8話 強制ワープ
「お疲れ様でした。これが報酬です」
いつもの怠けている受付嬢ではなく、キビキビとした人が対応してくれた。
カウンターにどん、と乗せられる貨幣袋。それをカバンに入れて立ち去ろうとした時、呼び止められた。
「この前の金塊洞窟の件で一つよろしいですか?」
「なんですか?」
「貴方が依頼に赴いた時刻に銀竜が目撃されていたのですが、何かご存知ですか?」
体内を電流が駆けたかと思うぐらいの衝撃を受けた。心臓が早鐘を打つ。
あの人にはしっかりと口止めをしたはずだが、別の奴に見られていたというのだろうか。
ルナのあの巨体だからしょうがないのかもしれないが。
「ちょっと、訊いてるわよ」
コーディアが俺の太股を叩いた事で現実に引き戻される。息をするのも忘れていたようで苦しかった。
「ぎ、銀竜なんて、見てないっすよ。なあ、コーディア?」
「そうね、銀竜なんて見てないわ。こんな辺鄙な土地に来るほど暇じゃないでしょうね」
「ならいいですが……」
彼女が俺達に向ける視線はだんだんと冷たくなっていく。これ以上変な疑いをかけられる前に撤退する。
「はぁ……めんどくさい事になったな。これからはイーリア周辺で歩いて行ける報酬の高いの探さなきゃいけないのか……」
「結構な条件ね。イーリア周辺はあるとしても、安いと思うわ」
「そうだよなぁ……なんか運よくどかーんと家建たないかなぁ」
「内蔵でも売れば?」
「さらっと怖いこと言うね、コーディア」
「別に。金が無い弱い人間はみんなそうしてるわ。その金でカジノに入り浸り一攫千金を狙う。ま、成功者は限りなく少ないわ」
「今後の事を考えてもしょうがないからなぁ。取り敢えずはコーディアの服を買うぞ」
先日、俺の服を買った店に入る。いらっしゃい、と店主は言いかけた。
「どうしたんすか?」
「いやぁ、兄ちゃんが奴隷を持ってたなんてな」
「奴隷?」
「いやだから、そいつだよ。あ、もしかして愛玩用か?」
店主が指し示す先にいるのはコーディアだった。
「え? コーディアは奴隷でもペットでもないっすよ?」
「いいわよユウスケ。獣人差別なんてしょっちゅうだから」
「でも……」
「いいから、服を買って出ましょう?」
にこやかに凄まれるとちょっと恐い。そのまま手を引かれて子供服のコーナーへ連れていかれる。
「わかったわかった」
「うん、この服なんかどうかしら?」
黒いワンピースを取って自身に重ね合わせる。
「可愛いんじゃないのか?」
「じゃ、こっちは?」
ワンピースを棚に戻してグレーのパーカーとピンクのスカートを持ってきた。
「じゃ、これは?」
「えー、いいんじゃないか?」
「ユウスケさぁ、適当に言ってない?」
「別に……俺は服のセンス無いからコーディアが着たいものを着ればいいと思ってるよ」
「言い訳だけは達者ね。それじゃ、お願いします」
どっさりと篭に衣服が詰められる。子供服ということもあって軽いのだが、カバンに入るかが不安である。
代金は先程貰った報酬金が全てとんだ。生活必需品だから仕方ないと割りきって店を出る。
「うし、買い物は終了だな。昼食と夕食は森で何か採ればいいだろ。キノコやら木の実をよ」
「ちょっと待って……」
立ち止まったコーディアが大きな耳をピクピク動かして辺りを見回す。
「どうした?」
「あそこ、ユウスケの話をしてるよ」
コーディアが指を差す方向には何人か人がいるが話の内容は聞き取れない。
「会話の内容は?」
「逃げた方が良い感じね」
「そんじゃ、逃げますか」
米俵式にコーディアを担いで町の出口に向かって走り出す。
「ユウスケ! もっと速く走って! 凄い速さで一人追ってきてるわ!」
「はぁ!?」
振り返ると、周囲の人に気を配りながら走ってくる少女がいた。よくよく顔を見てみると、男子を差し置いて足が速いことで有名な中島キヌエだった。
襟首を掴まれて逃走失敗。
「貴方、坂下ユウスケよね?」
「ち、違うって言ったら?」
「そんなふざけてる暇は無いの! ユカリ!」
「ほいきた!」
俺の襟首を掴むキヌエの腕を掴んだユカリが手にした杖の先で地面を叩いた。突然、世界が回転し始める。
担いでいるコーディアを落とさないようにしっかりと抱き締める。
乗り物酔いに近い感覚を伴いながら停止すると、そこは草原だった。
「なんなんだよいきなり!」
「お願い、頼れるのが貴方しかいないの!」
「知るか!」
「本当にお願い! ミチルがオークに捕まっちゃったの!」
「そりゃあ御愁傷様。俺は帰らせてもらうよ」
「待ってユウスケ……ここはイーリアの東平原でしょう?」
「そ、そうよ」
ユカリが頷くと、コーディアは顎に手を当てて左右に首を振る。
「どうした」
「いやね、この辺りには料理人気取りのオークがいるって話があってね。もしかしたらまだ生きている可能性があるわ」
「おい冗談だろ? さっき死にかけてまた死地に赴くってのか!?」
「私の事は何も言わずに助けてくれたのに、他の子は助けないの?」
「そ、それは目的の途中にコーディアがいたからで……」
「ふーん、この事をルナに言ったらなんて返ってくるかしらね? 罵倒? 呆れ? なんにせよ、がっかりされるのは目に見えているわ」
殆ど反論できない俺を横目に洞窟を見た。
──あれ、さっきまで平原のど真ん中にいたのに……。
「短距離ならバレずにワープさせる事ができるんだよ」
不思議に思って首を傾げるとユカリが自慢気に笑う。余計な事を、と小声で呟く。
「ここまで来たんだから行ってきてよ、帰ってきたら……うーんと特別に耳と尻尾を触らせてあげるわ」
「ははーん、俺がそんな安い褒美に乗るとでも?」
コーディアに目線を合わせ、にやりと笑う。しかし彼女は後ろを向いて、膝に置いた俺の手に尻尾を擦らせた。
「どうかしら? これでも触りたくない?」
すべすべかつ、ふかふかの感触がまだ手に残っている。手を握ったり開いたりして先程のさわり心地を思い出そうと頑張る。
「オークを出し抜いて女の子を連れ戻せば、また触れるのよ?」
すっと立ち上がって蛮刀を右手に装備する。
「行ってくる」
「誰も私の尻尾には敵わないのよ」
洞窟に入る前、コーディアがくすくす笑う声が聞こえた。確かに、彼女の言う通りだ。
日本でもそうそうお目にかかることができないレベルのもふもふ。あれを触るためならば命を賭けるのも悪くない。
──おそらく、このイカれた感情は【度胸・根性】アビリティのせいだと、少し冷静になった洞窟の中腹で思った。
自嘲気味に笑って近くの岩影に隠れる。そこからゆっくりと進んでいくと、少女が泣き叫んでいるのが耳に届いた。
「取り敢えず第一関門は突破だな……」
ほっと一息をつき、さらに歩を進める。灯りが確認できた所で少しだけ顔を覗かせた。
そこにはエプロンを巻き、刀のようなものを持ったオークが背を向けてたっていた。
「どこから切るべか~? 腕か? 足か? 最初に切る位置は重要だべ~」
彼女の皮膚に刃を当ててぐふぐふと笑う。気持ち悪いことこの上ないが、またとない絶好のチャンスである。
猫のようにしなやかに飛び上がり、オークの後頭部に蛮刀を叩きつける。
スニークキルができたと喜びたかったが、オークは床に突っ伏してピクピクと痙攣している。再び起き上がる可能性を考えて止めを刺そうと蛮刀を抜こうとした。
しかし頭蓋骨にめり込んだのか、中々抜けない。
「そんな奴より助けて!」
「おっと、ごめんよ」
床に落ちていた。
「へぇ、太刀なんて持ってんだ」
美しい刀身に見惚れつつ、大の字全裸で台に貼り付けられた少女の拘束を解いていく。
「よし、逃げるぞ!」
ミチルの手を引いて洞窟の出口へ走りだそうとする。だがミチルは立ち止まって辺りを見回している。
「何してんだ! 行くぞ!」
「アタシのカバンが無いのよ!」
「俺が探しといてるから先に帰ってろ!」
「花柄のヤツだから!」
言いながら出口へと駆けていった。瀕死のオークに気を付けながら壁や床を舐めるように見つめる。
と、部屋の角のごみ置き場のような場所に女性ものの肩掛けカバンが置いてあった。
「あれか」
台を乗り越してカバンを拾う。斜め掛にして洞窟から逃げるように退散する。
この時に止めを差すべきだと思って、よせばいいのになぜか先程の部屋へと戻っていた。
「不意打ちは……卑怯だべッ!!」
勢い良く立ち上がったオークは俺を睨み付けた。【度胸・根性】で怯むことは無いが、まずいことになった。
今からでもダッシュで逃げれば間に合うだろう。しかし、全裸のミチルがいるとなると話は別だ。
裸足でゴツゴツした地面を歩いているのだから進みが遅くなるだろう。
しばらくの間、俺はオークをこの狭い部屋で相手をしなければならないようだ。