあ評判のお店だから有名店なんだけど。中はどんな感じなのかしら?初めて入るお店ってなんだかワクワクするわね。
さあ中に入ろう!とした、その時だった。
「――きゃっ!?」
ドン!とぶつかり思わずお尻から座り込んでしまった。は、羽のような足取りで歩を進めたのがあだとなったわね……!なんて、現実逃避の思考で乗り切れないくらい恥ずかしいわ……!?
顔を上げられない私の頭上から声がかけられる。
「も、申し訳ない!大丈夫ですか!?」
そして俯いている私の目の前に、さっと手が差し出された。恥ずかしさのあまり、俯きがちなままその手を借りる。
「は、はい、どうかお気になさらず……大丈夫ですわ」
「――……あっ!?」
「えっ?」
驚きの声に思わず顔を上げると。
「まあ!!」
私の手を引き、ゆっくりと立たせてくれたのは、まさかのアルフレッド・バルフォア様だった。
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「改めて、本当に申し訳ありませんでした……」
「いいえ!私もきちんと前を見ていませんでしたし、もう気になさらないでください。それにこうして美味しいお菓子を御馳走していただけるなんて、むしろラッキーです」
「ふふ、ありがとうございます。好きなだけ食べてくださいね?ここのお菓子は本当においしいんです」
アルフレッド様と私は薬草店から少し離れた場所に移動し、とあるカフェに入っていた。
私は転んでしまったことが恥ずかしかっただけで怪我もなかったし怒ってもいなかったのだけれど、『お詫びに美味しいお菓子を御馳走させてください』と言われてしまったら……ま、まあ、謝罪をあまり固辞しすぎるのも傲慢というものよね???
べ、別に美味しいお菓子に釣られてのこのこ着いてきたわけじゃないんだからねっ……!
「でも、まさかこんなところでルーシー嬢にお会いできるとは思いませんでした」
「ふふ、そうですわね。私もびっくりしました」
ものすごく嬉しそうに、明るい声でにこにこと話すアルフレッド様。ふふふ、喜びを抑えきれない様子がまるで子供みたい。でも私にもよく分かります!おいしいお菓子を前にして人は大人ではいられない!私もついつい顔が緩んでしまうから、お菓子にテンションが上がっているアルフレッド様の姿がとっても微笑ましい。
ちなみにユリアは「他の買い出しを済ませてきていいですか?」と急にどこかへ行ってしまった。もう!せっかくユリアともおいしいお菓子を食べられると思ったのに……つれないんだから!
迷った挙句、おすすめケーキセットを注文した。アルフレッド様は季節のタルト。メニューを見るだけでも美味しそうなケーキばかりでとっても悩ましかったわ……!
「それにしても、ルーシー嬢はあそこで何をしていらっしゃったんですか?あの辺には菓子店やカフェはないはずですが……」
ま!アルフレッド様ったら、もしや私がお菓子にしか興味がないと思っているわね……?(大体当たっているのは内緒)なんとなく自分の特性を見透かされたようで悔しくて、わざとツン、とすまして答える。
「私がいつもお菓子のことしか考えていないと思ったら大間違いですのよ?……今日はあそこにある薬草店に行ってみようと思っていましたの」
「薬草店……?」
「知りませんか?最近とっても評判らしくって。よければ後ほどご一緒します?」
しかし、アルフレッド様はさっきまでの笑顔から一転、眉間に皺を寄せ、とても難しい顔になった。
え、何?もしかして薬草に何か良くない思い出でもあるのかしら……?
「後ほど、ということは、まだそのお店には行っていないんですね?」
「えっ?あ、はい。ちょうど中へ入ろうかというところでアルフレッド様とぶつかってしまったので。この後もう1度行こうかと思っていますけど……――っ!?」
アルフレッド様は浮かない表情のまま、急にガシッ!っと私の手を握った。
「ルーシー嬢……お願いがあります。どうかあの薬草店には近づかないでください」
「……はい?」
思わず間抜けな声を出してしまった。