まさかのお誘いに震えています
私はあまりのことに思わず震えていた。
まさか、時戻りをするときにはこんなことになるとは思わなかった。もちろん、時戻りをする前だってこんなことは1度もなかったし、想像したこともなかった。
それくらい、本当に、予想外のことだったのだ。
「ようこそいらっしゃいました、ルーシー様」
「お招きありがとうございます、アリシア様」
そう、なんと私は今、アリシア様に招かれてシャラド侯爵家に来ているのだ……!
数日前、お茶会への招待状が届いたときにはわが目を疑った。これは何かの陰謀?と疑いもした。1度目はアリシア様から手紙をもらったことなど1度もなかった。むしろずっと嫌われていたんだもんね!それなのにどうして?心当たりは殿下との婚約解消のことくらい。ただそれでアリシア様が私に何を言うのか、何をなさろうというのか?予想もつかない。……正直に言うと好奇心が勝ってしまったのだ。
それでのこのこ来てしまったのだけれど……。
前述のとおり、私は震えていた。――感激に打ち震えているのだ……!
「ルーシー様、なんでもマドレーヌがお気に入りなんですって?公爵家では普段どんな素晴らしいお菓子を召し上がってらっしゃるのか知りませんが、我が家のお菓子はとても美味しくってよ」
ふふん、と少し顎を上げて得意げな顔でお菓子を勧めてくださるアリシア様。紅茶の用意されたテーブルの上にはマドレーヌをはじめ、これでもかと美味しそうなお菓子が並べられている。夢のような光景に体の震えが止まらない!ここは、天国ですか……!?
でも、どうして私がマドレーヌが好きだと知っているのかしら??
「あの、まさか私のために用意してくださったんですか?」
不思議に思いながらもそう尋ねると、アリシア様はきっ!と目を吊り上げた。
「……はあ?どうして私があなたのために?たまたま私が食べたかっただけです」
あ、アリシア様!?あなた様はもしや……
「ただうちのパティシエが張り切りすぎたようで大量に作ってしまったようですので、召し上がりたいなら好きなだけお召し上がりになればよろしいのではなくって……!」
もしや、これが巷で噂のつんでれってやつですかーー!?
これってまさか、まさかのまさか?もしかしてアリシア様って私のこと嫌っているわけではないんじゃあ……?
おまけに、私の感激の理由は夢のようなお菓子の山とアリシア様の『つんでれ』疑惑だけではなかった。
「アリシア様、落ち着いてくださいませ……!申し訳ありません、ルーシー様。アリシア様に悪気はないんです……!」
困ったようにあたふたするもう1人のお茶会参加者。
何を隠そう、マリエ・ユギース子爵令嬢だった。
まさかこんなところでマリエ様とお会いできるなんて……!
先日のお茶会ではミリアさんの捨て身戦法のおかげでお茶会が強制終了になったこともあり、結局マリエ様とお話することは叶わなかったのだ。お父様の死の回避のヒントを得るためにもマリエ様とは是非繋がりを持ちたかったのだけれど、現時点で関わりがない彼女とどう接触すればいいものか……と考えていたところに今日のこの場である。
この幸運に震えずにいられようか??
――と、ここまで考えてふと気づく。
もしや、この出会いもアリシア様のご配慮だったり……?
「あ、アリシア様……!!」
確信はないもののもはやそうとしか考えられなくなった私は、この感激を何食わぬ顔で胸の内に収めておくことが出来なくなった。思わず身を乗り出してブツブツと何かを呟いているアリシア様の両手をひしっと握る。
「!?!?ちょ、ちょっと、なんですの、いきなり!?」
「アリシア様、私、感激いたしました!」
「待ってください!ちか、近いわ……!ひゃああ……」
アリシア様は顔を真っ赤にしてものすごく挙動不審になった。これは確定だわ……!多分私嫌われていない!!と、思っていたらアリシア様はふらりとひっくり返ってしまった。
「きゃああ!アリシア様!?お気を確かにっ!!」
「え、なにこれ?どういうこと?私は一体どうしたらいいの……?」
うっかりマリエ様を置いてけぼりにしてしまったことについては反省している。
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「私、アリシア様にはてっきり嫌われてしまっているのだと思っていました」
アリシア様が落ち着いた頃、お菓子を頂きながらそう零す。
「え!?どうしてですの!?」
結論から言うと、アリシア様はなにも『つんでれ』というわけではなかった。時々照れて素直になれないだけなのだとか。(それってつんでれとは違うの……?)
「アリシア様のルーシー様への態度が悪かったからだと思いますよ……」
「そ、そんな……いえ、嫌いだから冷たい態度をとったわけじゃ」
「やっぱり冷たい態度をとってる自覚はあったんですね。あれだけルーシー様ルーシー様って言っておいて」
「ちょっと!マリエ様!べ、べつにルーシー様のことが好きで話題に出してたわけじゃありませんわ!!」
キッとマリエ様を睨みつけるアリシア様だけど、顔が真っ赤な上に涙目で全く怖くない。
そうかそうか……アリシア様は私のことを……ふふふ!でもどうして1度目も含めて、ずっと私を目の敵にするような態度だったのかしら?
アリシア様はしょぼんとうなだれてしまった。
「ただ私は……ルーシー様が憎き殿下に蔑ろにされることを甘んじて受け入れていることがどうしても耐えられなかっただけですわ」
に、憎き殿下って言った……?聞き間違いかしら???
「ルーシー様は覚えていらっしゃらないと思いますが、私とルーシー様は幼い頃に1度一緒に遊んだことがあるのです。だから私はルーシー様がいかに明るく可愛く心優しい方か知っています!それなのにあの忌々しい殿下の婚約者になってからその笑顔が見られることはなくなりました。殿下はこんなに素敵なルーシー様を蔑ろにして……そのお心を曇らせていると思うと……どうしても……!どうしても……!くっ、ダメだわ、今すぐ焼き払いに行きたい」
「アリシア様、どう、どう!落ち着いて!座ってください!はあ、ダメだわ、アリシア様の意識はすでに殿下を焼き払いにかかってるっ……!」
まさかの愛が重いタイプだった!!!
もしかして、1度目に殿下を慕って追いかけまわしていたように見えたのも、私に何度も「肩書だけの婚約者様」って言ったのも、私と殿下を、私のために引き離したかったと言うことだったり……?
――ああ、拗らせていたのは殿下だけではなかったし、誤解を解く機会もなくその人のことを決めつけていたのは私も同じだったのだ。
「――アリシア様っ!!」
「ひきゃああ!!」
感極まって思わずアリシア様に飛びつくように抱き着くと、アリシア様は淑女らしからぬ悲鳴を上げて気絶した。
「ええ……勘弁してくださいよ……」
マリエ様の心からの呟きがその場に虚しく響いていた。
だって、つい……ごめんなさい!
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マリエ様を呼んでくださったのはやはりアリシア様のご配慮だった。
お茶会の時、殿下がマリエ様に「ルーシーが君と話したがっていたから、あとで是非相手をしてやってくれ」と言っていたのを聞いたのだとか。元々アリシア様とマリエ様は幼馴染らしい。
殿下、ぐっじょぶ!
もっと言うとアリシア様は、殿下という呪縛からついに解放された私(すごい言われようね!)と仲良くなりたいな~とこのお茶会を開いてくれたらしい。
少しでも陰謀?とか疑っちゃってごめんなさい!
こうして私はアリシア様、マリエ様という可愛くも楽しいお友達が2人もできたのだった……!!




