ミリアさんVSミミリン???
侍女のユリアと家令のモルドが静かに殺気立っている。
止めて!一応、一応相手は王族だから……!
寒気がするのか、殿下は少し身を震わせて腕をさすっていた。
ほら!殺気!伝わっちゃってるからね!?
「突然押しかけてしまってすまない」
殿下がそっとこちらを窺う。
きっと時戻りに関係する話をするはずだからと、ティーセットは庭に面したテラスに準備してもらった。ユリアとモルドにも少し離れてもらって、これで話はギリギリ聞こえないはず。
「まあ、少し考えてほしかったなとは思ってます」
お父様は今日もお仕事、お母様も出かけていて家には私とマーカスしかいない。姉想い(きゃっ!)のマーカスがうっかり不敬な態度をとってしまわないように、マーカスには殿下の来訪を伝えていない。どうかお帰りまでバレませんように!
まあ、誰にも聞かせられないと思うとある意味いいタイミングではあるのかもしれないけれど。
それにしても。
「ミリアさん、昨日はあれから大丈夫でしたか……?」
なんだか不満げな顔をしているミリアさん。昨日帰り際に見かけた時にはすごく嬉しそうにしていたのにな?
「ほら、ミリア。ルーシーがフォローしてくれたおかげで無事君は私の婚約者候補になれたんだ。君もお礼を言って」
婚約者候補?まだ婚約者に内定ではないのね?
なるほど、それでちょっと拗ねちゃってるのね?
「……ルーシー様、ありがとうございました」
ちょっと不満そうな顔をしたまま、うるっとした上目遣いでそっと私を見つめるミリアさん。
えー!何それ?ちょっと可愛いんだけど!一応私に感謝はしてるけど、どうしても不満な気持ちが抑えられないのね?不機嫌な猫ちゃんみたい!ミリアさん、今あなたご機嫌斜めな時のうちのミミリンにそっくりよ!?
――おっといけない。
真面目な話の途中なのに一人で盛り上がってはダメだわ。
そう思いそっとこの可愛い子ちゃんから目を逸らし、視線を遊ばせる。
すると、たまたま向けた視線の先、邸の中の部屋の隅に、そっと顔を覗かせたミミリンと目が合った。
み、ミミリン!?こっち見てるっ!
すごい……すっごい不機嫌そうだわ!?
こちらをじいっと見つめるミミリンは大きなお目目をいつもの半分くらいに細めて「面白くない」というオーラをびんびんに出していた。
なんてこと……目を逸らした先にもっと可愛い生物がいた場合どうすればいいの???
現実からのトリップが止まらない私ははっと気づく。
ミミリン……もしや私がミリアさんのことを「ミミリンみたい」とあなたに例えてその可愛さに悶えていたのに気づいているの……?気付いていて、それで……嫉妬を……?
あ、これ心臓発作起こるわ。もうすぐ起こる。
「あの、ルーシー様。それで、これを」
突然の言葉に一気に現実に戻ってきた。いよいよ心臓が危ないところだった。
そんな私の様子には無事気付かれずにすんだようで、ミリアさんはおずおずとラッピングされた箱を差し出してきた。
「えっ?これは……?」
「うち、パパが商売をやっていて、これは新しく売り出そうとしている珍しい茶葉を使った紅茶のサンプルなんです。とっても香りがいいんですけど、原料が高価でまだ流通させるだけの量が作れなくて。特別なお客様にだけお渡ししているんですけど、あの、お礼に……」
「まあ!本当に?どうもありがとうございます。とても嬉しいです!」
そういえばブルーミス男爵は他国とも付き合いがあり、かなり手広く商売行っていると聞いたことがある。とても裕福な男爵家だと言っていたわね。
殿下が何かを促すように、そっとミリアさんの腕に手を置く。
「あの……それから。皆の前で私、あんなこと言っちゃって、ルーシー様の立場も考えずに……ごめんなさい」
「私からも謝罪する。結局君の名誉に傷をつける結果になってしまった」
まあまあ殿下、王族が簡単に謝罪するものではありませんよ?
そう思いながら私は曖昧に笑って応えた。
話を聞くと、ミリアさんにも焦りがあったらしい。殿下は時を戻る程自分を想ってくれているのは分かっているけど、結局戻ったのは私と殿下が婚約して数年たったタイミング。このままでは、今回も殿下は私と結婚するしかなくなるんじゃないか?でも男爵家の自分が成り代わるなんて難しい、そうだ、皆の前で愛し合っていることを宣言してしまえば王妃様も無視できないんじゃ?私と殿下の婚約継続は難しくなるんじゃ?成人する前の今ならば、恐らく不敬も大目に見てもらえるのでは?それならばこれは最後のチャンスかもしれない!とまあそんな風に考えたのだとか。
うーん、あまりに非常識でやり方はとても褒められたものではないけれど、ミリアさんなりに考えがあってのことだったらしい。実際それでうまくいった節もあるし、ある意味策士だわ……!
ただし、私を巻き込む捨て身戦法はもう勘弁してほしいけどね……!
これから当面の間は婚約者候補として妃教育を受けていくのだとか。さすがにきっかけがきっかけなので、すぐに正式な婚約者とするのは難しいらしい。そりゃそうよね。これがすんなりまかり通ってしまうと、他の貴族家から不満の声があがるのは必至だもの。
「あ!?ちょっと姉さん、どうして僕を呼んでくれなかったの!?」
殿下とミリアさんのお帰りをお見送りしていると、やっと部屋から出てきたマーカスが慌てて駆け寄ってきた。あ、あぶない!もう少しで鉢合わせするところだった!
「だってマーカス、あなた殿下と喧嘩しちゃうでしょう?あなたを不敬罪にするわけにはいかないもの。私、本当になんとも思っていないのよ?」
「そうは言ったって……」
マーカスの小言を聞きながらふと玄関の方を見ると、扉の前でミミリンが去り行く馬車に向かってめちゃくちゃ威嚇していた。
やめて、ミミリン!可愛すぎて私の心臓がもうもたないから……!!
******
お父様とお母様が帰宅し、今日の殿下とミリアさんの来訪を伝える。案の定マーカスと同じように憤っていた。まあそれはそうなるよね。
しかしミリアさんからお礼にといただいたお茶を開けてみると、お父様の目が輝いた。
「これ、僕も同僚に頂いたんだよ!大惨事になるところだったその同僚のミスをフォローしたことをとても感謝してくれてね。職場で飲んだけど本当にいいお茶だった!」
どうもとてもいい物ですっかりお気に入りらしい。私が頂いたものとお父様が頂いたものはフレーバーが少し違う様で、明日持って帰るから一緒に飲み比べをしよう!と大はしゃぎだった。お父様、怒りはどこへ……?
しかし、ここで問題が起こる。次の日約束通りお父様が同僚の方に頂いたお茶と飲み比べしようとしたら、またもやミミリンが尋常じゃなく怒り狂ったのだ。
ええ~!?まさかミリアさんがくれたものだから?お茶も許されないの!?
どうもそのお茶=ミリアさんと覚えてしまったらしい。昼間にお茶を飲んできたというお父様はフレーバー違いとはいえ同じお茶の匂いがしていたのか、ミミリンは完全無視で怒っていた。お父様はものすごく悲しそうにミミリンに縋っていた。
ミミリンがミリアさんをライバル認定したことはもう疑いようがない。
ごめんなさい……私のせいで……罪な私。
結局最初に1杯ずつ家族4人で飲んだ後はこのお茶は戸棚の奥に眠ることになった。
うーん、本当に本当にとってもいい香りのおいしいお茶だったから少し残念……。
それでもお茶を封印することに反対する者は誰もいなかった。
ミミリンの寵愛には代えられないからね……!
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