地面に手が生えていた
地面に手が生えていた。
「んん? 何だろうこれは?」
私は覗き込むようにそれを見つめていた。手はうようよと蠢いている。はっきり言って気持ち悪い。どうしてこんな手が生えているのかはっきり言って誰か分かる人が居るなら教えて欲しい! なんて思ったけれど、生憎今は午後十一時を回ったあたりで誰も見当たらない。道を見渡しても、街灯の明かりがぼんやりと見えるだけに過ぎなかった。
「……手、だよね」
その通り。何の紛れもない、手。
だからこそ怖いというかなんというか。
どれくらいまで生えているのか、教えて欲しい、って?
大体肘ぐらいからかなあ。ぐぐっと地面にへばりついて見るぐらいしないと肘が見えないぐらい。もしかしたら肘も完全に地面に埋まっているのかもしれないけれど。
でも、完全にコンクリートで舗装された道に、どこから生えてきたというわけでもなく、手が生えている。
地面がひび割れているというわけでもないのだから、大方、生えてきたというよりかはそこに突然出現した、とでも言えば良いのかもしれない。
「……いや、でもそんなことってあり得るのか?」
あり得ない。
そう考えるのが普通だった。普通に考えて地面に手が生えるのなんておかしな話とは思わない? まあ、思わないのが普通かも? いや、おかしい。それはおかしい。思うのが当然だろう。
鞄を地面に置いて、スカートが捲れないようにして、地面に顔をくっつけようとしたそのとき。
すぽん!
と音を立てて、手はどこかへ消えてしまった。
具体的に言えば、そこには何もなかった。コンクリートの地面がそのまま存在している状態。
「何だ……私を馬鹿にしたのね……」
そんなことを思いながら、或いはただの気のせいと思い込むことにしながら、私は帰路につくのだった。
◇◇◇
地面に手が生えていた。
「おい、見てみろよ、これ。……よく分からないけれど、手か何かじゃね?」
「ってか、どう見ても手だろ。あまり触らない方が良いんじゃ」
「それって高度なギャグ?」
小学生の二人組の、帰り道の出来事だった。
おどおどしている男子小学生とは裏腹に、その手の様子を観察したい女子小学生はランドセルをその男子小学生に持たせると、手を引っ張ろうと持ち始めた。
「何だあ? 何か、汗をかいているようなそんな気がするぞ? やっぱりこれ、ただの手じゃないんじゃないか?」
「だったら怖い。なおさら怖い!」
「まあ、そんなことはどうだっていいや。おい手伝えよ、今からこいつを引っ張るからよ!」
そうして彼女は彼に手を貸して欲しいと言い出す。
彼は渋々ランドセルを地面に置くと、彼女の身体を引っ張る体制を取った。
「いいか? せーの、で引っ張るぞ」
「オーケイ」
「せーのっ!」
そのとき、手の方が先に地面に引っ込み、二人とも思い切り後ろに転んでしまった。
「……いてて。何だろう、逃げられちまったってことはやっぱり生きてるなあれ……。調査しようぜ、まだまだ何か見つかるかもしれないし!」
「ええっ。僕は嫌だなあ」
「分かったよ。じゃあ、私一人で調査する!」
そうして二人は別れるのだった。
◇◇◇
その日も、地面に手が生えていた。
「うっしっし。今日も居るな……」
地面に手が生えていることを、すっかり恐怖の対象より興味の対象にしてしまった彼女は、いろんな道具を持ってきていた。
まずは接着剤。いわゆるアロンアルファだった。
アロンアルファを使えば少なくとも向こうから消えることはない。そう思っていたのだ。
「これで逃げられることはないぞ……!」
そうして彼女はアロンアルファを塗り始めたそのとき、
「うわあっ!」
低い声が聞こえてそのままぴょこん! と消えてしまった。
しかし今回は前回と違った。ちょうど腕が入るほどの穴が空いていたのだ。
「……ここが巣になってるのね……!」
彼女は持ってきておいた虫眼鏡で何とか中を探れないか確認した。
しかし、それでも中は見えない。真っ暗になっている。しかし穴が続いているのは確かだ。そう思って今度は彼女が手を出してみることにした。
少し通路が続くと、コツン、と何かが手に当たる感触があった。
どうやらこちらからは何も進めない様子だ、と思ったとき何か振動する音が聞こえた。
振り返ると、そこには小さなカメラがあった。
◇◇◇
「ニュースをお伝えします。本日二十二時頃、○○市××にて無職の○○×男容疑者が盗撮の容疑で逮捕されました。容疑者は長年かけて地下室から地面まで穴を作り、その穴から手を出すことで興味を引かせ、女児のスカートの中などをカメラで撮影した疑いが出ております。容疑者は全体的に容疑を認めており、警察に対し『小学生の興味を甘く見ていた。もう限界だと思った』と語っています」