41話 寸隙の戦争
鎧が音をたてて壊れる。しかし、リンシアはほとんど気にしていないようで、強引に突いてきた。
身を捩って回避するが、脇腹の肉を削がれた。傷口がひどく痛むが、歯を食い縛って全身全霊のタックルを放つ。
リンシアが防御姿勢をとった。どうやら真っ向から受けるようだ。
しかし鎧の無いただの女性に受け止めきれる訳もなく、壁の残骸が散らばる芝生へ倒れた。
隣では相も変わらず激闘が巻き起こっている。リュミエルの鋭い突きを剣の腹でいなし、頭部へ蹴りを叩き込もうとする。だが、リュミエルが華麗に躱し、こめかみの辺りを掠めただけだった。
両者とも切り傷、打撲、擦り傷の軽症のオンパレードだ。見ている側は非常に痛そうだが、本人達はまったく気になっていないようだ。
むしろ、嬉々として傷を抉り合っている。その表情は狂気そのものである。
剣を激しく撃ち鳴らす音に混じって、彼らの笑い声が聞こえる。一太刀ごとに傷が増えるのにも関わらず、遊んでいるかのようだ。痛みさえも、戦いを楽しむためのスパイスでしかないのかもしれない。
「あ、あの……早く……退いてくれないか?」
レイルとリュミエルの戦いに気をとられて忘れていたが、俺は今リンシアの上にのし掛かっているのだった。妙にしおらしい声に驚きつつも彼女の顔を見る。
「これで諦めてくれますか?」
問うてみると、なんとリンシアの頬が赤く染まっているではないか。
「ちょ、顔が赤いですよ?」
「殿方に乗られたのは……そ、そのは、初めてでな……」
「うぇえ!?」
あんなにも男勝りで俺を殺そうとしていた女性が、こうも簡単に変わるものなのか。
「え、えと、その……」
わたわたと戸惑っている隙をつかれ、鉄のグリーブが俺の腹部へめり込んだ。呼吸が止まり、その場に崩れ落ちる。
「ふん、貴様の弱いところを突いてみたが、こうも簡単にいくとはな……」
「俺の弱いところって……なんだよ……」
「女への扱いだな。傷つけることを極端に恐れているようだが、男ならやるべきところはやらんとな。この教訓を来世に活かしてくれたまえ」
憐れむような瞳のリンシアが剣を振り上げた。辛うじて体が動くが、すぐに殺されてしまう。
「アチョーッ!」
カンフーじみた掛け声でユーリィが飛びかかる。リンシアの剣を弾き、空中で一回転して着地。ニコニコと笑いながらリンシアの前に立った。
「決闘に水を差すとは……作法を知らない無知な子供め」
「悪いけど、俺はそういうの興味ないから。勝った奴が偉い! これ、俺の持論ね」
邪魔をされたリンシアの顔が怒りに歪む。剣を拾ってユーリィに向けた。
「こいつより先に貴様から殺してやる!」
素早い剣技を難なく避ける。まるで、どこに攻撃が来るのかわかっているかのように避けるのだ。
【模倣】のアビリティで予知とかそういう類いのアビリティを覚えたのだろうか。
「なぜだ! なぜ当たらない!」
「さあなぁ、その辺は自分で考えた方が成長するぜ?」
広範囲に渡る横凪ぎの一撃をジャンプで躱す。そして見事剣の腹に立った。
「おとと、すげえだろ?」
リンシアに微笑みかけると、リンシアは激昂した。ユーリィに左手で殴りかかるが、軽く受け流される。
「ライジュ、交代だ!」
リンシアの攻撃を避けつつ、ライジュに指示を出す。元気よく返事をしたライジュは、ルナの背から飛び降りた。
ビシッと新体操の選手のように完璧な着地をきめる。
「次から次へと……そんなにこいつを死なせたくないのか?」
剣の先が俺の背中をつつく。いつでも迎撃できる状態なのがバレないように黙っておく。
「当たり前だよ。ユウスケはボクの友達だもん!」
「そして唯一の俺の理解者でもあるからな。死んでもらう訳にはいかないのさ」
「ユウスケには魔王を倒してもらいます。なので、ここでは死なせません」
ライジュ、ユーリィ、ルナと死なせないと言ってくれた。こんなに嬉しいことは無い。
「何をしておるリンシア! さっさと殺さんか!」
開いた壁の穴から顔だけをだしたディアスが怒鳴った。振り返ってそれに答えたリンシア。
その一瞬で、ライジュが距離を詰めた。リンシアが驚く暇もなく、不可避の一撃が彼女をぶっ飛ばした。
「バカ! やりすぎだ!」
ユーリィがライジュを咎めた。壁に激突して動かなくなったリンシアに急いで駆け寄る。
至る所が崩れ、壊れているアルデミア城はいつ崩壊してもおかしくなかった。
「ギルダ、この人は助かるのか?」
ユーリィの疑問に、彼女はリンシアの手首に手を指を置いた。数秒経ち、問題ないと言った。
どうやら脈はあるようだ。
「軽く回復魔法をかけておいたから安静にさせておけ」
そう言ったギルダは、リンシアを柔らかい芝生の上に寝かせた。
腹部の痛みが治った俺は、剣を取って腰に戻す。緊張が解けたせいか、ひどく疲れた。
隣で戦っている二人はまだ決着がつきそうにない。だが、彼らだけの世界で戦っているため、こちらへの被害は皆無だ。
「王様……」
リンシアという最後の砦が崩落し、自分を守るものが無くなったディアスはその場にへたりこんでいる。
大勢の敵に囲まれて居心地が悪そうだ。
一重瞼のディアスの目に光はなく、淀んで落ち窪んでいる。
「別に、俺は謝ってくれればそれでいいですし、アンナさんの処刑もなかった事にしてくれれば俺達は帰りますから」
「…………」
ディアスは叱られている子供のような瞳で俺を見つめている。そしておもむろに口を開いた。
「悪かった……あの時の私は焦っていた。過去に【モンスターマスター】が攻めて来たことがあって、その時の事を思い出してな……本当に悪かった」
真摯な謝罪に衝撃を受ける。先日、横田にぶっ飛ばされた時以上の衝撃だ。
「一度言ったからには後には引けなくなった。だから君を殺そうとして躍起になっていた。だが、君は悪事を働かずに善い行いだけをしてきたようだ。いろいろとけしかけた後で虫のいい話だが、許してくれないだろうか?」
「あ……えーと、全然大丈夫です。俺もそんな気にしては無かったですし」
心からの謝辞に脳がフリーズしたが何とか返答する。異世界の人間を喚ぶくらいなのだから焦っていたのも頷ける。
そこに魔物と仲良くなるためのアビリティを持った俺が出てきたんだから迫害するのも当たり前のような気がする。
「さて、後は兄貴達が終わるのを待つだけだが」
全員が激闘に目を向けると、終わりが近づいていることを悟った。
両者の剣は折れ、爛々と輝いていた目にも光が失われつつある。少し前に見たときよりも傷が増え、辺り一面が血に染まっている。
「……へへ、リュミエルよぉ……限界なんじゃねぇの……?」
「レイルこそ……降参しないと……もっと痛め付けるよ……」
美形はたんこぶと青アザで台無しである。そんなのお構いなしの二人はよろよろと近づいて拳を重ね合う。歩みこそ遅いが、パンチの速度は常人の倍以上ある。
俺達にも聞こえるほどの音量で、バキンッと鳴った。直後に右腕がだらんと垂れ下がる。
そろそろ止めたほうがいいのではないかと、割って入ろうとしたところ、いつの間にか起き上がったリンシアに肩を掴まれた。
「やめておけ」
残った左腕で相手を倒そうと突き出した。しかし、レイルの上体が傾き、リュミエルのパンチを避けた──ように見えた。
実際にはただよろけただけで、運良く回避になっただけだった。
躱された事に驚き、鈍くなった思考回路がそれを受け止めきれずにショートする。
「お……らあッ!!」
気力で体を持ち上げ、渾身のアッパーカットがリュミエルの顎に吸い込まれていく。
レイルの勝利を確信した瞳が、鮮やかに煌めいた。がごん! とコンクリートどうしがぶつかったかのような音が轟く。
空中に浮いたリュミエルが落ちる様は、スローモーションを見ているかの如くゆっくりだった。
背中から地面に撃墜して動かなくなった。
「へっ……俺の……勝ちだぜ……」
ふらふらと足下のおぼつかないレイルが勝利の雄叫びを上げた。そしてすぐに倒れた。
それと同時に、ルナが長い鎌首を持ち上げて虚空を見詰めて呟いた。
「何かが……来きます!」




